あけっぴろげてあらいざらいのあるがまま



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もろもろの支払いを終えました

明日、日本に戻ります。
11月2日にバリに来て、15日に日本に戻る。
2週間のバリ島滞在でした。

その間、何をしたか。

バイク事故で鎖骨が折れたのですが、
鎖骨は痛くなく、強打した胸の痛みとの戦いでした。
が、もう大丈夫。
話さなければ、ばれない程に体を動かせます。
体の回復、日本に帰るまでに滑り込みセーフです(笑)。

思い返してみると、日本滞在の途中から「帯状疱疹」にかかり、
普通は一カ月かかるところを2週間で完治し、
バリに来てからの、バイク事故の「強烈な打撲」、
普通は一カ月かかるところを2週間で完治する。

ありがたいことに、
親からもらった身体、結構に丈夫なようです。

ああ、そうそう、
バリに来ての2週間、何をしてたかの話でした。
お金の支払いに追われました。
3ヶ月以上、バリに戻れないとすると、
その間の支払いを前もって、しておかねばならないのです。

バリ島での毎月の支払い....
銀行で自動落としされるのは、
次の二つだけです。

1、家の電気代
2、家の水道代、

これ以外の次は、都度払わねばなりません。

3、ビラの管理費
4、お手伝いさんの給料
5、庭師の給料
6、携帯電話代

が、これらは、
前もってデポジット(前払い)できるので、
3ヶ月分、当人や会社に支払っておけば、処理できます。

困るのが、

7、インターネット接続代

です。
これは何故か先払い制度がありません。
勿論、銀行口座から落ちません。
しようがないので、個人的に誰かに支払いを頼むのです。

それに、毎月ではありませんが、
年に一度、支払いするものがあります。

8、保険料
9、自動車、バイクの税金

です。
私の「バイクの税金」は、12月払いです。
12月には、バリに居ないので、昨日支払いを済ませてきました。

払うときは「サムサ(税務署)」に行きます。
サムサは朝の8時から開いています。
私は8時30分にサムサに行きました。
以下は、その手続き次第です。

(1)まずは、必要書類のコピー束を作る。


パスポート、
キタップ、
バイク所有証明書、
前年の税金支払い証書、

これらをここ(写真)でコピーしてもらい、
一束の申請書類ブクにしてもらう(費用=30円)
d0083068_08211027.jpg
(2)入り口受付で仮受付番号をもらう。

昨日の私の番号は、77番でした。
30分で77人集まったということです。
d0083068_08232544.jpg
(3)コンピュータ登録窓口の受付に書類を届ける。
d0083068_08244363.jpg
(4)呼び出しのあるまで、ここで待つ。
d0083068_08253360.jpg
手前の白い服を着た男がいるでしょう。
私が横に座って暫くすると、話しかけてきました。
「なかなか呼ばれないね~」
あんた、何番?
「私は、51番です」
ええ、さっき、64番を呼んでたよ。
あんた、聞き洩らしたのではない?
「ええ!そうですか」

そうなんです。
番号で呼んだり、名前で呼んだり、いろいろなので、
気をつけていないと、聞き洩らすのです。
3年ほど前までは、このセクションはありませんでした。
車やバイク、1台めと2台めの税金が違うようになってから、
コンピューター登録が強化され、このセクションが追加されたのです。

(5)正式な支払い受付番号をもらう。


コンピュータ登録を確認したことの証明を持ち、
このセクションにくると、正式な受付番号をもらえる。
私の今回は、115番でした。
d0083068_08330413.jpg
(6)税金を払う。

d0083068_08342199.jpg
「115番」とマイクで呼ばれたら、窓口にきて支払う。
今回の私の税金、2000円でした。

(7)税金支払い証明書を受けとる。

d0083068_08361001.jpg
「115番」と呼ばれたら、窓口に来て、証明書をもらう。

     この税金支払い証明書は大事です。
     常時、携行しなければなりません。
     走行中、ポリスに止められると、運転免許証とこれをチェックされます。
     持っていないと、罰金です。
......

これにて、終了。
約一時間で終わります。
10年前は、3時間かかった。
写真を見ると、大変なように見えますが、
これでも、随分とシステマティックになったのです。

さあて、
前払いも含めて、支払いを全て終えました。
心おきなく、明日、日本に行けます。

by yosaku60 | 2017-11-14 08:39 | バリ島=社会・生活 | Comments(0)

コマンとコミンのこと

庭師のワヤンのことを書いた。
浜のおばあちゃんのことを書いた。
残るは、コマンとコミンのことである。

何故なら、
私は、明後日(15日)、日本に帰る。
多分、3カ月以上、そのまま日本に居続けることになろう。

バリ島に来て、もう10年過ぎた。
その間、そんなに長くバリ島を離れることがなかった。

バリ島の友人達にしばしの別れを惜しみたいのだ。
特に、心が通っている友人....
それが、
庭師のワヤンであり、
浜のおばあちゃんであり、
コマンとコミン夫婦なのだ。
d0083068_08233843.jpg
コマンとコミン....
二人は喧嘩した事がない。
コミンに聞く。
コマンが浮気したらどうする....
「私は泣くだけ」
コマンに聞く。
コミンが怒ったらどうする....
「コミンは怒ったことがない」
いや万が一、怒った場合だ....
「多分、その場から逃げるだけだ」

普段、呼ぶときは、互いに「ヤン」と呼ぶ。
サヤンのシンカット(サヤン=愛しい)だ。

二人と親しくなったのは、最近だ。
親密に付き合いだしてから、3年ほどにしからならない。
特に親しくなったのは、

考えてみると、コミンとの会話のような気がする。
私のインドネシア語だが、
200ほどの単語しか知らない。
幼稚である。
その200の単語を駆使してコミンに話す。
コミンは頭が良い。
私の知っている単語を使って質問し、返答してくる。
で、私とコミンの間は、どんな話でも通ずる。
そのうち、コマンもそれに追随してきた。

てなわけだ。

おじいちゃんになって、体が動かなくなったら、
私が面倒見るから、一緒に住もうよ。
と、話す、コミン....
それを聞き、傍でうなずく、コマン.....
ありがたい。

コマン、コミン、
また、バリに戻ってきます。
しばしのお別れです。

by yosaku60 | 2017-11-13 08:48 | バリ島=人物往来 | Comments(0)

おばあちゃんのこと

昨夜のどしゃぶりはすごかった。
まさに雨季の始まりを告げるものだった。
で、海岸に出てみると....
例年のごとく、大木が倒れていた。
茂った葉に溜まる雨が重すぎて根っこから倒れたのだ。
d0083068_13111017.jpg
さて、
昨日は、庭師のワヤンを書いた。

一方、
バイクから転げ落ち、痛みに耐えかね、休ませてもらった.....
浜のおばあちゃんのことだが、写真がなく代わりに「鶏」を載せた。
で、今朝は、日本へ帰ることの挨拶かたがた、
写真を撮るために、おばあちゃんに会って来た。
俺より5つも若い。
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バパ、治ったか....
おばあちゃんは、私のことを「バパ」という。
私は、おばあちゃんのことを「ママ」と呼ぶ。

「いや、まだ痛い」
どこが痛いのか.....
「ハティだ」

と、おばあちゃんが笑う。

ハティとは、胸の辺の内臓(腎臓)のことをいうが、
一方では「心」という意味にもなる。
愛することでハートが傷むことも「ハティが痛い」という。

相手の女は誰だ.....
「ママだ」

と、おばあちゃんは俺を睨む。

ごめん~
おばあちゃん、怒らせて。

が、本当に怒ったのではなかった。
それが証拠に、今朝の朝食の一皿....
鳥のから揚げがいつもなら二ピースなのに三ピースあった。

おばあちゃんに、
「ありがとう」と言う代わりにウインクしておいた。

by yosaku60 | 2017-11-12 13:28 | バリ島=人物往来 | Comments(0)

庭師ワヤンのこと(その2)

庭師ワヤン.....
本職は庭師ではない。
私が勝手に私の家の庭の手入れをお願いしているだけだ。

ワヤンは、工業専門高校を卒業している。
中学時代、成績優秀で大学進学を勧められたが、
家にお金がなく、すぐに稼げる「専門高校」に進学した。

専門高校を卒業しても、
その技術に見合った職がみつからなかった。

.....とかなんとか、
ワヤンのこれまでの人生を書こうと思ったが、
明日まで書いても書き切れない程に複雑である。

ワヤンの経歴は飛ばして、
一足飛びに私が何故にワヤンを尊敬するのかを書きたい。

いろいろ理由があるが、
一つだけ挙げるとすれば、「無類なき優しさ」である。
私は生涯、ワヤンほど「優しい男」にあったことはない。

優しい男は、優しさだけで、仕事ができない人が多い。
ワヤンは違う。
仕事に創意工夫があり、てきぱきと正確である。
100%任せておれる。
いくら優しくとも仕事に厳しくない男は、オレは嫌いだ。
その点、ワヤンは仕事も、よくできる。

さて、
ワヤンの優しさぶりを駆け足で語りたい。

7年前、ワヤンは失恋した。
恋人がお金を持つ男に鞍替えしたのだ。
ワヤンは、黙って耐えた。
2年して新しい恋人(現在の奥さん)ができた。
二つ年上であった。
子供ができた。
結婚した。
奥さんは、お菓子職人であった。
新しく生まれる子のため、ワヤンは「バタコ造り」の作業場に勤めた。
(バタコ=コンクリートブロック)
肉体を駆使する重労働(力仕事)である。
腰を痛めた。
が、お金のために仕事を止めなかった。
奥さんが赤ん坊を流産した。
ワヤンはカミさんに菓子造りの仕事を止めさせなかったことを悔やんだ。
「腹に子供のいる女性の大変さ」が分からなかったと、私に自分の無知を告白した。
しばらくして、再度奥さんが妊娠した。
ワヤンは、今度は一切、奥さんを働かせなかった。
仕事を続け、カミさんの食事、カミさんの両親の食事、みなワヤンが作った。
ワヤンの実家はクルンクンだった。
クルンクンの実家では、長男だったので、バリの風習では、実家で過ごさねばならなかった。
奥さんは、それを嫌った。
奥さんはギャニアールにある、自分の実家に住み続けることを望んだ。
ワヤンは、奥さんの思うとおりにしてあげた。
ギャニアールの奥さんの実家で奥さんの家族全員の面倒をみた。
バタコ造りの仕事で体を痛めたので、「床屋」を開くことにした。
手が器用なので、床屋の評判がよく、店は繁盛した。
が、悪阻(つわり)がひどく、奥さんから「呼び出し(助けを求める)」の電話がかかる。
だんだんとその頻度が増え、床屋で働けるのが、一日に3時間だけになった。
子供が生まれた。
女の子であった。
奥さんのおっぱいが十分に出なかった。
夜中にむずかる赤子にミルクを飲ませるのがワヤンの役だった。
食事造りも相変わらず、ワヤンの仕事だった。
その頃のワヤンの悩みは、実家(クルンクン)の両親の面倒を見れないことだった。
長男である自分が、自分の実家に帰れないことを悩んだ。
でも、奥さんが自分の方の実家に住みたいのであるから、どうしようもできなかった。

が....

奥さんには、弟がいた。
その弟が結婚して、お嫁さんを連れてきた。
ワヤンの奥さんと弟のお嫁さんは、同居すると、しっくりいかなかった。
バリ島では、跡取り息子(男)が圧倒的に強い。
ワヤンの奥さんは、争いに負け、ワヤンの実家に逃避することになった。

んで、んで、
現在、ワヤン親子は、クルンクンのワヤンの実家で住んでいるのだ。
私はワヤンに言った。
「ワヤン、良かったね」
私は見た....ワヤンの口元がほんの少し緩んだ。

現在、ワヤンの娘は2歳。
娘はワヤンに甘えてばっかりだ。
加えて、奥さんもワヤンに甘える。
実家の両親は、やっと家に帰ってきた長男になんでも頼る。

それらをみんな引き受けて、愚痴一つこぼさないワヤン。
私は、ワヤンに「ほんものの男の優しさ」を感ずる。
人間一番大事なのは、自分に厳しく他人に優しいことだ。
それを何年も実践しているワヤン....
私には絶対できないことだ。
自分にできないことを淡々とするワヤン...
だから、私はワヤンを尊敬する。


手前、奥さん、奥がワヤン
クルンクンの実家で....
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現在のワヤンの悩み....
クルンクンの実家からギャニアールの床屋まで、少々遠い。
みんなの世話をして時間が足りなく、床屋で営業できるのは、一日2時間だけ。
2時間で8人の散髪をこなし、800円になるという。
店の家賃も払わなくてはならず、いつもお金が足らず、生活が大変だ。

オレが過去に経験したより、
数倍働いているのに、数十倍貧しい。
なのに他人にやさしくする良心を残している。

by yosaku60 | 2017-11-11 13:42 | バリ島=人物往来 | Comments(2)

庭師ワヤンのこと(その1)

私の尊敬するバリ人、
庭師ワヤンについて書きたい。
その前提として、私の人生論を語らせていただきたい。

過去の私.....
仕事も収入も不安定で、
「その日暮らし」とまでは行かないものの、
「その月暮らし」で、生活していたことがある。

   37歳から47歳のたったの10年間だが、
   この時期の経験が今では私の宝である。
  
生活に貧窮した、その10年間、
途中、ある時点で過去を吹っ切れたが、
その吹っ切れるまでの最初の3年間....
廻りの人々の全てが豊かそうに見えた。
廻りの全ての人が眩く見えた時期があった。

自分は、なんて情けないのだろう。
オレの人生、こんなはずじゃなかった。

そう自分で悩みながら、
そう他人を羨みながら、
自問自答した。


何故に他人が眩く見えるのか。
「比較」からじゃないか。
すぐに比較したがるのは、
自分の心が貧しいからではないだろうか。

オレの悩み....
一家が暮らせるお金を稼げないところにある。
お金がないと、心までが貧しくなる。
よく言われる。
それは当たり前だ。
それは当たり前だが、
本当に当たり前であって、良いのだろうか。
障害があって体が動かず、苦労している人がいる。
そういう人は、体さえ動けば、お金がなくとも良い....
そう思うだろう。
もっと、極端に言えば、生きておれさえすれば、
「それだけでいい」と思う人もいるだろう。

人間、「欲」を削れば、
どんどん生き方が変わる。

「欲」を他との「比較」で考えるならば、
「比較」の対象を削れば、どんどん生き方が変わる。

「比較」.....

世界には、オレよりもお金のない人がいっぱいいる。
勿論、「その日暮らし」である。
が、それらの多くが明るく生きている。
前向きに生活している。

日本の中だけで、
他との「比較」して、貧しさに喘いでいる自分....
ちょっと、情けないのではなかろうか。

などと、思索して行くうちに、
私は、次(私の人生論)を得るに至った。

......

人間の心を壊すのは「欲」である。
その「欲」の代表的なものは「お金」である。
「お金」が人間の心を壊すということだ。
逆から言えば、
お金のないところほど人間の心がある、ということになる。

お金経済が発達した日本では、人間の心が希薄になる。
金の切れ目が縁の切れ目という言葉もある。
が、お金がなくとも縁の切れない処もある。
勿論、それは日本ではない。
金銭的に貧しい処ほど、本物の心がある。
20年間、世界中を見てきた。
事実、世界にはそんな処がいっぱいあった。
そういう処に住んでみたい。
カミさんにも、そういう生活を体験させてあげたい。

これが、海外在住を実践した私の想いの源泉だ。

さて、

人間の欲、について、もう一つ思索したことがある。
我が子に対する「欲」である。
人間誰もが、他人の子より自分の子が幸せになって欲しいと思う。
動物には、自分の子孫を残したいという本能がある。
他人の子より自分の子を大事に思うのも本能だろう。

本能には逆らえない。
と、当たり前に思ってみても、
私は、それをそのとおりに受け取りたくなかった。
待てよ。
人間には、本能を抑える「脳の力」がある。
本能だけで生きるのが本当の人間だろうか。
思索することでなんとかならないだろうか。

そんな時、
あるテレビ番組に出会った。
ブラジルのアマゾン川流域に、
「他人の子が死んでも自分の子が死んでも同じ涙を流せる部族がいる」
という番組であった。

その部族では、
生まれた赤子は、部族のみんなで育てていた。

そうか、
であるならば、
同じ涙を流して当然だ。

と一瞬思った。
でも考えてみると、
ということは、人間には、
動物の「子孫繁栄生存欲」とは別のものがあるということだ。
やはり、人間には脳(人間脳)があるからだ。
脳は学習しながら変わってゆく。
生きてゆく社会環境の過程で変わってゆく。
それが故、本能を超える行動をとることができる。

産みの親より育ての親、という言葉もある。

極論すれば、
自分の子供にも世界の子供にも同じ気持ちを抱くことも....

そんなことをできるのは「聖人」だ。
できる訳がない。
そうできないことは解っている、
が、そう目指してみるのも悪くない。
我が人生の目的として(笑).....
人生の終盤は、それを目指すのも悪くはない。

私に言わせば、
「世界中に愛をばらまく」のだ。
そういうと、
カミさんは、「女にばっかりばらまいて!」
と、怒るが、
言い訳させてもらう。
それはたまたま、そうなっただけだ。
話は、変な方向に逸れた(笑)。
話を戻す。


私の海外移住の動機....
聞かれるたびに、
「少し貧しい処」
「できればブラジル」と応えてきた。
聞いた方も多いと思う。
こういう理由だったのです(笑)。

んで、
結局はバリ島に来たわけですが、
「貧しいところに本物の心がある」として、
それを求めるためにバリ島に来たのは本当です。

ですから、バリ島の私の話(ブログ)は、
ほとんどが、
バリ人との心の触れ合いを書くことが多いのです。

解っていただけましたか。

すみません。
ながながと「庭師ワヤン」を書くための前提を書きました。

ああ、しんど(笑)。
疲れたので(実はもったいぶって)
今日はこれで終わりにします。

明日は「庭師ワヤン」の本論です。
by yosaku60 | 2017-11-10 12:56 | バリ島=人物往来 | Comments(2)

バリ人から情を与えられています

体が調子が悪いと気が弱くなります。
そういう時、情を与えられると、ホロリとします。

バイクから転げ落ちた土曜日。
痛くって、痛くって!!
事故現場近くの「おばあちゃんの店」に転がり込んで....
ベッドで寝させてもらった。
おばあちゃん(10年の付き合いだが、名前を知らない)、
お嫁さんのアナ、
孫のアディ
みんな枕元に来て、優しくしてくれる。
ベッドの外壁の向こうから、鶏までが泣いてくれる(笑)
写真は、その鶏....
右の窓の内側に、半日、休ませてもらったがベッドがある。
おばあちゃん、ありがとうね。

d0083068_08500035.jpg
お手伝いさんのカデ....
無口で感情を顔に表さない娘さんだが、
大きな目を開いて、オレを心配してくれる。
毎朝、患部の絆創膏を交換してくれる。
ありがたい。

庭師のワヤン....
昨日に事情話したところ、
今日、ギャニアールから飛んで来てくれると言う。
彼も長い付き合いだが、かって怒ったのを見たことがない。
心優しいバリ人だ。

もっとも世話になっているのが、コマン、コミン夫婦。
それに息子のグデ。
一度、全員で来てくれたあと、コマンの指示で、
コミンが毎晩、手料理を作りに来てくれる。
食料も買い出ししてくるが、お金を頑として受け取らない。
そのコミン。
二日前に来た時は、様子がおかしかった。
頭が痛いという。
もしかしたら、妊娠したかもと言う。
(後日の検査で本当に妊娠してた)
一人息子のグデは、すでに小学二年生。
コミンが次を欲しくてしかたがなかったが、
生活が貧しく食わしていけないということで、
夫のコマンが次の子供を欲しがらなかった。
が、最近のコマンの店....
お客が増えて、収入があがるようになった。
で、次の子供解禁とした....
矢先の妊娠である。
コミン、コマン、おめでとう。
お腹の子が大事だから、オレのところに来なくて良い。
というものの、
コミン、今日も来て、家庭料理を作ってくれるという。
コミン! 本当にありがたい。

浜のカデ....
遅ればせながら、日本のお土産をもって会ってきた。
d0083068_09083546.jpg
その日の朝食とコーヒー代を受け取らない。
ちょっとした心遣いだが、こんなのも嬉しい。


みんな、ありがとう。
オレは果報者だ。
胸の痛みがどんなに和らぐことか!

by yosaku60 | 2017-11-09 09:11 | バリ島=その日のできごと | Comments(2)

自費出版「尊崇」の販売

自費出版「尊崇」は、300冊作りました。
その内、200冊は売れ、残り100冊になりました。
その100冊ですが、バリ島に30冊、日本に70冊の在庫があります。

読んでいただいてなんぼのモノ...ですから、
早く処分したく思っています。

で、販売を次のように致します。

(バリ島での販売)


30冊全てをレストラン「ムティアラ」に販売委託します。
一冊=150000ルピアです。
お買いくださる方は、セセタン通りの「ムティアラ」でお求めください。

(日本での販売)

来年の2月上旬まで、私は、石川県の自宅に居ります。
日本でお求めの方は、私のメールアドレス 
yoji-yoko@po3.nsknet.or.jp
に、送り先と冊数を連絡下さい。
郵送致します。
ただ、郵便局の「代引き」で送りますので、
本代1500円+送り代650円+郵便局手数料350円....
の計約2500円となることご承知おき下さい。

青木茜様に申し上げます。

青木さま、
ということで、日本での送り先を教えてください。
日本に戻ってから、郵送いたします。

.....

写真は、一昨日、バリ島の我が家に来られ、
6冊(それも一万円で)お買い頂いた、小山政史先生(ドクター)。
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by yosaku60 | 2017-11-08 12:53 | 帰らなかった日本兵 | Comments(7)

バリ島に戻ってはみたものの.......

5日前(11月2日)に、
40日の日本滞在を終え、バリ島に戻ってきた。
が、あと数日して、また、日本に行くことになった。

なんともあわただしいブーメランだ。
その理由だが.....

日本滞在中、我々夫婦は、一年分の健康診断を受ける。
私は高血圧以外は全てパスだったが、カミさんが引っ掛かった。
両目白内障、右目が黄斑変性というのだ。
白内障の手術は簡単だが黄斑変性の治療は難しい。
専門的な診察が必要と言うことで、「金沢大学病院」で診てもらった。

と、
手術が必要で、手術後も一カ月経過を診ることが必要だ、という。
手術日も10月25日と決められた。

となると、カミさんと一緒にバリ島に戻れない。
が、一カ月なら、予定通り私が先に帰ってバリで待っておればよい。

てんで、準備をしていると、
大学病院から、電話が入り、「院内感染」があって、
手術日が11月2日になるという。
そのための入院が前日の11月1日とのこと。

11月1日は、私がバリ島に戻る日である。
手術には立ち会えないが、入院には立ち会える。
あわただしいが、まあ、しようがない。

んで、11月1日、私はカミさんの入院に立ち会った。
入院に際して、先生からの説明は家族も聞くことになっている。

で、先生の説明....

1、術後しばらくは眼圧の関係で飛行機には乗れません。
2、術後3ヶ月は経過を診ることが必要です。
3、その間、通院してもらいます。
4、手術成功か否かの最終的な決断は、1月15日の診察で決めます。

おい、おい、先生!
オレは、今日、バリ島に行くんだよ。
荷物は、それもいっぱいの荷物は、
もう空港に送っているんだよ。
もっと、早く言ってくれれば......
バリ島に戻らず、日本にいたのに。

結局、カミさんも私も、
「しようがない」
「どうにかなる」
てんで、私はカミさんを病院において、
後ろ髪を引かれる思いで、バリ島に戻ってきたのでした。

が、バリ島での留守中のもろもろが終われば、
できるだけ早く、日本に戻ろうと決めていた....

と、その矢先...
バリ島に戻った2日後の朝。
ビーチで朝食を摂ろうと、バイクで出かけたところ、
前を走っていたバイクが、突然に左にハンドルを切り、
私の目前でバイクの腹をみせる.....
そんなの突然に対応できるわけがない。
てんで、ドスン!
横になった前方のバイクにぶつかって、
バイクともども、わが身が、道路上に投げ出されたのです。

左の背中を強打!
痛いのなんのって、

前を走っていたバイクは、
足元に大きな犬を乗せていた。
その犬の動きに気を取られたらしい。
本人、「マーフ(ごめん)マーフ(ごめん)」と、何度も言う。

しようがない...
「いいよ、いいよ」と相手に言うが、
それにしても痛い、左わき腹が痛い!

その日は、土曜日。
病院はやってない。
しようがなく、家に帰って、安静に....
安静にと言ったって、一度横になると、
痛くて起き上がれない。
それからのオレ...
椅子に座って寝たりして、
とにかく、病院の開く、月曜日を待つだけ...

そして、昨日がその月曜日。
病院に行って、レントゲンを撮ると、
胸部肋骨は異常なし。
が、左肩鎖骨がずれて、折れている。

おかしい?

鎖骨なんて、全く痛くない。
ずれているというが、もともとずれていた筈だ。

まあ、いい。
痛くてどうにもならないところの骨に異常がなければ、
「打ち身・捻挫」だけということだ。
数日すれば、痛みも和らぐだろう。
日本に帰れる!

痛みが和らぐのを一週間後と予定して、
日本行きのチケットを買うことにする。

てんで、今朝はやっと、
前向きになれて、ブログを書く気になったのです。
面白くもなんともない、ながながとした話、
聞いてくれてありがとう。

そうそう、
もう一つ嬉しい話。
昨日、埼玉医科大学の医学部教授の
kさんが私の家に来て「尊崇」を6冊、まとめ買いしてくれたのです。

実は、私の胸部レントゲン写真を診て、
鎖骨の骨折を発見してくれたのは、kさんです。
バリの医者は、「鎖骨の付け根のズレ」だけの診断だったのです。
「見逃し」でした。

日本のお医者さんに診てもらえて、安心です。
「安静にするだけです」....と、k先生。

はい、解りました。
財布とパスポートだけの軽装で日本に戻ります。

by yosaku60 | 2017-11-07 08:33 | バリ島=その日のできごと | Comments(6)


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