あけっぴろげてあらいざらいのあるがまま



幸せそうなマンディ家族

夕方6時のサヌールビーチ....
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家族そろってのマンディ....
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幸せそうだ。
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まるで混浴露天風呂...
一緒に入りたいなあ~

# by yosaku60 | 2018-04-10 07:57 | バリ島=その日のできごと | Comments(0)

日米/中 冷戦時代(その8B;番外編、客家人名簿)

知名人としての客家(はっか)人は次のとおり。

孫文;  中華民国初代総統

宋慶齢; 孫文夫人

宋美齢; 蒋介石夫人

朱徳;  中国共産党初代元帥

鄧小平; 元最高指導者

葉剣英; 元共産党元老

李鵬;  元首相

李登輝; 元台湾総統

蔡英文; 現台湾総統


# by yosaku60 | 2018-04-09 11:20 | 時事放言 (NEW) | Comments(0)

日米/中 冷戦時代(その8A;「反日」に向かった中国)

1972年、田中角栄と周恩来が握手をして日中正常化が始まった。

それ以降、日本と中国は、まあまあの関係を続けてきた。

いつから中国が「反日」に態度を変えたのか。

それは「第二次天安門事件」以降だ。

何故に第二次天安門事件以降に「反日」になったのか。

その経緯を語りたい。


第一次天安門事件とは.....

19761月、国民に人気のあった周恩来が死んだ。

197645日、天安門広場に周恩来追悼の花束が捧げられた。

北京市当局がその花束を片づけさせた(多分、毛沢東の指示で)

それに怒った民衆が政府に暴力的に鎮圧された事件だ。


第二次天安門事件とは....

非道さにおいては、第一次天安門事件よりも遥かに大きい。

198964日、その第二次天安門事件がおこった。

自由と民主化を求める学生や市民が天安門広場に集まった。

そこに人民解放軍が無差別に砲弾を浴びせた事件だ。



2千名~1万人が虐殺された。

この事件に、世界中から非難の声が上がった。

世界は中国への援助をストップした。

瞬く間に中国からお金が消え、経済がたちゆかなくなった。


当時、周恩来の後の国を任されていたのは、鄧小平だった。

鄧小平は、どこからお金を持って来るかを考えた。

鄧小平は、漢民族の中の客家(はっか)出身であった。


客家とは、中国の東北部の王族の末裔だ。

戦乱に追われて、東北部から南方に移っている。

漢民族の中のひとつのグループで独自の言語や慣習を持つ。

で、広東語、北京語を話す中央には溶け込めなかった。

そのため、客家人の多くは海外に向かった。

海外に住む華人の3分の1が客家人と言われている。


それらの客家人は海外で成功しお金を持っていた。

鄧小平は、客家人のルートからお金を集めようと思った。

が、客家人の多くは、共産党に追われて海外に向かった。

共産党の名前を使ったら客家人の賛同を得られない。

そこで使ったのが、「反日」の文字だ。


当時、中国本土の客家人の多くは福建省に住んでいた。

その福建省の役人をしていたのが習近平だ。

1985年、習近平は福建省厦門の副知事だった。

その後、福建省々長になったが、

都合17年間、福建省の行政に関わっている。


そんな習近平に鄧小平から指示があった。

「福建省の客家人経由で海外の援助金を集めろ」

「その際、共産党のためでなく「反日」のため……」

「ということで、客家人をまとめ、華人をまとめろ」

との指示であった。

習近平が海外の華人(特に客家人)に繋がりをもったのは、

まさにこの時だ。


「反日」の訴えは成功し、海外からお金が入ってきた。

鄧小平は一段落したが、以後「反日」の旗は降ろせなくなった。

その「反日」を継いだのが、江沢民だった。


で、江沢民になってから「反日」が始まった、

と言われるがそうではない。

鄧小平が下地を作り、江沢民が継いだだけだ。


まさに中国の国内事情により「反日」を魚にしたのだ。

その魚に食らいついたのが、

インドネシアの華僑であり、

サンフランシスコを拠点にした米国の華僑であった。

この話は、次回のブログで書く。


# by yosaku60 | 2018-04-09 11:04 | 時事放言 (NEW) | Comments(0)

夕暮れのビーチ

いろいろあって日没前のビーチに出る。
行ったのが、旧知の「warun titi」。
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観光客はここへは来ない。
アジア人もここへは来ない。
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来るのはバリに定住する欧米人だけの店、
って、何故だか分からない。

# by yosaku60 | 2018-04-09 08:12 | バリ島=その日のできごと | Comments(0)

日米/中 冷戦時代(その7B;中国の反日の例)

昨年、サンフランシスコの議会で慰安婦像受け入れが決定された。

慰安婦像は中国民間団体からの寄贈であった。

議会が受け入れを決定したということは、

「市の公共物」になるということだ。

市の保有する土地に堂々と設置される。


議会での受け入れを主導したのは、エドウィン・リー市長だ。

彼は、中国系住民で大の反日主義者(左の人物)であった。

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これに反発したのが、大阪の吉村市長だ。

大阪とサンフランシスコとは60年来の姉妹都市だ。

かねてより慰安婦像の受け入れを拒否するようお願いしていた。

特に碑文に書かれた文言が問題であった。

次のように書かれている。


この記念碑は、1931年から1945年まで日本軍によって性奴隷にされ、「慰安婦」と呼ばれたアジア太平洋地域十三ヵ国にわたった何十万人の女性と少女の苦しみを表しています。その女性たちの大多数は、戦時中囚われの身のまま命を落としました。この暗い歴史は、生存者が勇敢に沈黙を破った1990年代まで、何十年も隠されていました。生存者たちの証言が世界を動かした結果、戦争手段としての性暴力が人道に対する罪であり、加害国の政府が責任を負わなければならないと国際社会が宣言することとなりました。この記念碑は、これらの女性たちの記憶のために捧げられており、世界中での性暴力や性的人身売買を根絶するために建てられたものです。


こうした碑文と慰安婦像(写真).

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全く、事実に反する。

が、リー市長は大阪市長の依頼には耳を貸すことなく、

慰安婦像の受け入れを決めた。


その受け入れを決めたあと、

リー市長は突然に急死した。

65歳とまだ若かった。


死因は心臓発作であるが、

翌日に会議を入れていて、明らかに急死(変死)だ。

リー市長は、江沢民のルートとつながっていた。

間に台湾が入っていた。

多分、お金も動いていた。

折から、習近平は江沢民派の一掃を計っていた。

で、習近平の放った工作員の手による暗殺が疑われた。

(中国共産党は魑魅魍魎の所帯だ)


さわさりながら、慰安婦受け入れは議会を通っている。

大阪の吉村市長は、昨年12月、姉妹都市解消を決めた。

今後一切、

サンフランシスコとの関係で公金を使わないということだ。

ただ、相手側の市長が死亡してしまった。

今年6月に新市長が決まるとのことで、

就任した市長にあらためて、意志を申し出るとのことだ。

吉村市長ガンバレ!!



ただ、今、私がブログで書きたい....

本文は吉村市長への応援ではない(それもあるが)。


何故にエドウィン・リー元サンフランシスコ市長が、

反日になったかである。

サンフランシスコは全米の反日の拠点であった。

なぜにそうなったのか。

それを探っていくと、中国の意図的な政策にぶつかる。


今、私たちは日米/中の冷戦時代を知ろうとしている。

中国は、何故に「反日」に走ったのか。

走り始めた、その原点.....

サンフランシスコの中華系が反日になったのと、

原点を同じくする。


現在の中国を知るため、

是非にその原点を知っておくべきと思う。

次のブログに書きたい。


# by yosaku60 | 2018-04-08 14:41 | 時事放言 (NEW) | Comments(0)

日米/中 冷戦時代(その7A;中国の反日の例)

アジアで「反日」国家は、韓国と中国だけだ。

他の国は、中立か親日だ。

韓国人は、国民性として個人攻撃を好む傾向にある。

そうした国民性を利用して国をまとめあげるために、

韓国は教育や情宣で「反日」を国民に植え付けて来た。

長い期間そうした教育を続ければ「反日」感情は浸透する。

60年経った今、「反日」は韓国の国是となっている。

国是、即ち国を司る根幹の規律だ。

是正するのはもはや難しく諦めねばならない。


中国の「反日」は韓国とは違う。

共産党政府の政策的なものだ。

反日歴(笑)も韓国ほど長くない。

1989年の第二次天安門事件からである。

といっても、既に25年経っている。

25年経っているが、

国の政策としての「反日」だから、

政策が変われば、また変わる可能性がある。

可能性は少ないが、私はそう思っている。

例えば、中国が経済に逼迫して、

親日、親米にならなければ、国としてやってゆけない……

状況になれば、政策転換もあるかも知れない。

中国はしたたかな国だ。

100年単位でものの成否を考える。

遠い将来を見据えて、しなやかにものごとを捉える。

共産党一党支配だから、変えることも簡単だ。

この辺が韓国と違う処だ。


さて、ではあるが、

今現在の中国は「反日」である。

「反日」とは、

日本が良い方向に進むと邪魔をし、

日本が悪い方向に進むと拍手喝采する。

そんな例として、

最近起こった比較的新しい事件を紹介する。

米国のサンフランシスコでの話だ。


サンフランシスコに、

新しい中学校が建設されようとしている。

中学校の名前をどうしようか。

8つの候補名が挙げられた。

その候補のひとつが「フレッド・ヤマモト中学校」だった。

が、サンフランシスコ在住の中華系米人がこれに反対した。

ヤマモト

これは日本軍の山本五十六の名前を思いださせるものだ。

というのが反対理由だ。


なんという言いがかりなのだろうか。

理屈なんてどうでも良い。

日本が誇るものには全て反対し、

日本を貶すものには全て賛成する。

まさに「反日」の骨頂だ。

で、結果がどうなったか、であるが、

「フレッド・ヤマモト中学校」の名が候補から消された。


まあ、しようがない、が、悔しいので、

彼の名がつけられようとした理由をここに書くことで、

憂さ晴らしをしたい(笑)。


フレッド・ヤマモト.

彼は、第二次大戦時、

アメリカ陸軍の442連隊(第442連隊戦闘団)の隊員だった。

中隊長以下の全員が日系人の部隊だ。

442連隊と言えば、ピンとくる方もおられますよね。


そう、有名なダニエル・K・イノウエも同じ部隊だった。

ダニエル・K・イノウエは、最近お亡くなりになった。

葬儀に参列したオバマ前大統領が言っている。

ハワイ州から議員として選出されたイノウエ.

肌の色が違っても議員になれる.

ということで、

彼がいたので立候補を決意したそうな。

オバマ大統領を産んだのはダニエル・K・イノウエだったのだ。


イノウエは信頼を集め、上院の議長にまでなった。

もし、大統領、副大統領が死んだら、

大統領になるという序列4位の重職である。

ごぞんじですか、ハワイのホノルル空港.

「ダニエル・K・イノウエ空港」に名前が変わるのを。

多分、イノウエ空港と呼ばれるのでしょうね。

光栄なことだ。


話を戻す。

442連隊が何故に有名なのかの理由だ。

アメリカは退役軍人(ベテランと言う)を敬う国だ。

その中でも442連隊は、特別に敬われている。

その理由だが、


1、アメリカ陸軍の最強部隊(戦後評価)であった。

2、合衆国史上もっとも多くの勲章を受賞している。

3、のべ死傷者数、9486人に及ぶ。

4、のべ死傷者率、実に314%に及ぶ。

  なぜ、100%を越すのかという疑問だが、

  連隊の隊員数が決まっていて、戦死すると補充される。

  補充して、次から次と戦死したのでこんな数字になった。


442連隊は、日系人の部隊であった。

アメリカ人から見れば敵国の人々だ。

アメリカに忠誠を誓っても本当かどうかわからない。

で、いつも戦争の最前線で戦うべく命令が下された。

ダニエル・K・イノウエが語っている。


「我々は消耗品だった」

「が、誰もそれに文句を言わなかった」

「というより、そうした命令を喜んだ」

「ほんものの故国の誇りを見せられるからだ」


イノウエの言う、故国の誇りだが、

私は、日系人は二つの誇りを持っていたように思う。


ひとつは、

父や母から教わった日本人としての誇りだ。

日本には武士道がある。

「君主に仕える」ことが武士道だ。

実は、日系人部隊は東条英機からの手紙を受けている。

「日系二世はアメリカ人である」

「諸君はアメリカ人としてアメリカに尽くして貰いたい」

という内容の手紙だったそうだ。

受け取った日系人は、「あたりまえだ!!」

と思いながらも「ありがたく」受け取ったそうだ。


さて、日系人が持っていた、もうひとつの誇りは、

アメリカ人としての誇りだ。

442連隊は、志願兵の集まりだ。

当時アメリカ本土には12万人の日系人がいた。

全員が財産を没収され強制収容所に入れられた。

そうした入所者への「志願」募集だ。

志願した若者には、共通の思いがあった。

両親が収容されている。

父母の辱めを解くには自分の頑張りしかない。

アメリカ人として誇りを持つことだ。

その誇りを示すことで、父母の辱めを解きたい。


あああ、書きだすときりがない(笑)。

442連隊がどういう戦いをしたかを書きたい。

戦いの内容を書きだすときりがない。

端折って、二つの戦いだけを走書きする。


(ブリエアの奪回作戦)


ドイツと国境を境にするフランスの小さな町だ。

小さな町だが国境だけに戦略上重要な場所だ。

が、既に4年間、ドイツに取られていた。

何ヶ月かかっても取り戻せないでいた。

現地には四つの高い山があった。

442連隊は、そのうち最も高い山を攻略することにした。

442連隊は、暗闇の中、ドイツ軍の頭越しに登頂に成功し、

夜明けと共にドイツ軍を攻め、一日でブリエアの町を開放した。

写真はブリエア郊外にある442部隊を称える記念碑だ。

「人種の壁を乗り越えた日系人が我が町を開放してくれた」

ということが書かれている。

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(ポージュの森のテキサス大隊救出作戦)


ブリエアでの戦いに勝利した442連隊だが、

彼らは徒歩でブリエアの町に入った。

その後、戦いに参加しなかったアメリカのジープ隊がやってきた。

凱旋のあとの戦後処理は、彼らが担当した。

442連隊は一日の休みだけで次の戦地への転戦命令が下った。

それが「ポージュの森のテキサス大隊救出」であった。

34師団141連隊第一大隊を通称「テキサス大隊」と言った。

そのテキサス大隊がドイツ軍に包囲された。

救出困難な状況でアメリカ側から「失われた大隊」と呼ばれた。

どんなアメリカ軍であっても救出できる状況になかった。

その救出作戦を442連隊に命令して来たのだ。

命令はルーズベルト大統領自らが下した。

5日間の死闘(白兵戦)の末、救出に成功した。

万歳突撃という言葉が有名になった。

死ぬことを覚悟して敵のど真ん中に切り込んでゆくのだ。

アメリカ兵にはできない戦いだ。

19441030日、テキサス大隊の211名が救出された。

が、211名を救出するために216名の戦死者を出し、

600人以上が手足を失った。

大変な戦闘だった。

今でもアメリカ陸軍十大戦争のひとつに数えられている。

陸軍士官学校に入った生徒の必須学習の戦闘となっている。


(ダッハウ強制収容所開放)


もうひとつ書き加えたい。

最近まで日系人の戦果として、ひた隠しにされていたものだ。

442連隊の中の522部隊がミュンヘンで戦った時の話だ。

ドイツ兵を追いだし、ある収容所を開放した。

(アウシェヴィッツ強制収容所ではない……

中には、死体がいっぱいあったが、生きている者もいた。

ナチスに捕らえられた、

「ナチ党にとっての潜在的な危険分子」で、

多くはユダヤ人だった。

この話は、米国では日系人の手柄として伝えられていないが、

助けられた人々は、

今も日系人に助けられたと、言い伝えている。



さて、今日のブログの目的は、

サンフランシスコ市における「反日」の実態だ。

それなのに、

長々と、関連の話に終始して申し訳ない。

話を戻し、もう一つの事件を話そう。

みなさんご存知の吉村大阪市長の

サンフランシスコと大阪の姉妹都市解消の経緯だ。

但し、長くなりすぎたので、ブログのページを改める。


# by yosaku60 | 2018-04-08 10:59 | 時事放言 (NEW) | Comments(0)

インドサット;相変わらずの放漫態度

インドネシアの携帯電話会社の大手である、
テレコムセルにしてもインドサットにしても、
お客に対する応対が放漫である。

写真は、インドサットの社内....
お客に対応する席が1~8席あるのに、
3席しかスタッフがいない。
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なのに、お客の数は約20人。
で、順番が来るまで一時間待たされました。
まあ、もう慣れましたけど....でもね~

# by yosaku60 | 2018-04-07 16:22 | バリ島=社会・生活 | Comments(0)

嬉しい珍客、子供を抱いて現る

アユ夫婦が子供を見せに来てくれた。
最初に会った時のアユは、まだ独身だった。
恋人は船乗りだという。
なかなか結婚しようと言ってくれない。
そんな悩みを聞いていたので、
「よし、おれが口説いてやる」と、
その恋人に合わせてもらった。

ムルタサリのビーチで会った。
「同じ船乗りだ」
「オレみたいに早く結婚しろ」と口説いた。

それから一年、二人は結婚した。
ロンボク島にいたため私は結婚式には行けなかった。
その後アユは、妊娠したが仕事の無理がたたって流産した。
泣いた。
再度妊娠した。
今度は仕事を止め流産に注意した。
無事に男の子が産まれた。
その子が産まれて一年たった。

で、私に子供を見せに来てくれたのが、今日のこの写真だ。
右が夫、子供のプト、本人のアユ。
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2週間後に夫は船に乗りに行くという。
行先は、アメリカのタンパ港....
私も知っている港である。
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国が違っても同じ船乗り仲間。
ビールを飲みながら船の話に興じた。
美味しくて2本飲んだ。
ああ~お昼のビールは効くゥ!!

# by yosaku60 | 2018-04-06 14:12 | バリ島=人物往来 | Comments(0)

更年期か?アンジェリー

今朝のジョギング途中、
アンジェリー(牛)がいたので、近寄った。
頭を撫ぜようと手を出すと、
彼女は頭を振って角で私の手を払う。
おおお、危険だ。
私は、跳び下がった。
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どうしたんだ、アンジェリー。
やさしいオレを忘れたのか?
それとも、以前あったように、雄牛を求めてのストレスなのか?

近くに世話係の男がいたので聞いてみた。
アンジェリー、オレを忘れたのかなあ....
「いや、違う」
雄牛を求めてのストレスなのか...
「いや、違う」
じゃ、機嫌の悪いのはなんなんだ....

このあとの男の説明、
言葉が難しくて、よく理解できない。
が、どうも「更年期なので時々こういうことがある」
と言ってるように聞こえた。
アンジェリー、今いくつ.....
「15歳だ」
15歳で更年期、ほんとかな。
牛の寿命っていくつなんだろう。
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家に帰って調べてみた。
15~20歳が寿命だそうな。
じゃ、ほとんどおばあちゃんだ。
おばあちゃんに更年期がないだろうに....
と思って、さらに調べてゆくと、
18歳の牝牛が子を産んだ例が出ていた。

結婚したことのないアンジェリー
子供を産んだことのないアンジェリー
いつもひとりぽっちだ。
なんだか.........可哀想に思えてきた。

# by yosaku60 | 2018-04-06 12:04 | バリ島=その日のできごと | Comments(0)

日米/中・冷戦時代(その6;番外編、アンケートの見方)

中国が世界にどのように思われているかの

アンケート結果を書いた。

では、逆に中国がどのように思っているかであるが、

中国人に「隣国の中で好きな国と嫌いな国」を問うた、

アンケート結果があったので掲載します。


(好きな国)

1、パキスタン;28

2、ロシア;15

3、日本;13


(嫌いな国)

1、韓国;40

2、日本;30

3、インドネシア;19


限られたネット中国人の間だけの

アンケートでは、つぎのような極端なものもあります。

(好きな国)

1位;日本、 2位;中国、 3位;アメリカ、

(嫌いな国)

1位;韓国、 2位;北朝鮮、3位;ベトナム、


ちょっと、驚きでしょう。

そうなのです。

国と国民感情は別です。


中国共産党が情宣する国策と国民の生の声は別です。

私達日本人もこのことを知らねばなりません。

冷戦の敵国が中国だからと言って、中国人が全て敵ではありません。

中国の場合、国家権力により政策を自由に操作できるのです。


実は、中国の抗日運動

これも政策としてスタートしたものなのです。

中国共産党が、意識的に国策として前面に出したものなのです。

中国国民の感情を代弁したものではありません。

ですから、敵国だからといって、恨んではいけません(笑)。

恨み目で見ると、本物が見えなくなります。


ではありますが、

抗日運動が始まったのは、1989年の第二次天安門事件以降です。

鄧小平の意を汲んだ江沢民がスタートさせたものです。

日本の事情ではなく、中国の国内事情で推進したものです。

(いずれ、ブログに書きます)。

もう25年ほどになります。

こうした政策的な意識誘導が国策として長く続けられると、

国民の民意もそちらの方向に統一されることになります。

それが怖いのです。


# by yosaku60 | 2018-04-05 11:28 | 時事放言 (NEW) | Comments(0)

日米/中・冷戦時代(その5;番外編、中国に好意を持っている国)

日米/中・冷戦時代に入っているというからには、

敵のことを知らねばならない。

中国が世界にどのように思われているかであるが、

ネットに2015年調査結果が出ているので転載する。


全体として「好き」の値が55%である。

「嫌い」34%(無回答11%)よりも21%も多い。


案外と世界では好かれている。

ただ、これは中国と日本とを比較したものではない。

単に「中国をどう思いますか」のアンケート結果だ。


「嫌い」よりも「好き」が多かった国は次のとおりだ。

順番とパーセンテージも併記する。


1、パキスタン;82

2、ガーナ;80

3、ロシア;79

4、マレーシア;78

5、エチオピア;75

6、ブルキナファソ;74

7、タンザニア;74

8、セネガル;70

9、ナイジェリア;70

10、ケニア;70

11、ウガンダ;66

12、チリ;65

13、インドネシア;63

14、韓国;61

15、ペルー;60

16、ベネズエラ;58

17、ウクライナ;58

18、オーストラリア;57

19、イスラエル;55

20、ブラジル;55

21、フイリッピン;54

22、パレスチナ;54

23、アルゼンチン;53

24、レバノン;52

25、南アフリカ;52

26、フランス;50


以上が「嫌い」よりも「好き」の割合が多い国だ。

ただ、ベラルーシ、ネパール、カンボジア、ラオス の

親中国の名がないのがおかしい。

多分、アンケートをとらなかったのだろう。


1位のパキスタンは、何故に圧倒的に親中なのかというと、

印パ戦争の時、中国が味方してくれたからだ。

2位~11位までの10か国の内、ロシア、マレーシアを除いた、

8か国はアフリカの諸国だ。

これらの諸国は中国から経済援助を受けている。


ロシアは、中国と長大な国境線を有し経済的結びつきが大きい。

マレーシアは、中華系住民が多く住んでいるからだ。

それはインドネシアも同じである。

インドネシアの大金持ちには中華系住民が多くいる。

経済的には大きな影響がある。

インドネシアは親日と言われるが、親中でもある。


# by yosaku60 | 2018-04-05 10:33 | 時事放言 (NEW) | Comments(2)

日米/中・冷戦時代(その4;だらしのない外務省)

今年の2月7日、

台湾東部の花蓮市付近で大きな地震があった。

被害も大きく、翌日の2月8日、

安倍総理は、蔡英文総統にお見舞いメッセージを送った。

差出人は、安倍晋三内閣総理大臣であり、

受取人は、蔡英文総統閣下の正式な書簡だった。

その書簡が官邸サイトに掲載された(写真)。


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が、次の日(外務省はその時期を明かさないが….)、

その書簡から、受取人の蔡英文総督閣下の文字が消された。

消したのは、官邸サイドではない。

外務省なのだ。

何故なのか?

中国から外務省に横槍が入ったからだ。


中国は、蔡英文は単なる指導者と思っている。

日本が彼女を「台湾総督」と呼ぶのは聞き捨てならない、

との横槍を入れたのだ。


この横槍に外務省は震えおののいた。

で、官邸サイト掲載の書簡から、

宛先の蔡英文台湾総督の文字を消したのだ。


何故に中国の横槍と解ったのか、

2月10日、中国が「日本に物申した」と公表したからだ。


国会でもそのことが問題にされた。

日本維新の会の丸山穂高がそれを質問した。

が、その時の外務省の応えは、

「広く、台湾の国民全てに訴えるため云々…」であった。

消したのは外務省単独か官邸納得の上かは、解らない。

ただ、現在は、

外務大臣や菅官房長官も外務省に追随して、

「広く台湾国民に訴えるため….」と口を合わせている。


が、これはおかしい。

実は、2016年にも台湾に大きな地震があった。

その時も安倍総理は台湾総統にお見舞いメッセージを送った。

その時の総統は、馬英九であった。

で、書簡の宛先は、馬英九総統閣下であった。

この書簡の馬英九総統閣下は消されることもなく今もそのままだ。


ご存知のように、馬英九は、親中国であった。

で、今の総統、蔡英文は、反中国である。

中国にとって、馬英九は総統閣下であり。

蔡英文は、総統閣下と呼ばれるべきではない、

単なる指導者なのだ。

という理由での今回の横槍だ。


こんな理不尽な中国の要求を何故に外務省が呑むのか。

それも国会で質問されている。

外務省の応えは、

「決してそうではない」

「その時々の状況により適当な宛先にしている」

であった。


みなさん、おかしいと思いませんか。

ただ、解っていることがあります。

外務省、それに財務省は、中国に弱いのです。

その理由があります。

まだ、証拠がつかめてないので公表できませんが、

そうした理由の噂はネットに流れております。


さらに、文部科学省も中国に弱い….

というより、中国寄りに傾く傾向があります。

この理由は、みなさんご存知の通りです。

(例;前川前事務次官は、極左でした)


日米/中の冷戦時代にあって、

なんだか、情けなくなりますね。



・・・・・・・



なお、蔡英文総統は、安倍総理の援助申し出を

ありがたく受けることを申し出たが、

同じく援助を申し出た中国に対しては、

「ありがたいが間に合っている」と丁寧に断っている。

断られて中国はどうしたか、

最も被害の多かった花蓮市市長あてに援助を申し出ている。

そのあとどうなったか、ニュースが流れてこない。


いずれにしても、

中国のあきらめない「相手側侵入」は、執拗である。

スキさえあれば、どこかに手や足を入れようとする。

そのやり方に、恥辱心のかけらも見られない。

中華思想を元に世界制覇を目論む、

中国外交の、上から目線、の証左であろう。


# by yosaku60 | 2018-04-04 17:18 | 時事放言 (NEW) | Comments(0)

日本料理店「Kawe Susi」

デンパサールのシンパンウナムにある、
日本料理店「Kawe Susi」に行ってみた。

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オープン直後に一度来ただけだったが、
店内は、随分ときれいになっていた。
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値段だが、まあまあ安くて、なかなかである。
ただ、カミさんの食べた「てんぷらそば」は、
らーめんつゆ、だったらしく.....カミさん、少々不満(可哀想)。

# by yosaku60 | 2018-04-04 07:54 | バリ島=レストラン | Comments(0)

日米/中、冷戦時代(その3;台湾で国民投票があれば....)

北朝鮮の金正恩は、中国の習近平に会いに行った。

制裁の重さに尻尾を巻いて中国に保護を求めに行ったか、

そのように見せつけて、中国を利用したのか、

そういうことはどっちでも良い。

問題は、一旦核廃棄を決めたはずの北朝鮮が、

中国の保護を背景に核を廃棄しないという、

シナリオも出てきたことだ。


中国にとっては、北朝鮮がなびいて来さえすれば良い。

自国に害がなければ良い。

であれば、北朝鮮が核を持っていても何ら問題がないからだ。


さらに、その場合は制裁から外れる可能性が多いにある。

中国が外れれば、制裁の効き目がなくなる。

中国の保護を背景に、またまた「会話、会話」といって、

交渉を引き延ばすシナリオも出てきた。


アメリカも中国との裏取引がなければ北朝鮮襲撃が難しい。

(いや、トランプならやるかも)

と、現在は、こんな状況だ。


どうなるか解らないが、いずれにしても、

将来、朝鮮半島は中国寄りになることは確かである。

そのことを諦めねばならなくなるだろう。

日本は常時、中国の侵略に脅かされる状況になる。

アメリカとの安保体制も強力化する必要があるが、

自国は自国で守る気構えも必要だ。


そのため、いよいよ日本も核保有を検討すべきと思うが、

問題は、核アレルギーに侵された日本国民が

それを理解するかどうかだ。

平和を唱えれば、それだけで平和を保てると思い、

憲法92条さえあれば、戦争にならない、

と思ってもいる人が多すぎる。


日本人は、

いつから、どうして、

こんなノーテンキになったのだろうか、

その分析は、いずれ書くことにしたい。

ただ、書いても理解されないことは想像できる。

さはさりながら、どうしても言っておきたいことがある。

理解されなくとも声を大にして言いたい。


今すでに、

日米/中国の冷戦時代に入っている、

ということだ。


戦争を嫌いなのは誰もが一緒だ。

が、冷戦は既に始まっているのだ。

それがどうして見えないのだろうか。

目を見開いて周囲を見て欲しい。

そう! 冷戦が始まっている。

相手は中国です。


そうした中国との冷戦の中で、何が必要なのか。

まず、台湾を味方にしておくことです。

大事なのは台湾なのです。


みなさん、

台湾の次のような動きを知っていますか。

大事な台湾のこうした動きについて、

日本を挙げて協力しようではありませんか。


1、元台湾総統の李登輝は今年95歳になる。

2、京都大学出身の親日家である。

3、李登輝は未だカリスマ的存在である。

4、その李登輝が今年2月28日、台湾国民に訴えた。

5、国名を「台湾」にするべく賛否を国民投票したい。

6、賛同されれば「台湾」の名で国連に加入したい。

7、それに合わせて、新憲法も作りたい。


どんな問題があって、そう考えるのか。


1、国民のパスポートの国名は「中華民国」になっている。

2、この国名では、中国(中華人民共和国)との差別化が難しい。

3、「中華」と言う文字は、世界の中心、という意味であって、

   中華思想には世界制覇の意味を含む。

4、台湾の生き方とマッチしない。

5、中華を消し「台湾」という名で差別化を図りたい。

6、国民のパスポートも「台湾」と記されるべきである。

7、実質的には既に独立国だが、名実共に独立を宣言する。


こうした台湾の動きに共鳴しようではありませんか。

もし、台湾が国際連盟に加入を申し出たら、

真っ先に賛成しようではありませんか。


それを後押しする理由が少しあります。

過去、台湾が現中国に国連の籍を譲る際、

台湾に「台湾」と言う名のままで国連に残ったらどうか。

と進言したのが、安倍総理の祖父の岸信介だったそうです。

台湾はそうした歴史を大事にする国です。

それもあって、安倍総理は台湾では好印象を持たれています。


これもチャンスです。

一気に台湾に近づこうではありませんか。


台湾で「台湾」という名の国にすべく国民投票があれば、

「一票」に数えられないことが解っていても、

ネットで広めて、

日本人からエールの一票を送ろうではありませんか。


# by yosaku60 | 2018-04-03 11:12 | 時事放言 (NEW) | Comments(0)

コミンからも誕生日祝いが...

見てくれ。
コミンから誕生日祝いをもらって破顔一笑のオレ....
の頭に「神の輪」が乗っかっている(笑、笑)。
頂いたのはアラック(地元のお酒)1.5Lと、
コミン手作りのブブールインジン.....
   黒米に黒砂糖をまぶしたもので、
   日本の「ぜんざい」に似た味がする。
ありがとう、コミン。
あんたからの贈り物は心がこもっている。
オレ嬉しいよ!
久しぶりに自分のことを「オレ」と書きたくなった。
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# by yosaku60 | 2018-04-03 08:08 | バリ島=その日のできごと | Comments(0)

72歳になりました。

昨日の4月1日は、私の誕生日でした。
72歳になりました。

誕生日祝いは、レストラン「little India」での夕食....
森崎さん、エヴィ、カミさんが来てくれました。
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# by yosaku60 | 2018-04-02 12:38 | バリ島=その日のできごと | Comments(0)

日米/中、冷戦時代(その2D;根本博裏話)

根本博の名は、余り知られていない。
何故に語られなかったかの裏話を書きたい。

根本博は蒋介石に恩返しをしたいと奔走していた。
蒋介石の元に駆けつけ一緒に戦いたいと思っていた。

一方、明石元長は、台湾を助けたいと思っていた。
明石元長は、ある時期、貴族院男爵の地位にあった。
その関係で元陸軍幹部にも人脈を持っていた。
三笠宮殿下(元陸軍軍人)も既知であった。
秘密裡に蒋介石を助ける軍人を探した。
全員が根本博の名をあげた。

彼ならやる。
度胸の据わっている彼しかできない。

で、明石元長は、
根本博に会い、援助を申し出た。

が、これは極秘であった。
天皇陛下の弟君が加担していたことをGHQに知れたら、
天皇陛下に災いが及ぶ。

ということで、
根本博の密航を陰で支えながら全員が口を閉ざした。
根本博が台湾に渡ったかも知れないとの噂が日本でも広がった。
警察が根本家に捜索に来た。
妻は「釣りに出かけて帰りません」とだけ言った。
実際にそのとおりだったのである。
議会でも野党から「密航」の有無を指摘された。
吉田一郎首相は「噂は聞いている」と煙にまいた。

根本が日本に帰ってからも全員が口を閉ざした。
ただ、密航が罪にならず、
すんなり日本に戻れたということは、
政府が既に知っていたということを物語るものだ。

まあ、こうしたことは闇の中で良い。

ただ、金門島が死守されたことで、
台湾島と中国本島の大きな海を「台湾海峡」と呼ばれる。
何故なら、
金門島という台湾領と台湾島の間の海峡であるからだ。
もし、金門島が中国領になっていれば、
「中国海峡」になっていたかも知れない。

さらに、現在の金門島の住民だが、
国民党軍に殺されなかった経緯を既に知っていて、
根本博に感謝しているという。
ありがたいことである。

さらに、
蒋介石から送られ、根本家に保管されていた花瓶だが、
根本家の申し出により、現在、台湾に返還されている。

# by yosaku60 | 2018-04-02 12:24 | 時事放言 (NEW) | Comments(0)

日米/中、冷戦時代(その2C;古寧頭の戦いに勝利する)

厦門の街に立った根本は思った。

ここで戦えば負ける。

厦門を捨てて金門島で戦おう。

が、厦門をただ捨てるのではない。

厦門には戦意の少ない部隊を置く。

その部隊は共産党軍が攻めて来たらすぐに逃げる。

共産党軍は国民党軍の弱さにあきれる。

調子に乗って一気に金門島に攻めてくるだろう。

その油断した共産党軍を島に閉じ込め一気に殲滅する。

という作戦をたてた。


ことは作戦通りになった。

厦門を落とした共産党軍は、多勢で金門島に上陸して来た。

渡島には、ジャンク(小舟)を使った。

国民党軍は、十分に引きつけた後、一斉攻撃に出た。

その攻撃がすさまじく、共産党軍は退却を余儀なくされた。

が、浜に戻ると、全てのジャンクが焼き尽くされていた。

もう島から出れない。

かねてからの根本の作戦であった。

共産党軍は、北西の岬に逃げ込んだ。

そこには人民が密集した町があった。


国民党軍の幹部連は、

「追い詰めたのだから一気に砲弾を浴びせよう」

と言い張ったが、根本は止めた。

人民を一緒に殺したら国民党軍から民意が離れる。

戦争は軍人対軍人の戦いでなければならない。

民意を失った方が負けだ。

昔から、中国では人民を戦争に巻き込むのは当たり前だった。

幹部たちは、根本の意見に反対した。

根本は、懇切丁寧に説明し、反対意見を抑えた。


そして取った作戦は、

逃げ道を空け、そこに追い込み、殲滅する作戦だった。

逃げ道は、人家を離れた北の細い道路にした。


これも作戦通りになった。

南からの一斉攻撃で、共産党軍は人家を出て北の道路に逃れた。

そこには、国民党軍が待ち構えていた。

準備していた軍とふいに襲われた軍の違いが出た。

共産党軍が多くの死者を出し、残り全員が捕虜になった。

厦門に戻れた者は誰もいなかった。

(これを「古寧頭の戦い」という)。


この勝利を聞いた台湾の国民党軍は、大いに奮い立った。

反対に余りにも大きな犠牲者を出した共産党軍は意気消沈した。

共産党軍にも噂が広まった。

金門島で指揮をとるのは、日本人将軍らしい。

それも「戦神」と呼ばれるほどの強い将軍らしい。

日本軍の強さは既に知り尽くしていた。

共産党軍は、金門島を再攻撃することを諦めた。


根本博は台北に戻った。

金門島を死守したばかりか、

結果として台湾本土を守ることになった。

その感謝は何を持っても替えがたい。

蒋介石は、感謝のしるしとして、

彼がもっとも大事にしている花瓶を贈ることにした。


その花瓶は、2個を一対とし、三対作られたもの。

一対は成婚祝いとしてエリザベス女王に贈り、

一対は日本の天皇陛下に贈り、

一対は蒋介石自身が持っていた。

彼は「これを持って行って欲しい」と、

その一対の花瓶の片方を根本に贈ったのだ(写真)。

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根本は日本に帰っても何も語らなかった。

釣り竿を持って、釣りをするといって出かけた。

出かけてから3年しての昭和27年、

同じ釣り竿を持って日本に帰ってきた(写真)。

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さて、ということで、ざっくりした根本博の話を終わる。


ただ、そうした根本博が金門島で戦ったことは、

台湾の歴史の中で封印された。

それを証明する全てのものが廃棄された。

初の大勝利が日本人の指揮下だったとは書けないからだ。


それを抉じ開けたのが、

通訳としていつも根本の傍にいた吉村是二の息子、吉村勝行であり、

根本の密航を援助した明石元明の子息、明石元紹であり、

さらに二人の依頼を受けた作家の門田隆将だった。

三人は、台湾内で根本博の足跡を追い始めた。


そして、2009年、

根本博の存在を隠し通すことのできなくなった台湾は、

「古寧頭の戦い」を指揮した日本人、

根本博の功績を本に標すことにした(写真)。
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近年、台湾では歴史が見直されている。

現在、台湾が在るのは「古寧頭の戦い」に勝利したことが大きい。

と、評価されている。

その「古寧頭の戦い」に日本人の名が刻まれた意義は大きい。

ただ、忘れてはならないのは、

根本博の行為は、35万人の日本人を救ってくれた恩返しであった。

もし、蒋介石が助けてくれなかったら、

満州や朝鮮からの引き揚げ同様に、その35万人は、

悲惨な目に遭いソ連への抑留者をさらに増やしたに違いない。

日本と台湾の恩返し合い…

最近では、東日本大震災と台湾東部地震の間にも、

心温まる交流があった。

今後もそうありたいものである。


# by yosaku60 | 2018-04-02 11:02 | 時事放言 (NEW) | Comments(0)

日米/中、冷戦時代(その2B;根本博の台湾密航)

日本(東京、町田)に帰った根本は、蒋介石の戦いを追っていた。

新聞報道では、国府軍(国民党軍)の敗戦に継ぐ敗戦を伝えていた。

今こそ35万人の日本人を助けてくれた蒋介石に恩を返したい。

なんとか蒋介石の元に駆けつけて一緒に戦って死にたい。

が、GHQの占領下にあって、日本から脱出するのは困難だ。

秘密裡にしかも莫大なお金がかかる。

根本は持っているものを全部売り払って金策に走った。

が、足りなかった。

根本はひとり悶々としていた。

そんな根本を助けてくれる男が現れた。

明石元長だ。

元台湾総督の明石元二郎の長男である。


明石元二郎は台湾総督になって一年で病死した。

が、長男の元長は小学を卒業するまで台湾に留まった。

明石元長は、その後、日本に戻っても、

台湾に愛着を持ち続け、その行く末に関心をもっていた。

中国共産党の攻勢で苦境に立つ国民党軍を支援したく思った。

そんな明石が根本博のことを知った。


明石は、根本博の密航計画の援助を申し出た。

全てが極秘なので、表立って資金集めをできない。

明石自身も金策に苦労した。

準備を終えたのは、昭和245月だった。

根本は、家を出た。

普段着のままで、手には釣り竿を持っていた。

妻には「釣りに行ってくる」とだけ言った。

同行するのは、通訳の吉村是二であった。

二人は、明石の待つ福岡に向かった。


それからが大変だった。

GHQの監視の厳しい中、どこから出航するか。

目立たないためには、大きな船は使えない。

事情が分かり秘密を守れる乗組員を確保しなければならない。

出航が伸びる中、資金も枯渇してくる。

それらの解決のため、明石元長はひとりで奔走した。

2ヶ月の月日が経過した。

昭和247月、根本博と吉村是二は宮崎県延岡から出航した。

目指すは台湾。

29トンの小さな船だった。


明石元長は、闇に隠れて、その船を見送った。

それから4日後、東京に戻った明石は、過労で逝去する。

それほどに、大変な船出だったのだ。


出航した船も大変だった。

嵐に会い、岩場に座礁し、遭難しそうになった。

2週間後、やっとの思いで、台湾の基隆港に着いた。


基隆港に着いたものの、密航である。

当局に捕まえられ、牢獄に入れられた。

蒋介石に伝えて欲しい、と言っても取り次がれなかった。

一週間が過ぎた。

戦時中のこと、根本と吉村は処刑を覚悟した。


そんな時だった。

変な日本人が基隆の牢獄に居る、との噂が台北に届いた。

その噂が国民党軍の彭猛縜中将の耳に入った。

彭猛縜は、即「根本博」であることを悟り基隆に向け車を飛ばした。

その頃、根本と吉村は風呂に入れられ、髭もそられ、食事も与えられた。

二人は、いよいよ処刑かと、覚悟を決めた。

その時であった。


彭猛縜がドアーを勢いよく開けて入って来た。

彭猛縜は、日本人引揚時の交渉で根本博中将と知った仲であった。

根本博の緻密さと勇猛さを尊敬していた。

国民党軍のために死を覚悟で駆けつけてくれたことも察していた。

彭猛縜は、根本博の手をとった。

止めても、止めても涙が止まらなかった。


根本と吉村は台北に行き、蒋介石に会った。

その頃の国民党軍は、アメリカの援助も打ち切られていた。

孤立無援の状態だった。

毛沢東の共産党軍に、敗戦に敗戦を重ねていた。

いずれ台湾にまで共産党軍が来て、

国民党軍が全滅するだろうとの予測も出ていた。

国民党軍の軍事顧問となった、根本は言った。

「台湾に敵を入れてはならない」

「その前で食い止めねばならない」


当時の国民党軍の最終守備地は、福建省の厦門だった。

根本は、最前線である、その厦門に行く事にした。

行くにあたり、根本博は、台湾人、林保源と名を変えた。

通訳の吉村是二は、林良材と名を変えた。


当時の厦門守備隊の総指揮官は、湯恩伯であった。

湯恩伯は、日本の陸軍士官学校出であった。

当然に、根本博中将の勇名を知っていた。

湯恩伯は、根本を「顧問閣下」と呼んで敬った。

根本が先に入らなければ、風呂に入らなかった。

総指揮官でありながら、会議の上座を根本に譲った。

根本が「貴方が指揮官なのだから」と言っても崩さなかった。

ただ、根本の存在は、幹部だけが知っているだけで、

兵隊には、知らさない様にしていた。


さて、次は、

そんな根本が、どんな戦い方をして勝利したかを書きたい。


# by yosaku60 | 2018-04-01 12:01 | 時事放言 (NEW) | Comments(0)

オーストラリアからの客船

ムルタサリの造りかけの桟橋に船が着いていた。
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自動車を載せる設備がない。
小さな純客船だ。
オーストラリアから来たという。
ブノア港で客を卸したとのこと。
次のブノア港出発は一週間後。
その間、この仮桟橋に係留しているという。

# by yosaku60 | 2018-04-01 11:38 | バリ島=その日のできごと | Comments(2)

日米/中、冷戦時代(その2A;台湾金門島の存在)

中華人民共和国と言う名の中国、

中華民国と言う名の台湾、

どちらが正統な中国なのか、

中国は、台湾は国でなく国内の台湾省であると主張する。

台湾は、台湾こそが正統な中国と主張していた。

1992年にそうした主張を止めたが、

今も一個の国であることを主張している。

ということで、細かいことを省くが、

どちらが正統な中国かとなると、未だに完全に解決していない。

ここで、考えて欲しい。

台湾が何故に、

「台湾こそが中国を継承している」と主張できたのだろうか。

ちょっと歴史を語る。

1949年、蒋介石(国民党軍)は毛沢東(共産軍)に追われ台湾に逃げた。

が、国民党の全軍が台湾に逃げたのではない。

全軍が台湾に逃げたのであれば、そんな主張はできなかったはずだ。

蒋介石の国民党軍の一部は、中国大陸に留まったのだ。

今も留まったままでいる。

中国大陸の一部を治めているのである。

言ってみれば、共産党と国民党の国内闘争は終わっていない。

だから、台湾は、我こそが正統な中国と主張しているのだ。

では、中国の何処に台湾領があるのか。

余り知られていないので図示する。

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図の金門島と馬祖島を台湾が実効支配している。

特に金門島は、中国大陸の厦門市の喉元にある。

21キロしか離れていない。

そんな処に台湾領があるのだ。

毛沢東の共産軍が攻めてくる中、金門島から撤退しなかった国民党軍....

その戦いを「金門砲戦(1949年)」と呼ばれる。


実は、この戦いを国民党軍側で指揮したのが日本人なのだ。

日本人が指揮し、攻めくる共産軍を追い返した。

ということで、金門島を死守した台湾...

だから、今でも台湾は我こそ正統な中国と主張できるのだ。

このことは、余り知られていない。

というより、つい最近まで秘密にされていた。

公表されたのが、今から8年前の2009年だ。

公表されたのだから、ここでも書こう。

その日本人の名は、根本博。

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ということで、ここからは、根本博物語だ。


根本博は陸軍中将、

終戦時は、駐蒙(内蒙古)軍司令官であった。

19458月、ソビエト軍が満州に侵攻してきた。

815日の日本降伏以後もソビエト軍の侵攻が止まらなかった。

根本が統括する地域(張家口付近)の在留邦人4万人の命が危機に晒された。

ソビエト軍からは武装解除の命令が出た。

が、根本は思った。

武装解除したら日本人住民の安全が守れない。

問題が出れば、自分が全責任を負って腹を切れば良い。

ソビエト軍に日本人の命を託してなるものか。

根本は、自軍の武装解除をしなかったばかりか、

「陣地に侵入するソ軍は撃滅すべし」

「これに対する責任は全て司令官が負う」

と、日本軍守備隊に戦うことの命令を下した。

なんども突撃してくるソビエト軍と白兵戦を繰り返した。

更に中国人の八路軍からも攻撃があった。

根本の指揮する日本軍守備隊は、それらの攻撃に必死に耐え、

在留邦人4万人を乗せた、列車と線路を守りとおした。

さらに4万人が引揚船に乗るまで、食料や衣服の提供に尽力した。

 (註)満州では、関東軍や在留邦人の撤退が混乱をきたし、

    山西省でも、軍人も在留邦人が逃げ遅れている。

根本のその頃(819日)の身分だが、

下村定陸軍大将が陸軍大臣になり現場を離れたことがあって、

彼の後任として「北支那方面軍司令官」も兼務することになった。

根本は最高責任者として、北支那全体の引揚げに尽力した。

その数、35万人。

19468月、根本は35万人の復員を終わらせ、

自分は最後の船で日本に戻った。

こうした根本の渾身の行為に協力してくれたのが、蒋介石であった。

蒋介石は、自国の軍の輸送を最優先させねばならない鉄道路線を

可能な限り、根本の指揮下の日本人の輸送に割り当ててくれた。

根本は蒋介石に、

「私が必要な時は是非呼んで欲しい」

「命を捧げてご協力したい」

と、約束し、最後の引揚船に乗った。


# by yosaku60 | 2018-03-31 11:24 | 時事放言 (NEW) | Comments(2)

クルタラングーに行ってきました。

ブログで台湾の話を書こうと思ったが、
昼食のビール(小瓶)が効いたのか、頭がまとまらない。
で、ぽっかり空いた昼のひととき....
「気晴らしにでかけようか」とやってきたのが、
クルタラング―(kertha Langu)。
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家から20分と近いのに、ここ5年間は来てなかった。
ちょっと、びっくり、
家族連れで遊びに来る処に変遷していた。
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見えるかな、
中央の帽子を被った白い点がカミさん。
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そして、私。
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さわやかな風の中で田園風景を味わうのには、なかなかの場所である。
が、食べ物が高いのには少々がっかり。

アイスクリーム、ナシバカール、ミーゴレンが、25000ルピア(200円)
ナシゴレンアヤムが、35000ルピア(280円)
それに、肝心のビールが、小瓶25000ルピア(200円)、
大瓶50000ルピア(400円)と、高すぎる。

実は、値段を聞かずに、アイスクリーム3本とビール小瓶一本を飲んで、
いざ、レストランを出る段になって「お代はいくら?」と聞くと、
レストランのスタッフは即座に「100000ルピア」と言う。
せいぜい、その半分の50000ルピアと思っていた私。
「高すぎるだろう、何かの間違いじゃないか」
と、結構に美人のスタッフに思いきって聞くと、
「みんな25000ルピアのモノだから4品で100000ルピア」
と、掛け算を知らないんですか......と、怪訝ぶかそうに、
私の顔を覗き込んで言うんですヨ。

ジジイだけど掛け算ぐらい知ってらい!
ソロバン、一級なんだぞ!
馬鹿にするなってんだ!

バリ島、少々、住みづらくなって来ました(怒)。

# by yosaku60 | 2018-03-31 09:42 | バリ島=地方・景勝地 | Comments(0)

日米/中、冷戦時代(その2;台湾を知ろう)

みなさん、覚えておられるだろうか。
トランプが大統領になった直後、台湾の蔡英文総統に電話をした。
中国はショックを受けた。
そして最近、米議会は2018年度国防授権法を可決した。
この法案は米艦隊の台湾寄港を要請している。
将来の米軍の台湾駐屯に道を開く検討を始めたのだ。
中国は、またショックを受けた。

トランプは、巷間いわれるように馬鹿ではない。
これらは、将来の日米/中、冷戦時代にむけた政策なのだ。

日米にとって、台湾はそれほどに重要なのだ。
台湾の勉強が必要だ。

で、台湾について、あまり語られていない、
次の4点につき、明日から毎日ひとつ書いてみたい。

1、台湾実効支配の金門島の価値
2、李登輝の独立国「台湾」の提唱
3、日本外務省のだらしなさ
4、何故に台湾は親日なのか

# by yosaku60 | 2018-03-30 11:33 | 時事放言 (NEW) | Comments(0)

3月30日、早朝のビーチ

インドネシア国民は憲法により宗教を持たねばならない。
私は無宗教だが、それではこの国に住めない。
で、一応......仏教徒として届けている。
インドネシアで許されている宗教は、次の6っつ。

1、イスラム教、
2、キリスト教(カトリック)、
3、キリスト教(プロテスタント)、
4、ヒンドゥー教
5、仏教、
6、儒教、

これらの宗教の大きな行事は学校が休みになる。
6っつもあるのだから、宗教上の休みも多くなる。
んで、今日、3月30日は、
キリストが十字架に架けられた受難の日....
であって、学校はお休みなので、
今朝のビーチは、子供や学生がいっぱい。
d0083068_10112617.jpg
そんな人出を避けて、ホテルのビーチサイドをジョギング。
ここは、プリ・サントリアンの専属ビーチ。
d0083068_10090262.jpg
途中で、はなちゃんの家族と会う。
右から、はなちゃん、姉の夫、姉、弟。
d0083068_10133025.jpg
それに、姉の娘(4番目)のデワアユちゃん。
d0083068_10151054.jpg
これら4枚の写真は、朝の7時のもの。
バリ人は、みんな早起きです。

# by yosaku60 | 2018-03-30 10:16 | バリ島=その日のできごと | Comments(0)

日米/中、冷戦時代(その1;TPP11)

つまらない森友問題も、おおかた終わった。
北朝鮮問題も戦争回避の方向が見えてきた。

で、次に考えなければならないのは中国であり、
日米がタッグを組み、中国に対峙する冷戦時代の到来である。
(前にも書いたように冷戦は既に始まっているが....)

そうした冷戦に向けて、
嬉しいニュースが飛び込んできた。
「TPP11が3月中にも締結」のニュースである。
d0083068_16123105.jpg
カナダが入っていることがアメリカの圧力になるし、
中国にとって、宿敵のベトナムが入っていることの意味が大きい。
もっと意味の大きいのは、このTPP11は、日本が主導して決めたということだ。
また、アメリカが入って来たくなるような枠を空白にして残している。
2~3年もすれば、アメリカが「入れて下さい」と頭を下げてくるだろう。
その時は、恩にきせながらい入れてあげれば良い。
また、台湾が参加への意欲を示していることも大きい。
実現すれば、中国の目の先の、
ベトナム、台湾、日本の3者がブロックしたことになる。
安全保障上の意味もある。
嬉しいことにというか、当たり前のことだが、
中国の企業は、国営や国有であり、TPP参加にはなじめない。
軍事強国になるには、自国の経済の後押しが必要だ。
TPP11が発展すれば、中国経済を真綿のように締め付けることになる。
そういう意味で、嬉しいニュースである。

ついでに書いておく、
TPP11は、日本国内でも良い影響があると思う。
いろいろあるが、私が一番重要と思っているのは、
農業の岩盤規制(農協)撤廃である。
生産コストを下げるため、撤廃や縮小が避けれないだろう。
人を甘えさす古い体質は、おさらばだ。

# by yosaku60 | 2018-03-29 16:33 | 時事放言 (NEW) | Comments(0)

可愛くなったプトゥリ

ビーチサイドのいつものワルン...
のおばさんの孫娘のプトゥリ(幼稚園生)。
可愛いので普段の自然な写真を撮りたい、
と思って、カメラを構えると、すぐにカメラ目線になる。
d0083068_10422794.jpg
これじゃ面白くないので、
そーと部屋に入って、カメラを向けてみた。
と、すくっと立って、カメラ目線になる。
難しい。
d0083068_10404287.jpg
で、しょうがないので、
うつむいているところを撮った。
この3枚の写真、みな撮った日が違う。
(手前はカミさん)
d0083068_10444859.jpg
「プトゥリ、もうすぐ一年生だな~」
「読めるようになったか」
てな、問いに「ウン」との返事が返ってきた。
赤ん坊の時から知っているが、
昔は、ひとことも喋らない無口な子だった。
が、今は、少しづつ話すようになった。
幼稚園で友達ができて、
お母さんがいない寂しさを払拭できたようだ。
良かった。
今度おもちゃを買っていってやろう。

# by yosaku60 | 2018-03-29 10:49 | バリ島=人物往来 | Comments(0)

ネットにもある偏向報道

前にも書いた通り、

テレビ放映は、放送法4条により偏向報道をしてはならない。

が、ネット放映には、そうした規則がない。

で、偏向報道があって当然だ。

で、私は注意しながらネット情報に接している。

そんな中で、最近、

ネットの偏向報道に騙された例がある。

逆に騙されなかった例もある。

そうした二つをここに書いておきたい。


(騙されなかった例)


韓国の平昌オリンピックの偏向報道だ。

開催の二年前から次のようなネット情報があふれていた。

1、開催費用が足らなくて困っている。

2、日本との共同開催を望んでいる。

3、とうとう中止を決めた。

一年前でも、

4、チケットが売れず、開催できないかも。

5、開催しても大赤字で、国民が怒っている。

6、一カ月前になっても工事が終わっていない。


というような悲観的な報道ばかり流れていた。

肯定的な報道は一切なかったと言っていい。

が、私はそうは思っていなかった。

韓国人の気質を知っていたからだ。

韓国人は、やるとなるととことんスピードをあげる。

どんなことがあってもなんとか間に合わせる。

そうしたことには、恥を知る民族だ。

であるから、

なんとか開催され、それはそれで盛り上げるだろう。

と思っていた。

そして、そのとおりになった。


(騙された例)


北朝鮮に対する制裁の効果についてである。

昨年後半は「とにかく制裁を強めるしかない」と思っていた。

その制裁だが、効果があるという報もあったが、

効果がないという次のような報も多くあった。

1、制裁破りをする国がいっぱいある。

2、日本でも制裁破りがある。

3、中国は、本気に制裁をしない。

4、贋ドルを作り麻薬で儲けるので、痛くもかゆくもない。

5、北朝鮮を見て来た人は「市場は活気に溢れていた」と言う。

この報道に私は騙された。

で、次のような書き方で制裁をブログに書いた。

三月一日のブログだ。


 制裁によって、さすがの金正恩も根をあげるかも知れない。
 心変わりして、核を放棄するかも知れない。
 可能性はゼロに近いが、全くゼロでもないと思う


効果の可能性はゼロに近いと書いたのだ。

が、実はそうではなかった。

制裁の効果が大きかったのだ。

ネット情報を一方的に信用しすぎた。

馬鹿だなあ、俺って....

今後は、ネットの偏向報道には、

騙されない様にしたい、と思っている。


# by yosaku60 | 2018-03-29 10:32 | 時事放言 (NEW) | Comments(0)

半島情勢ひとりごと(その10;金正恩中国訪問の意味)

金正恩が習近平と密会したとの報が流れた。
これは何を意味するか。

私は、これを
「アメリカの北朝鮮襲撃の可能性が消えた」
と読む。

何故なら、

習近平は思っていた。
  韓国、北朝鮮、アメリカの三者でどんどん前に進んでいく。
  一番影響のある中国がおいてけぼりを食らっている。
  なんとか3者の間に入っておかねばならない。
  金正恩がトランプと会う前に会っておきたい。
  
  また、こうも思っていた。
  朝鮮半島に原爆がなくなることはいいことである。
  北朝鮮はどうも原爆を放棄するようだ。
  韓国から原爆を持つ米国が出ていくことを要求するようだ。
  であれば、その後押しをしたい。

一方、金正恩はこう思っていた。

  制裁には懲りた、もう国がやってゆけない。
  原爆を放棄することもやむを得ない。
  が、放棄した後が怖い。
  抑止力がなくなる。
  アメリカにやられるかも知れない。
  それを守ってくれるのは、中国だ。
  トランプに会う前に習近平に会って友好を結んでおこう。

かくして、
両者の目論見が一致して急な面会になったのだと思う。
多分、
習近平は、金正恩に北京に来てくれたことを感謝し、
金正恩は、習近平に国際規約の制裁破りを依頼したであろう。

であるから、今後は、

北朝鮮は核廃棄にむかう。
だから、アメリカの襲撃の可能性は消えたと読む。

問題は、その後どうなるかであるが、
私は、大胆に次を予想する。

1、韓国から米軍が撤去する(時間をかけて段階的に)
2、北朝鮮と韓国は連邦制国家として統一に進む。
3、その連邦国家がうまくゆくかどうかは不安が多い。
4、なぜなら先を読めなかった韓国国民が、
  社会主義の現実にぶつかり、ようやく気づき反発するからだ。
5、で、半島情勢が落ち着くには20年余の歳月が必要だろう。
6、その連邦国家には、中国が7割、ロシアが2割、日本が1割絡む。
7、将来的には、半島からアメリカの影響は消える。

そうなるとどうなるか。

1、アメリカはそれでも構わない。
2、日本と言う防衛線があるからだ。
3、日本は困る。
4、いいや、私はそう思わない。
  逆説的だが平和ボケした日本国民の目が覚めるからだ。
5、その後、緊迫した冷戦時代に入る。

どんな冷戦時代に入るかだが、

1、アメリカと中国が主役の冷戦だ。
2、脇役には、欧州、ロシア、日本がいる。
3、が、欧州は高みの見物をするだろう。
4、ロシアと中国は主義主張に一致するところが多い。
5、その二国の間に楔を打つのが日本の役目だ。
6、ロシアとの交渉は北方領土だけではない。
7、ロシアには中国に近づけさせないない、戦略をとることが必要だ、
8、安倍総理はその辺までを見据えてプーチンとつき合っている筈だ。

などと、
今朝がたの金正恩の訪中の報に接し、
緊急に状況を紐解いてみました(当たるかどうか??)。

# by yosaku60 | 2018-03-28 10:24 | 時事放言 (NEW) | Comments(0)

バリアンによる「聖水治療」を受けました。

去年の11月ごろだったろうか、
左膝の裏側に違和感を覚え始めた。
いつか治るだろうと思って放っておいたが、
なかなか良くならない。

友人のじゅん子さんが家に遊びに来て言う。
肩が痛いんです。

で、はたと思いだした。
バリアンによる聖水マッサージ治療.....
昔、日本から兄が来た時に兄の腰痛を一発で治した。

   バリアン;日本語にはない。
        無理して訳せば祈祷施術師と言えるかも....
   
   聖水治療;バリ人の祈祷には「ティルタ(聖水)」が欠かせない。
        バリアンは、聖水をつけた指でマッサージする。

そうだ、私も膝の裏側が痛い。
じゅん子さんも肩が痛いという。
家からバイクで5分だ。
遠くない。
ダメもとで行ってみよう。
で、その治療光景(写真)。
手前は見物のカミさん。
d0083068_10105381.jpg
治療費は決まっていない。
お布施の意味なので、大根一本でも良いらしい...
が、外人と言う弱み(笑)があるので、500円払った。
マッサージの時間は約10分だから、まあ、十分な料金だろう。

ということで、治療の結果だが、
その日は二人とも良かったかどうか解らなかった。
が、次の日、じゅん子さんから連絡があった。
「なにか良かったみたい....」
そして、私。
私も同じ思いだった
「なにか良かったみたいなのだ」
そして、それから三日たった今日、
「本当に良かったようだ」
現在、左膝の内側の痛みはほとんど消えてしまった。
不思議な話だが効果があったようだ。

# by yosaku60 | 2018-03-27 10:23 | バリ島=ちょっとびっくり | Comments(0)

新しくなったが....「イミグレ」

永久ビザ所得のため「イミグレ」に行った。
(たぶん5年ぶり)
建物も室内もすっかり様変わりしていた。
きれいになったものだ。
d0083068_07474070.jpg
アナウンスで私の番を呼ばれた。
写真撮影とサイン確認である。
が、会見室内に入ると、なかなか受付されない。
理由を聞くと、局内のネット接続故障と言う。
回復まで1時間待たされた。
建物は新しくなったがシステムは昔のままであるようだ。

# by yosaku60 | 2018-03-27 07:54 | バリ島=社会・生活 | Comments(0)


常時ほろ酔い候
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