あけっぴろげてあらいざらいのあるがまま



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日本の闇・GHQによる洗脳(その2;公職追放、教職追放)

マスコミにプレスコード30項目を徹底させるだけでは、
「GHQ製洗脳器」に入れた日本人を完全に洗脳することができない。
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で、プレスコード検閲に加えて、次の三つが実施された。
1、進駐軍を批判すると思われる人物を追放すること
2、戦前の日本を肯定するような書物を焼却すること
3、戦前の日本人の意識を創った制度を変更すること
ひとつづつ述べる。

1、人物の追放

(公職追放)

人物の追放のひとつは、公職追放であった。
どんなプロセスで追放したか...
まずは政界、経済界、教育界、マスコミ界、知事・行政官
に絞って、人物をチェックした。
総数20万6千人に及ぶチェックだった。
問題なのは、誰がそれををチェックしたかである。
進駐軍ではない。
進駐軍から委託を受けた日本人がチェックしたのだ。
委託を受けた日本人スタッフは、5700人いた。
訴えやすい....と、どうなる。
嫌いな上司を追い落とすタレこみが蔓延した。
当時、職を失うと2度と職が見つからず一家は餓死するしか
なかった。指導者の地位にある人は戦々恐々となった。
ただ、一般国民にはあまり関係がなかった。
なぜなら餓死者が出る程に食べる事に困窮していたからだ。
政治や経済や教育なんてどうでも良かった。
底辺の国民がそういう状態で各界の指導者が辞めさせられ、
或いは宗旨替えさせられた。
ということは、結局は日本国中が親米一色になっていった。
ただ、この時点、国民が完全に洗脳されていたかというと、
そうではなかった。
その後、だんだんと洗脳が進むのであるが、それは冒頭の
図の偏向教育の蓋が被さってからだ。


(教職追放)

人物追放のもうひとつは教職員追放だった。
現在の日本人の思想をコントロール出来ても、子供達或いは、
新しく生まれる子供も洗脳しなければならない。その為には、
過去の日本を肯定する教育者を一掃しなければならない。
当時、教育者は130万人いた。その130万人全員が調べられ、
親米家になりえない人物、約10万人が離職させられた。
この10万人だが、戦前の師範学校出が多かった。更にこの
弾かれた10万人については、その者の血縁者の第3親等迄が
教職につけなかった。
要するに親日として育った系統を全て排除して末代までも
戦前の日本を自虐するように仕向けたのだ。
冒頭の「日本の闇」の洗脳器の器に偏向教育の蓋が被せられ
たのだ。後にこの蓋は開くどころかますます固く閉じられた。
そして日本人の洗脳が完成したのだ。
そう言う意味では、教育界の偏向教育が「日本の闇」を完成
させた最大の元凶だっと思う。このあと、言及したい。


2、書物、教材の焼却処分

人物を追放しただけではない。人物を追放しても後の人が
勉強して反旗を翻してもらっては困る。
で、勉強したら困る本を集め焼却処分(7700点)した。


3、法制度の変更

戦前の日本を思わせるようなものの廃止に向け、法制度の
変更も実施された。 
終身の廃止、教育勅語の禁止、教育基本法の制定、などだ。

by yosaku60 | 2018-09-30 13:28 | 時事放言 | Comments(0)

言葉の壁なんて.......

ビーチで枝に掴まりながら足上げをしていると、
あんたは元気だな~との仕草をしながら、
近寄って来る外人さんがいた。
キャンピングカーで来ている外人さんだ。
全く、言葉が通じない。
ロシア語ではない、多分、フランス語だ。
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オレは74歳だけど、あんたはいくつだ....多分、こう聞く。
私は、地面に「72」と書いた。
そうか元気だなあ.....多分、そういいながら、
連れの写真の男は77歳と教えてくれる。
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それから、5分程立ち話をした。
私は、片言の英語とスペイン語とインドネシア語で、
どうせ通じないのだから、日本語でもよいのに、
なぜか、そんな言葉が出てくる。
彼は、ずーとフランス語(多分)だ。
お互いになんにも(多分)わからない。
と、彼はついて来いという仕草をしながら、
車の後ろに廻った。
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なんだ、はやくこれを見せろ!
ようやく解った。
フランスから中東、ロシア、アジアの行跡が書いてあった。
これからオーストラリアに行って、ニュージーランドに行って、
アフリカ大陸に行って、フランスに帰るんだそうだ.....
ということも解った。
私は、オーストラリアもニュージーランドもアフリカ大陸も、
全部知っている、と自慢したら通じたようで眼を丸くしてくれた。
彼曰く、
この車はこの旅のために作った特別車で....
彼と私の家族、6人が一緒に旅をしていて....
他の4名は、まだ車の中でねている......
ということも解った。
今晩、ここに遊びに来てもいい?
いいよ.....
なんてことも話し合えた。
全く言葉が通じないのに、
なぜ、話し合えたのでしょうね~

言葉の壁を破るのは絵なんですよね。
あらためて痛感しました。

by yosaku60 | 2018-09-29 10:58 | バリ島=その日のできごと | Comments(2)

日本の闇・GHQによる洗脳(その1;プレスコード)

「日本の闇」の模型図の底の鍋ですが、

GHQ製洗脳器と名付けました。

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GHQとは、

敗戦の日本の統治にやってきた連合軍の指令本部のことです。

連合軍のことも指令本部のことも当時の日本国民は、

ひっくるめて、進駐軍と言っていました。

で、ここでも進駐軍と書きます。

進駐軍は、この鍋の中に日本国民を入れました。

そして洗脳したのです。

洗脳というのは、洗脳された当人はそれに気づきません。

自分自身が自ら考えたことにしてしまうのです。

だから困るのです。

その洗脳の仕方ですが、

マスコミを徹底的に規制しました。

新聞と放送です。

30項目の禁止事項を定め、それを検閲したのです。

「プレスコード30項目」と言われる次の検閲です。


(マスコミに対するGHQの検閲指針)


1、進駐軍を批判をするな。

2、東京裁判の批判をするな。

3、進駐軍が憲法を作ったことを批判するな。

4、この検閲指針を批判するな。

5、米国を批判するな。

6、ソ連を批判するな。

7、イギリスを批判するな。

8、朝鮮人を批判するな。

9、中国を批判するな。

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10、他の連合国を批判するな。
11、連合国の一般を批判するな。
12、連合国が満州国の日本人にした行為を批判するな。
13、連合国の戦前の政策を批判するな。
14、第3次世界大戦を考えるな。
15、ソ連と西側諸国の冷戦に口を出すな。
16、太平洋戦争をやむを得なかった擁護するな。
17、日本を「神の国」と宣伝するな。
18、軍国主義を宣伝するな。
19、ナショナリズムを宣伝するな。
20、大東亜共存圏を宣伝するな。
21、その他の宣伝をするな。
22、戦争犯罪人を正当と擁護するな。
23、進駐軍兵士と日本女性の交際を批判するな。
24、闇市の状況を公表するな。
25、進駐軍の軍隊を批判するな。
26、飢餓の状況を誇張して公表するな。
27、暴力と不穏な行為を扇動するな。
28、虚偽の報道をするな。
29、進駐軍や地方行政部に不適切な言及をするな。
30、解禁されていない報道の公表をするな。


どうですか。

これでもか、これでもかと、がんじがらめでしょう。

いくつもダブっているでしょう。

でも、よく読んでください。

現在の日本のマスコミの偏向具合そのものです。

そうです。

この時にマスコミが洗脳されたのです。

それが今もなお尾を引いているということです。

この洗脳はサンフランシスコ講和条約まで続けられました。

ですから7年間です。

7年間と言う短い間に洗脳をなしとげしました。

それには、テクニックがあったのです。

戦時下を思わせる強引な手法でした。

次回は、その無茶苦茶な手法を書きます。


by yosaku60 | 2018-09-29 06:29 | 時事放言 | Comments(0)

桟橋に集まる中国人

レンボンガン島に行くために、
ムルタサリビーチの桟橋に集まる中国人....
相変わらずのフリフリ服姿が目立ちます。
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でも、毎日見ていると、少し客足が落ちているような気がします。
もしかして、リップステック効果(経済縮小の前兆)だったりして....

by yosaku60 | 2018-09-28 21:57 | バリ島=その日のできごと | Comments(0)

戦後レジームから脱却できない理由

先のブログで何故にマスコミが偏向するようになったのか....
の理由を次の5つあげた。

1.GHQによる日本人洗脳
2、日本民族のムラ社会意識
3、学校教育
  (3世代論)
4、マスコミ連鎖
  (マスコミがマスコミを育てる)
5、人間欲
  (自己の昔を肯定する自己欲)

そして、全体図を描いてみたいとも書いていた。
描いてみたら、こんなのになった。
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大げさなようだが、
なんといっても70年間逃げきれないないのだから、
これほどにオドロオドロしててもいいのだろう。

逃げきれない....
そう、戦後レジームから脱却できない理由でもある。

さて、

今年の1月19日から書き出した「時事放言」シリーズ。
最初は「NHKの偏向報道」だった。
NHKに対して怒りを感じて書いた。
何故にNHKまでもが....
何故か、何故か、と解らなかった。
謎解きの対象は、偏向報道の理由.....
戦後レジームから脱却できない理由....
その謎がわからない。
まさに闇の中だった。
複雑すぎる闇だった。
それから9ヶ月....
その間、世界は大きく動いた。
それに対応する日本を考える時....
この闇がいつも邪魔をした。
まさに「日本の闇」だった。
この「日本の闇」を解かなければ....
世界の中の日本を考えられない。
闇の正体が何かを更に考え続けた。
そして、それを「時事放言」に書き続けた。
161回、書いてきた。
そして、ついに解けた。
「日本の闇」が紐解けた。
全体図として絵が描けた。
明日から...
この絵を見ながら、ひとつひとつ謎解きを明かしたい。
まとめる題を「日本の闇」とすることも決めた。

by yosaku60 | 2018-09-28 00:30 | 時事放言 | Comments(0)

今日はもう外に出なくて良い

カミさんがいないと、食事が面倒だ。
朝は良い。運動がてら、浜のワルンで食べる。
夜、車で食べに出るとビールを飲んでしまう。
と、酔っ払い運転になるので余り出たくない。

朝方、コミンから電話があった。
「昼メシ、作ったから食べに来ない」
ありがとう、でも、いいよ。
「夕食の弁当も作ったんだよ」
そうか、行く!行く!

で、昼メシにありついた。
これは全部、コミンの手作り料理だ。
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真ん中の「鶏の胃」の煮たのは噛みごたえがあって美味しい。
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で、頂いた、夕食用の弁当...
好物のナンカがいっぱいある。
他に、マンゴとテンペと豆と小魚の固煮...
もう今晩は外に出なくて良い....ことが嬉しい。
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by yosaku60 | 2018-09-27 15:09 | バリ島=その日のできごと | Comments(0)

ジャッキーさんと朝日を見に行く

昨日の朝、ジャッキーさんと朝日を見に行きました。
場所は、サヌールのムルタサリビーチ。
朝日が昇るのを待つ間、月見をしました。
ジャッキーさん曰く「他の星に来たような光景」....
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そうかな~
そういえば、そんな感じもします。
ジャッキーさんは、感性豊か、私は鈍いだけ。
「ここでレゲーがあるんですよね」
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はあ、レゲーってなんですか?
ジャッキーさんに説明してもらいましたが、
音楽のジャンルだとか、よく理解できません。

出て来ました、朝日が !
でも、雲があって水平線からの日の出ではありません。
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んで、ワルンでの朝食。
ビール飲みたいなぁとジャッキーさん...
で、どうなったかは....秘密。
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by yosaku60 | 2018-09-27 07:54 | バリ島=その日のできごと | Comments(0)

報道しないのも偏向報道

私は今の日本人は正常ではないと思っている。
人間としてではない。
世界の中の日本....
過去(昭和以降)の歴史認識....
について正常に理解できない国民になっている、
と思っている。
その理由は何か。
マスコミだ。
ということはすぐに解る。
問題はそこからだ。
何故にマスコミが偏向するようになったのか。
これが難しい。
ずーと考えてきた。

次の5つに落ち着いた。

1.GHQによる日本人洗脳
2、日本民族のムラ社会意識
3、学校教育
  (3世代論)
4、マスコミ連鎖
  (マスコミがマスコミを育てる)
5、人間欲
  (自己の昔を肯定する自己欲)

これらをどううまく描けるか図示化を考えている。
今の処、頭の中にあるだけ...
描き出さないと本当に描けるかどうか解らない。
描き出すと上記の5つ、少し表現が変わるかもしれない。

ところで、
毎日、私の書き込みがないと寂しい、と嬉しいことを
言ってくださる方が数名いる(うれしいです)。
でも、今はまだ上記を全部書けるほど頭が整理されていません。
今日は気を入れて書くことを休憩致します。
で、さらりとながすマスコミに関しての雑談です。

ということで始める。

最近のマスコミ、腹の立つ偏向報道が二つある。
ひとつは、マスコミが関ナマの逮捕劇を報道しないこと。
もうひとつは、ウイグルの人権弾圧を報道しないこと。
二つとも「報道しない」という偏向報道だ。

マスコミが書かないんだから、私が書く。
まずは、「関ナマ」からだ。

関西生コンについては3月19日、
森友学園問題で既に書いている。
その時に書いた走り書きの、関西生コン系統図も再掲載する。
辻本、福島、翁長、慰安婦...の関係を記載している。
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さて、先日、この関西生コン関係者が16人も逮捕された。
何故に逮捕されたか、かいつまんで話すと、
労働争議と言うのは何をやっても警察に捕まらない。
それをいいことにして労働争議にみせかけて、
企業に脅しをかけて、お金を巻きあげることが、
関西生コンの「正業」だったので、それがばれて摘発された、
ということで、まあ「やくざやかごろつきの世界」の話だ。
いずれにしても、16人も逮捕されたとなると大きな社会事件だ。
だが、これが新聞に載らない。
何故か。
次の写真を見て頂きたい。
関西生コンの新年会の記念写真だ。
辻本と福島の両国会議員が一緒に映っている。
新聞に報道されないのは、二人が関係しているからだ。
そう、これが....日本のマスコミなのです。
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さて、次に報道されない偏向報道は、
中国のウイグル人、人権弾圧問題だ。
アメリカが報道しだしたのに、日本は全く報道しない。
ウイグル人の弾圧だが、虎ノ門ニュースに、
ウイグル人のムハメット氏が出演して弾圧の実態を喋っている。
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その内容をかいつまんで話すと、

1、ウイグルには26か所の強制収容所がある。
2、そこに約300万人のウイグル人(写真)が収容されている。
  1000万人かもという、多すぎてわからない。
3、ウイグル人男性の人口の半分が収容所に入れられている。
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4、例えば、カシュガルと言う町は以前は200万人の町だった。
5、今はがらんとして、数万人しか住んでいない。
6、みんな収容所に送られた。
7、村には基本的には男性が残っていない。
8、女性と子供が残っている。
9、そう言う村に中国人の幹部が派遣される。
10、女性は強姦される。
11、赤ちゃんを集めて中国本土に貰い子させる。
12、そこに収容されていた男性が家に戻る。
13、男性が怒りだすと反逆罪を理由に殺す。
14、小学生は捕まえて他の施設に入れ中国化教育をする。
15、ウイグルには3000万人いる。
16、2016年5月に「ウイグル語禁止令」がだされた。
17、ウイグル語を喋ると犯罪者になり捕まる。
18、中国では共産党に反対する人は邪教となる。
19、ウイグル人はイスラム教なのでウイグル人全員が犯罪者扱いになる。
20、だからウイグル人全員を収容所に入れようとしている。
21、収容所は一室に20~30人入れられる。
22、狭すぎて横になるスペースがない。
23、ある者は立ち、ある者は横たわり交代で寝る。
24、一旦横になると動いてはならない。
25、動くと拷問にかけられる。
26、拷問は手の両親指をくくられ天井からぶら下げられる。
27、足は地につかないが、不思議に指がちぎれない。
28、拷問中に死んでしまう人も多い。
29、死んだ人は火葬(写真)にされる。
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30、イスラムは火葬にされることを嫌う。
31、死んだ後の宗教的権利も許されない。
32、中国は20年かけてウイグル人をいなくする計画をたてた。
33、そして20年経った。
34、ウイグルはそれに反抗して人口を減らさない様に戦ってきた。
35、中国は習近平になってウイグル人の虐殺を加速しはじめた。
36、虐殺した人からは臓器をとって中国はそれを売る。
37、写真はカシュガルの空港の臓器運搬専用通路だ。
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38、早く送った方が価値が高いから専用通路がある。
39、腎臓一個が35万元で売れる。
40、ひとり殺してと全ての臓器を売ると300万元になる。
41、その売買システムができている。
42、大連には500ベッドの病院がある。
43、中東のお金持ちでその病院は満員になっている。
44、臓器はそこに運ばれる(年間19万件)。
45、アメリカは、これらのことの摘発を始めた。
46、だが、日本は何の摘発もない。
47、一帯一路の起点はウイグル自治区だ。
48、一帯一路を理由にウイグル人の虐殺が加速されている。
49、ウイグルを虐殺する一帯一路に日本が参加して欲しくない。

さて、こんな非道がなぜに日本のマスコミが報道しないのか。
アメリカが報道を始めている。
なのに、何故に日本のマスコミは、これらを報道しないのか。
実は「もりかけ」がやんやと騒がれた原因と根っこは同じである。

冒頭に私が、「日本人は正常でない」....
と書いた理由がここにある。

by yosaku60 | 2018-09-26 06:25 | 時事放言 | Comments(0)

人の欲、そして国(その4;ブータンの場合)

ウルグアイに続いてブータンの話です。
ブータンは九州とほぼ同じ大きさの国です。
7千メートル級の山が4山ある一方で標高200mの低地もある、
起伏に富んだ自然豊かな国です。
ブータンは「世界一幸福度が高い国」として有名です。
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じゃなくて、有名でした....
と過去形で書かざるを得ないことを説明するのが、
今日のブログの目的です。
まあ、それは後で書くことにして....

ブータンには私の尊敬する日本人がいます。
もうお亡くなりになりましたが、その人のことを先に書かせて下さい。
ブータンの農業開発に尽くし、ブータンでは「ブータン農業の父」と
呼ばれ、国王からは「ダショー」の称号を贈られた西岡京治です。
ダシューとはブータンの爵位で「最高に優れた人」という意味です。
1992年にお亡くなりになった時は「国葬」にされました。
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西岡京治は、1964年、海外技術協力事業団の農業指導者としてブータンに派遣されました。その頃のブータンは国民の大半が農業に従事していたにも拘わらず、食料自給率は60%程度しかありませんでした。当時のブータンはほぼ鎖国状態でインドとだけ若干交友がありました。で、西岡の上司は全てインド人でした。インド人が一番農業を知っているといばる連中が上司なのでに西岡は冷たい仕打ちを受けました。どういう作物がブータンの土地に合うのか、西岡はそれを調べるための農業試験場を政府に求めましたが、なかなか許可されず、何度も折衝してわずか60坪だけの土地を貸してもらいました。政府は3人の実習員をつけてくれましたが、彼らは12から13歳の少年でした。いずれブータンの農業を担う3人でしたが、そのころは誰もそんなことを知りません。西岡がまず取り組んだのは大根の栽培でした。種は日本から持ちこんでいました。畑の耕し方、土のかけ方、ひとつひとつを少年たちに理解できる様に実演して見せました。やがて7月になるとそれまでブータン人が見たこともないような大きな大根が育ちました。「信じられないような大きな大根ができた」、噂は瞬く間に村から村に走り抜けました。人々は西岡の大根の種を求めてやってきました。一年目の成果は上々でした。二年目になると政府から前年の3倍の土地が提供されました。農場にはひっきりなしに議員や知事が訪れるようになりました。2年の任期が来た時に国王から任期延長を懇願され同時に広大な試験場用地が提供されました。その土地の広さはなんと24200坪ありました。西岡は語っています「ブータンに来て、この時ほど嬉しかったことはありません」。この時造られた農場が「パロ・ボンデ農場」です。ブータン近代農業の聖地となる場所でした。それまで野菜が主でしたが西岡は稲作にも着手しました。農民と喧嘩しながら教え込んだ並木植で収穫量が40%も増えました。
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そうした努力が若い国王に聞こえ、国王から「忘れられた地」と呼ばれるシェムガン県の開発を頼まれました。ブータンの中でも地理的に恵まれず極貧地域でした。人々は焼き畑農業に頼っていました。国王は西岡の眼をまっすぐ見て「西岡の農業技術で救ってくれないか」と頼みました。西岡は、まだ十代の若き国王の民を思う気持ちに胸をうたれ奮い立ちました。しかしシェムンガン地域は山岳地帯です。
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容易ではないこと西岡は解ります。西岡は妻子を日本に帰し自分だけで困難に立ち向かうことを決めました。1976年国王自らの立案による「シェムンガン県開発プロジェクト」が始動しました。責任者は日本から来た「神の鍬を持つ男」、西岡京治で全権を任されました。シェムンガンに着いた西岡は焼き畑農業を止め稲作を始めるように説得しますが、村人は誰も言うことを聞きません。失敗するのが怖いのです。その年に失敗すれば家族は飢え死にします。それに人々が通えぬ谷あいの土地、水もなくどうやって稲作するのか、住民は全権を持っている西岡ですが、言うことを聞きませんでした。そんな住民との話し合いはのべ800回にも及びました。住民に理解されない農業は育たない、人々の身の丈にあった農業でないと育たない、との西岡の信念があったからです。そして、ついに住民は西岡の熱意に心を動かし始めました。斜面には棚田が次々と作られました。水田に水を供給する水路も住民の手で作りました。住民は「私達にはニシオカがついている」と心強く思い、さらに自らが開墾し水路を開いたので住民は自らが自信を持ち始め、どんどんと開発が加速されました。次々と谷に橋がかかりました。資金のかかるコンクリート橋ではありません。自分たちが作り自分たちが修理できる「つり橋」です。シェムンガンはもう「忘れられた地」ではありません。それどころかブータンでも有数の穀倉地帯へと生まれ変わったのです。5万人を超える焼き畑農民が水田耕作で安定した生計を立てられるようになりました。架けられた橋は総数17本、引かれた水路は360本、作られた道路は全長300キロメートルに達しました。しかもこれらは驚くほどの低予算でできたのです。
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ついにシェムンガン県は甦ったのです。5年の計画が終わり西岡が土地を離れる時がやってきました。人々は西岡との別れを惜しみ口々にお礼を言いました。ありがとう、ありがとう、様々な感情が人々の胸にこみ上げ、ついには集まった全員が涙をこらえきれなく泣き崩れました。 西岡はこのあともブータン農業の発展に尽くしました。稲の新品種の導入による生産量の増大、換金作物であるリンゴ、アスパラガスなどの栽培指導、全国へ種や苗木の供給、農機具の製作から土木機械の貸し出し、さらには修理工の訓練まで引き受けました。ブータンの気候に適した野菜を作る為の品種改良にも力を注ぎました。こうした西岡の指導は28年続きました。その間、農業以外にも産業が育ち農業人口が減りましたが、昔60%だった食料自給率が86%にまで改善しました。もうこの国は大丈夫だ。還暦を前にした西岡は日本への帰国を考えるようになりました。そんな時、西岡は倒れました。突然でした。 帰らぬ人となりました。葬儀は国葬で行われ5000人が参列しました。葬儀に参列できなかったシェムンガンの村人から電報が届きました。「ダシューニシオカ、私たちはあなたを一生忘れません。あなたの献身的な働きがあったからこそ、今の私たちがあるのです」

さて、
前置きが長くなりましたが、
西岡京治のこと、どうしても書きたかったのでお許しください。
世界一幸福度の高い国、ブータンに話を戻したいとおもうのですが、

その前に、国連の発表する「幸福度」のランク付けの馬鹿らしさを
指摘しておきます。
ランク付けは次の項目をポイント化して決められます。
1、人口当たりのGDP
2、社会的支援
3、健康な平均寿命
4、人生の選択をする自由
5、性の平等性
6、社会の腐敗度
以上です。
解らないでもありませんが、こういうものを数量化して、
幸福度を決めるなんてつまらないですね。
何がつまらないか。
比較されるものでないのに比較していることがつまらないのです。

ですから、ここからは数字で示すことはしません。
ブータンが何故に世界一幸福度が高いと言われたのか....ですが、
それが騒がれた頃のブータンをテレビで見たことを覚えております。
テレビで放映されていました。
誰に聞いても「この国に生まれて幸せ」と言うのです。
やらせとは思えません。
ブータンは仏教国です。
足るを知る国民の国です。
人々は、寝る処があって、食べれて、着るものがあれば、
それで幸福なのです。

幸=財/欲....という公式があります。
二つの財があっても欲が四つあると幸は二分の一になります。
二つの財があって欲を二つにしぼると幸は満杯になります。
一つの財しかなくとも欲をひとつに絞れば幸は同じく満杯になります。

これは先に書いたウルグアイのムヒカ大統領の話と同じです。
ブータンの国民はムヒカ大統領の話を実践していたと思います。
一人当たり一日2ドル以下の世界最貧国のひとつなのに、
国民のほんとんどが「幸せ」を感じていたのです。

ですが、それが変わり出したのです。
残念ですが、近年になって急に変わり出したのです。
私はブータンに行ってみたくなり調べたので知りました。
まだ、少々鎖国制度を保持しております。
一日、200ドルを前払いしないと入国できません。
それなのに変わり出したのです。
原因はスマホの普及です。
隣国の中国から安いスマホが手に入るので多くの人が持っているそうです。
インターネットから知らなかった情報がどんどん入るようになりました。
と、幸=財/欲 の欲が増えるのです。
欲が増える分、幸が小さくなり、不満が芽生えるのです。
私はまだ行ったことがない国なので詳しくは批評できません。
いずれにしても古き良きブータンの光景が薄れつつあるのだそうです。
国って、国民って、難しいものですね。

ついでに書きますが、ブータンの国の形、昔と今は違います。
中国に接する北西部が国境紛争で中国にとられたのです。
GDPの2%を国防費に充てていますが、
GDPそのものが小さいので軍隊も貧弱です。
中国に攻められると取られるがままだったのです。
中国って侵略国家なのです。
南のインドとの国境はそのままです。
ですから、ブータン人は中国に余り良い気持ちは抱いておりません。
インドとはお互いにビザなし交流をしております。

さて、今日の結論は、
国際交流しないで自国だけでやっていける国はない....
ということを言いたかったのですが、
前半に力を入れ過ぎ、結論にたどり着くのに疲れてしまいました。

次回は、日本の現状の核心に触れることを書いてみたく....
今日のところはこれでお許しくだい。

by yosaku60 | 2018-09-25 13:50 | 時事放言 | Comments(0)

ゴミの山が自然発火中...という。

今朝のこと、ムルタサリビーチに行くと、
対岸のスランガン島の西方から黒い煙が出ている。
先般のブノア港の停泊漁船炎上の場所より右寄りである。
どうもブノア港ではなさそうだ。
d0083068_09240055.jpg
桟橋の警備員が煙の正体を知っていた。
スランガン島とブノア港の間の埋め立て中...
のゴミの山が太陽の熱で自然発火したという。
ゴミの奥深くのガスが燃えているので消火が難しいという。

本当かな?
見に行こうかな。

バリ人は時々、適当に喋る。
別に嘘を言うわけではない。
悪気なんてない。
自分の想像したことがいつも真実なだけだ。
各自が自分の眼で確かめないと本当の処は解らない。
他人から聞いたことをそのまま話すと自分が嘘を言ったことになる。

困ったな~
変な話を聞いてしまった。
見にいこうかな~

by yosaku60 | 2018-09-25 09:35 | バリ島=その日のできごと | Comments(0)

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