あけっぴろげてあらいざらいのあるがまま



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私を知っている変なおじさん

屋根のある、この変なバイク...
時々表通りに停まっているので気にかかっていた。
昨日、とうとう、その持ち主に出会えた。
バイクのエンジンがかからず困っている風だった。
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変わった人物なので、知っておきたいと彼に近づくと、
向こうの方から「ヤ、ヨシイ」と私の名を呼ぶ。
私が知らないのに、彼が私を知っていた。
「ごめん、オレあんたを知らない、どこに住んでるの」と聞くと、
「シンドゥー」という....まあ、お隣(村)さんだ。
このバイク、バイクの付属品は全て彼の手造りだ。
バイクも何十年も使っているような古いものを自分で修理して使っている。
見れば、相当の年配(お年寄り)のおじさんだ。
バリ人には器用な人が多い。

by yosaku60 | 2019-01-31 10:36 | バリ島=人物往来 | Comments(0)

米軍のアフガニスタンからの撤退考

以前にシリアから撤退する米軍についての顛末を書いた。撤退するのはシリアだけではない。アフガニスタン駐留の米軍15000人を8000人ほどにする計画もある。トランプはシリアとアフガンからの米軍の撤退を確実にするため昨年末に撤退に反対するマティス国防長官を罷免した。その理由をメディアが正確に報道していない。なぜ、両地域から米軍を撤退させるのか理由は簡単だ。トランプは大統領選の時からそれを訴えていた。その公約を守ろうとしているだけだ。ただアフガニスタンからの撤退は簡単ではない。それに反対する輩がアメリカに多いからだ。アメリカのメディアは結構にわがままだ。戦争をすることには反対するが一度進駐したら撤退するのにも反対する。騒いでおれば視聴率があがるからという理由にしか見えない。日本のメディアもアメリカのそうしたメディアに連動して報道する。で本物の中身がわからなくなる。というか伝わらなくなる。なんとも情けない。メディアの言うことを気にせず自分だけで考えなくてはならない。常に本質を見極める目を持たねばならないということだ。ということで、アフガニスタンの米軍撤退について私が考えていることを書きたい。少し歴史から書き始めたい。


何故に米軍がアフガニスタンに進駐したのか


1、ソ連のアフガニスタン侵攻

話は、ソ連とアメリカの冷戦時代に遡る。
1970年代のソ連にとってアフガニスタンは国境を接する隣国であった。
ソ連にとって、国境を接する隣国はソ連寄りの国でいてほしかった。
1979年、アフガニスタンにクーデター政権ができた。
その混乱をみたソ連は突然にアフガニスタンに侵攻した。
アフガニスタンを奪う目的ではない。
ソ連寄りの政権を誕生させるための侵攻だった。


2、アメリカが反ソ連の側に武器を供与する。

侵攻してきたソ連と戦ったのはイスラム聖戦士(ムジャヒデン)だった。
このソ連の侵攻を知ってアメリカはモスクワオリンピックをボイコットした。
日本もアメリカにならってボイコットしたので年配の方は覚えておられるだろう。
同時にアメリカは、こうも思った。
過去のベトナム戦争の時だ。
アメリカは北ベトナム軍やベトコンに苦戦した。
その理由は戦う敵にソ連が武器を供与していたからだ。
アメリカはその時の復讐を思いついた。
イスラム聖戦士 (ムジャヒデン)に武器を供与することにしたのだ。
アメリカはパキスタン経由でムジャヒデンに武器を搬入した。
武器を与えられたムジャヒデンは強くなりソ連は苦戦した。
約10年間、戦いは泥沼化した。
アメリカのソ連への復讐が成功したのだ。
嫌気がさしたソ連(ゴルバチョフ)はアフガニスタンから撤退した。
ソ連が撤退するとアメリカも武器供与の目的を失った。
アメリカもアフガニスタンに関与しなくなった。


3、タリバンが現れる

ソ連もアメリカも抜けたアフガニスタンはがらんどうになった。
がらんどうになった処に部族間の内戦が勃発した。
その内戦で力を発揮したのがタリバンだ。
そのタリバンができた経緯を書く。
アフガニスタンに近いパキスタンの山中に、
戦火を逃れてきた人々の難民キャンプがあった。
その難民キャンプにイスラム原理主義を教える神学校ができた。
その神学校の神学生がタリバンである。
イスラム教の経典には「ジハード」がある。
イスラム教を真剣に守り抜くのを「ジハード」という。
守り抜くというのは邪魔をする者と戦うことも意味する。
この場合の「ジハード」は「聖戦」と訳される。
そのうちにジハード=聖戦になった。
タリバンにとって「聖戦」は重要な宗教行為である。
かといって、心構えだけでは集団は強くならない。
聖戦を行うための武器が必要だ。
その武器を与えたのがパキスタンだった。
何故にパキスタンはタリバンに武器を与えたか。
パキスタンはいつも隣国のインドと戦争をしていた。
目前のインドと戦うには後ろのアフガニスタンが気になった。
アフガニスタンがパキスタン寄りでいて欲しかったのだ。


4、湾岸戦争が始まる。

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アフガニスタンからソ連軍とアメリカの影が消えた。
そうするとアフガニスタンに内戦が始まった。
同時に大国の重しが消えたことで動いた国があった。
イラクだ。
イラクとクエートはもともとが同じ国であった。
イギリスが勝手に二つに分けてしまったのだ。
イラクのフセイン大統領は石油埋蔵量の多いクエートに攻め入った。
クエートの石油はもともとがイラクのものだという理屈だ。
アメリカ及び世界がそのフセインの行動に反発した。
100時間後クエートを開放し以後イラクを攻めた(湾岸戦争)。


5、サウジアラビアがアメリカに援護を求める

イラクのクエート侵攻におののいた国があった。
サウジアラビアだ。
サウジアラビアはアメリカに何かあったら援護して欲しいと申し出た。
アメリカはサウジアラビアの申し出を受けた。
そのサウジアラビアの弱気に腹を立てた男がいる。
ウサマ・ビンラデンだ。
当時ビンラデンはパキスタンにいてタリバンと共に戦っていた。
ビンラデン家はサウジアラビア王家に仕えた建設屋だった。
王家の全ての建設を請け負い大財閥であった。
恩あるサウジの王家がアメリカを引き入れたことに反対した。
サウジ王家にそのことを申し出ると逆に国外追放を言い渡された。
故郷を失ったビンラデンはアメリカへの復讐に燃えた。
ジハード(聖戦)を求めてやってくる者たちのリーダーになった。
そのものたちを集めてアルカイダと呼ばれるグループを率いた。
そして、2001年9月11日、アメリカの同時多発テロを首謀した。


6、アメリカがアフガニスタンに踏み込む

同時テロでアメリカは怒った(ブッシュ大統領)。
首謀者ビンラデンを匿うタリバンにビンラデンを差し出せと迫る。
だが、タリバンはそれを拒否した。
ブッシュは「テロリストを匿うのはテロリストと同罪だ」と....
アフガニスタンのタリバンを攻めた。
タリバンは瞬く間に弱体化した。
2011年5月2日、パキスタンのアバラバードに潜むビンラデンを見つけた。
ビンラデンはアメリカの特殊部隊の手で殺された(オバマ大統領)。


7、米軍、その後もアフガニスタンに居続ける理由

ビンラデンを殺害しアメリカの復讐は終わった。
が、アフガニスタンから米軍を撤退するに至らなかった。
というのは、アメリカが撤退すると再度タリバンがのさばるからだ。
事実、その傾向があった。
タリバンがのさばることはテロリストの温床になることと同じである。
アメリカ国内にもそうした意見があった。
アフガニスタンに大凡の平和が戻るまでアメリカ軍の撤退は難しいと思われた。



アフガニスタンから米軍が撤退することに賛成。


1、何故なら目的を成し遂げた。

米軍がアフガニスタンに入った目的はビンラデンを探し復讐するためだった。
その目的が終わったじゃないか。
それに、同時多発テロはタリバンには関係がない。
タリバンはビンラデンを匿っただけだ。
タリバンの発祥地はパキスタンの北部山岳地帯である。
その地方の民族は「パシュート人」である。
パシュート人には「頼ってくる客人を助ける」という民族的習慣がある。
タリバンは民族の習慣を守っただけだ。


2、同時多発テロが再び起こるだろうか

同時テロを未然に防ぐ為アフガニスタンの米軍駐留が必要と言う。
本当にそうだろうか。
最初に同時多発テロに至った経緯を長々と述べた。
これを読んで気づかないだろうか。
スタートはソ連とアメリカの冷戦だった。
その冷戦を休止したら又内戦が始まった。
イラクのクエート侵攻があった。
全てにソ連とアメリカの冷戦が関係している。
同時多発テロもその延長線上にあった。
今、その冷戦はない。
代わりに中米の冷戦が始まった。
中米の場合「冷戦」ではなく「新冷戦」と言われるらしいが...
いずれにしても冷戦の構造が変わってきている。
何かひとつにしぼったとて防災にはならない。
ドンパチばかりが戦争ではない。
中国のサイバー攻撃の方がもっと怖い。


3、タリバンはそれほど危険ではない

タリバンは、イスラム原理主義の組織だ。
規律が厳しいがそれは宗教上のものである。
アフガニスタンはもともとがゆるいイスラム教であった。
そこに原理主義が入って来てそれとつき合う人民の戸惑いがある。
が、異宗教の人はどうにもできない。
イスラム原理主義はイランにもありサウジアラビアにもある。
宗教を否定し世界制覇を狙う中国よりも安全な国だ。
これ以上、立ち入るのは内政干渉ではなかろうか。


4、撤退を決めるトランプ

戦争は始める時よりも収拾する時の方が難しい。
アフガニスタンからの米軍の一部撤退につき、
アメリカ国民はトランプの勇気を....
驚きを持って歓迎していると漏れ聞く。
ただ日本のメディアまでは漏れて来ない。


5、さはさりながら

撤退と簡単に言っても、さはさりながら、
過去アフガニスタンで多くの米兵の命が消えた。
それをそのままにして「はいさようなら」という訳にはいかない。
消えた命が無駄でなかった確証がなければアメリカ国民が納得しないだろう。
ただ、私は聞いている。
トランプはタリバンの首謀者と話し合ったらしい。
米軍が去ってもアフガニスタンが戦争のない平和な国であって欲しい。
そうしたトランプの意見にタリバンも承知したらしい。
この記事、どこかで読んだが、今は探せないでいる。
トランプはシリアからの米軍撤退の際にカギを握るトルコ大統領と話をした。
イラクに駐留する米軍にも話をした。
シリアにしてもアフガニスタンにしても
撤退後のその地の平和をなおざりにはしていない。
そう信じるので、私はトランプのアフガニスタン撤退に賛成する。


6、で、今後だが

シリアからの米軍撤退、アフガニスタンからの米軍の一部撤退....
トランプは公約通りに駐留費用を減らすことに成功した。
余力が生まれたのだ。
この余力、目前に迫る中国戦に温存して欲しい。
というより、
温存している状態を作ったことそのものが中国への抑止力になる。
先日、一時期だけ中国が台湾への「脅し」をかけたことがあった。
その時、すぐに米軍の航空母艦の台湾海峡の自由航行がなされた。
私は、さすがアメリカ、さすがトランプと思った。
少なくとも私はそう思った。
がそういう風に思った日本人は少ないのではなかろうか。
日本もうかうかしておれない....
私は、いつもそんな風にあせっている(笑)。

by yosaku60 | 2019-01-30 16:55 | 飲んだくれ四方山話 | Comments(0)

老舗の「漁師」新装オープン

サヌールの日本料理店の「漁師」が場所を変え今日より新装オープンします。
昨夜はその前日、ということでお披露目があったので行って来ました。
新しいお店は敷地が以前より倍になったように思いました。
これは入り口を入ってすぐの屋外席....
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建物の中に入ると、右にずらりとカウンター席が....
その贅沢な長さに驚かされます。
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以前のお店は駐車場がなくて困りました。
ですが、新装店は、お店の裏に駐車場があります。
ということで、全てに満足しましたが、あとは価格だけです。
昨日は招待客だけということで食べ物は無料だったので価格はわかりません。
次に行く時は、お値段の噂を聞いてからにしたく思っています(笑)。

by yosaku60 | 2019-01-30 09:56 | バリ島=レストラン | Comments(0)

私がいつも行くワルン(Wr.Kioel)

私が朝食を摂るワルンは3軒あると書いた。
2軒は紹介した。
最後の一軒はムルタサリの「Wr. Kioel」だ。
「Wr. Kioel」は、ムルタサリにある三つのワルン群の中にある。
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その三つのワルン群を紹介する。
まずは、図上左下のワルン群だ。
ここには10軒ほどのワルンがある。
まずは南側から見た全景。
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北側から見た全景....ただ、ここは、
場所が良い割には余り人が集まらない。
(夜になるとお客が集まるのかも知れない)
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次は、図上右端のワルン群。
15軒ほどのワルンが軒を連ねている。
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この通り、休日には人、人、人で満杯になる。
どの店も商品の陳列に気を配っている。
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最後のワルン群は「Wr. Kioel」のある図上左上のワルン群。
10軒ほどのワルンが軒を重ねている。
そのほぼ中央に「Wr. Kioel」がある。
道路の真ん中にいる犬が「ホワイト」、
写真を撮る私を追っかけてきた。
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「Wr. Kioel」の自慢は、炭火焼きの魚のサティ....
4本で5000ルピア(40円)....一本が10円だ。
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柔らかくて香ばしくて美味しい。
是非にご試食あれ。


最後に、ワルンの格を判断する材料を教える。
それは「バリコーヒーの値段」だ。
完全なローカル価格は、2500ルピア(20円)だ。
バリの山奥のワルンは、みんな2500ルピア(20円)だ。
それが、ちょっと格上のワルンになると、3500ルピアになる。
時々外国人が立ち寄ることもあるワルンでは、5000ルピアになる。

ちなみに、私が通うワルンのバリコーヒ―だが、
「Wr. Kioel」は、2500ルピア(20円)
「Wr.Cupetong」は、3500ルピア(30円)
「Wr.Suarni」は、いくらか知らない。
「いくら?」と聞くと「要らない」というので私が適当に払う....
で、値段は知らないが、土地がら、多分2500ルピアだと思う。

by yosaku60 | 2019-01-29 10:24 | バリ島=レストラン | Comments(0)

私がいつも行くワルン(Wr.Suarni)

昨日のブログで私がいつも行くワルンとして、
プロムナード沿いの「Wr. Cepetang」を書きました。
私がいつも行くワルンは、その他に2軒あります。
そのうちの一軒が「Wr.Suarni」です。
私たちは「おばあちゃんの店」と呼んでいます。
おばあちゃんの名がSuarniだからです。
場所は「Wr. Cepetang」のすぐ近くです。
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プロムナード沿いではなく、その裏の森の際にあります。
これが全景です。
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表から見るとこんな店づくりです。
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写真は、おばあちゃんの息子のお嫁さんのアナさん...
太っ腹で心優しい娘さんです。
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Wr.Suarni の自慢は、鶏肉の唐揚げが美味しいこと。
自前で揚げるので、しまった鶏肉がホクホクに食べれます。
それに自家製のサンバルが極端に辛いことも注目です。
私はバリ人以上に辛いものが平気ですが涙を流しながら食べています。
サンバルだけでご飯が食べれます。
辛さに平気な人は是非にチョバ(試す)してみて下さい。

by yosaku60 | 2019-01-28 11:49 | バリ島=レストラン | Comments(0)

サヌールビーチ・プロムナード沿いのワルン

全長6キロのサヌールビーチ・プロムナード。
その北端のバリビーチと南端のムルタサリにはワルン群がある。
そのワルン群を除いた3キロの間には、次の三つのワルンしかない。
(カランビーチのワルンはプロムナードの塀の外.....)

1、クスマサリ、ワルン群
2、ワルン、シンティア
3、ワルン、チュプトン

昔はもっとあった。
立ち退きを言い渡され減ってしまった。
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この三つを写真で紹介する。
まずはクスマサリ・ワルン群....の全景、
20軒ほどのワルンが集まっている。
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ビーチ・チェアーもある。
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この中で私が行く店は決まっている。
ここ「ティティの店」だ。
夫婦そろってお付き合いをさせてもらっている。
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さて、次は2番目の「Warun Cintya」....
左の太った男が経営者、シンティアは彼の娘さん(小学4年生)の名前だ。
ただ、ここにはナシジンゴが売ってないので滅多に来ることがない。
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店の前には、ウオータースポーツをガイドするバリ人が集まる。
10年来、同じ顔ぶれだ。
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さて、3番目が私がいつも朝食に寄るワルン。
私たちは「プトリの店」と言っているが、本当の名は「Warun Cepetong」
その全景....左端の店。
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この店からは、アグン山(これは今朝の写真)が見える。
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現在、ワルンを修繕中....
台所が奥過ぎて仕事がしづらいので、
手前(竹の塀の中)に台所を増設している。
台所の中に顔だけ見えるのが、チュプトン、この店の亭主だ。
彼はもともと(今も家で一隻作っている)が船大工だ。
台所増設なんて朝飯前だ。
赤いショートパンツの娘が彼の長女のワヤン...
若く見えるが二人の子を持っている。
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この店は場所が良いので家賃が高い。
支払いが大変なので、別の出店(出張店)を持っている。
ここは奥さんが店番をしている。
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通り道なので、我々も時々ここでナシジンゴを買うことがある。


by yosaku60 | 2019-01-27 12:06 | バリ島=レストラン | Comments(0)

世界戦争(その11;ヴェネズエラ)

同じく中国マネーが入ってバタバタにされた国....
というか、今がバタバタの盛り(曲がり角)にある国...ヴェネズエラ。


ヴェネズエラ...

ヴェネズエラのことは日本人は余り関心がない。海岸線が複雑に入り組んだ地形をしており、静穏な港があって、私も、マルカイボ、プエルト・カベーロ、ラ・ガイラの三つの港に寄港経験がある。更にヴェネズエラの西の海側に、アルバ、キュラソーというオランダ自治領があって、特にキュラソーはカリブ海の観光船が必ず立ち寄る基地になっている。一方、東の海側至近にはトリニダート・トバコ国がある。小さな島が連なるカリブ諸島にあって、そこそこに大きい島なので寄港するとほっとした。例えば貧しい国でレストランに入ったとする。私のような外人が現地のレストランに入ると「カモが来た」かもと、現地の人にじろじろ見られることがある。だが、この地は私が座っても近くの人は見向きもしない。普通にしている。いろいろな地に行くとわかるが、そういうところからその国の裕福度、平和度が感ぜられるのだ。ということで、私のこの地(ヴェネズエラの諸港、及び近隣国の島々)の思い出は「全てに豊かで平和」であった。


それが今、どうなっているかと言うと、

マドゥーラ大統領の下、
インフレ率100万パーセントの国になっているというではないか。
インフレ率100万パーセントを私は経験したことがない。
ただ、何パーセントか分からないが、
インフレ率の高いブラジルを経験したことがある。
面白い現象が起きる。
給料日の次の日、その次の日に、スーパーに人が溢れるのだ。
現金が手に入った場合、早く使わないと価値が落ちるのだ。
私の船は7つほどの港を寄港しながら南米の海岸線を北から南に走っていた。
各港でその港で必要な分だけお金を換金し使いきるようにしていた。
日をはさんでお金をもっていてもどんどん価値が下がるからだ。
で、100万パーセントのインフレ率ではどんな風になるのだろうか。
想像がつかない。
多分、紙幣が使われず、物々交換になるのではなかろうか。
話がなかなか前に進まない(笑)。
言いたいのは、何故に、こんな高インフレになったかの原因である。
中国マネーだ。
お金が簡単に手に入ると人間は馬鹿になる。
官僚で分け合うために汚職が横行する。
中国は反米を唱える国々を後押しするためにお金を注ぎ込んだ。
それがエクアドルであり、ヴェネズエラであった。
ヴェネズエラは世界一の石油埋蔵量を誇る国だ。
借金は石油で返すことにすれば良い。
で、どんどんと中国からお金を借り入れた。
だがその後、石油の価格が下落し中国への返済ができなくなった。
ヴェネズエラの経済がたちゆかなくなった。
巨額のお金を貸し付けた中国はヴェネズエラが潰れては困る。
お金を返してもらえなくなる。
で、更に新たにお金の貸し付けを増やしている。
中国はアメリカに対抗して中南米に投資した。
その投資はヴェネズエラに代表される。
であれば中国の中南米投資は失敗したことになる。


今後、ヴェネズエラはどうなるか...

現在の大統領は、マドゥーラである。が、余りにも経済が立ち行かないということで、マドゥーラ大統領に代わり、議会のグアイド議長が「大統領代行」を唱え出した。
写真は1月23日(三日前)のグアイド議長の「大統領代行宣言」。グアイド国会議長は首都カラカスで大勢の支持者を前に、自分たちの反政府デモは「ヴェネズエラが解放されるまで」続くと宣言し、右手を挙げながら「暫定大統領として国家の行政権を正式に担うと誓う」と宣誓した。
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大統領の存在が余りにも国のためにならない場合、議会がこうしたことを言える権利があるそうな。いずれにしても、マドゥーラ大統領とグアイド大統領代行の選挙が近いうち(30日間)に行われそうである。この二人の争いこそ中米の世界戦争の代理戦争ではなかろうか。


代理戦争の感が....

マドゥーラ大統領を支持する国;
ロシア、中国、トルコ、ボリビア、メキシコ、キューバなどの7か国。

グアイド大統領代行を支持するの国;
米国、ブラジル、エクアドル、アルゼンチン、コロンビア、チリ―、ペルー、パラグアイ、カナダ、その他、機構として、欧州理事会のドナルド・トゥスク議長はEU加盟国が「民主主義勢力への支持で連帯」することを期待すると表明。北米・中米・南米諸国の協力促進を目的とする米州機構(OAS)も、グアイド氏を大統領として承認。



その結果を予想すると....


現大統領の指示で暗殺など異常な事態が起きない限り、この勝負、グアイド議長が勝つように思う。どうなるだろうか、世界戦争の入り口の代理戦争として私は注目している。



(私見)

南米を見る場合、やはりブラジルの影響が大きい。ブラジルのボルソナロ大統領は、南米のトランプと言われて人気が高い。彼の国際デビューがついこの間のダボス会議であった。ボルソナロ大統領は改革路線を世界に宣言した。彼の政策は世界的に好評だった。ダボス会議での演説後、ブラジルの経済成長率の予想が0.1%あげられ2.5%になった。今後の南米を占う意味で大きい。また、そのブラジルがグアイド議長側についている。米中代理戦争として分けてみれば、ブラジルがアメリカ側に立ったことになる。その影響、少なくないと思われる。


by yosaku60 | 2019-01-26 13:00 | 時事放言 | Comments(0)

世界戦争(その10;エクアドル)

私は中国とアメリカの貿易戦争を「世界戦争」として書いて来た。
米中の貿易戦争ではなく、行きつく先は世界の安全保障戦争になるからだ。
世界的に徐々にそうした傾向(代理戦争)が見えてきている。
今日は日本人が余り注目しない南米での代理戦争を見てみたい。

まずは、一旦、中国の一帯一路に賛同して「中国寄り」だったのが、
中国の悪事がばれて、今は「アメリカ寄り」になっている国...
エクアドルである。


エクアドル....

30年前の私、エクアドルのバナナを日本に運ぶ冷凍船に乗っていたことがある。
一年間だけだったが、エクアドルの国の貧しさを十分に勉強させてもらった。
その時のことを語りながら今日のエクアドルを探ってみたい。

エクアドルのガイヤキル港を出港する時だった。
船を出港させる時は乗組員総出の全員作業になる。
が、乗組員(全員が韓国人)のひとりが出てこない。
「どうしたのか」と聞くと同僚の船員は「起こしても起きない」という。
彼は決してさぼったりしない真面目な男だった。
私は、彼の部屋に行ってみた。
部屋に入ると彼は寝ていた。
「起きろ!出港だ!」というと、目をぱちくりする。
無理に起こすが腰が立たない。
「仕事できなくとも良いから、持ち場に来い」と、
同僚船員に彼を運ばせ、彼の部屋を見回した。
驚くことに、なんにもない。
部屋の中ががらんどうなのだ。
出港作業が終わってから事情聴収して解った。
昨夜、彼はオンナを部屋に入れたらしい。
そのオンナが強烈な眠り薬を彼に飲ませたようなのだ。
彼はぐっすり寝込んだ。
その間に部屋の彼の持ち物を全部盗んでいったのだ。

まあ、こういう話は船に乗っているといろいろある。
いずれにしても、こういう犯罪が起きるのは貧しいからだ。
そういう貧しい国に中国の魔の手が伸びる。
コカコドシンクレア水力ダムの建設だ。
中国はエクアドルに190億ドルを貸し付けダムを建設した。
近くに活火山があるのでダムの建設は無理だと言われたが強行した。
ダムができ始動してから2年、今では使い物にならなくなってきている。
ダムに亀裂が入り、ダム湖に砂が堆積し樹木が溜まっているのだ。
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役に立たないばかりか今後危険が予想されるダムを作られ、
その返済金が払えず、エクアドルは石油の8割を安価で中国に
渡さねばならなくなっている。貧しい国が更に貧しくなって、
たちゆかなくなってきている。

それにもうひとつある。

貧しい国であるエクアドルにとって、ドル箱は「ガラパゴス諸島」だ。
エクアドルはガラパゴス諸島の生態系を守ることに神経をとがらせている。
なのに、中国船がそれを荒らす。
ガラパゴス諸島東端に位置するサンクリストバル島の東約64キロ沖で、
中国船が拿捕された。
その中国船から絶滅危惧種リスト(レッドリスト)に掲載されている、
シュモクザメを含むサメ約7千匹が見つかったのだ。
中国漁船は世界のルールなどお構いなしに獲りつくす。
乗組員に禁固1~4年、罰金6.5億円が言い渡されたが、以後エクアドルは
高速艇などを現場海域に送り、中国船の監視を続けている。

by yosaku60 | 2019-01-26 11:16 | 時事放言 | Comments(0)

子供に甘いバリのポリス

朝方ビーチに行く時のバイパス交差点で毎回見る光景です。
赤信号でも中学生は渡れるのです。
時々ポリスがエスコートまでしてくれます(写真)。
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写真は女子中学生ですが男子中学生でも同じです。
バリのポリスはそんな差別をしません。

by yosaku60 | 2019-01-25 10:10 | バリ島=社会・生活 | Comments(0)

強風で海水が打ち寄せるラクダ公園

今朝は風が強い。
ラクダ公園にも船が着かない。
入園のセキュリティスタッフ(写真)は、
「今日はお客が来ない」ので「公園内清掃の日」だという。
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そんな清掃の様子を見たく、園内に入ってみました。
まずは入り口の植えたばかりのマングローブの木....
流れついた藻に絡まれて木が息苦しそうです。
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藻やゴミはマングローブの森に入った後にここまで上がってくる。
プラステックゴミが多そうだ。
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中に進むと海岸沿いにうちあがった藻の山...
砂浜に穴を掘って藻を埋めています。
きれいにするのではなくきれいに見せるだけの処理です。
なんだか、はかない作業です....

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プラステックゴミも一緒に埋めます。
日本ではこういう清掃はありえないでしょう。
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ラクダ公園の西の奥....
左はスピンガンを獲るおじいちゃん。
右はラクダ小屋の前を清掃するラクダ飼いのスタッフ。
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まずは、スピンガンを獲る歯が二本しかないおじいちゃん。
なんどか会っていて、私を覚えていてくれました。
スピンガン(ミミズのようなもの)獲り....今日は不作とのこと。
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次は、ラクダ飼いのスタッフ。
ここまでは余りゴミがあがってこない。
d0083068_10545591.jpg
最後はラクダちゃん.....だが、体に艶がない。
聞くと、毛が生え代わる時期なので肌が汚いとのこと。
d0083068_10561408.jpg
ということで、今朝は体操を止めて、
朝の運動はラクダ公園を歩くだけにしました。
だんだんと心も体もナマクラになってきています。

by yosaku60 | 2019-01-24 11:00 | バリ島=その日のできごと | Comments(0)

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