(証言)
レンヒル停戦協定でインドネシア警察が警備している地域を突破して、
オランダ軍占領地区内に侵入する。
夜半12時頃、ナナナラン部落の端に取り付く。
ワジャ地区より相当の距離である。
部落はひっそりと寝静まっている。
しかし民間の軒下には各戸毎に石油ランプが下げてある。
これがため部落内の小さな路地は真昼のように明るい。
オランダ女皇の誕生日を祝福するため、
ランプを灯しているのである。
部落民には罪はない。
密偵を派遣してオランダ兵舎と周辺を偵察させる。
かえってきた密偵の報告によると、
12.7粍の重機関銃は兵舎の表門前の土のうの上に据えられている。
そこには2名のオランダ兵歩哨が立っているが、
動硝はしてないことが判明する。
日本人9名は12.7粍重機関銃の死角に当たる裏側より
オランダ軍兵舎を攻撃することを決定する。
二ヶ分隊のインドネシア兵は、二隊に分ける。
一ヶ分隊は部落の左側に位置し、
他の一ヶ分隊は部落右側を迂回して配置につくように指示する。
各分隊の攻撃目標は、
兵舎正面の12.7粍重機関銃とオランダ歩哨に限定する。
射撃開始の時期は手榴弾の爆発音と指示して、
所定の配置につくため出発させる。
二ヶ分隊の戦闘配置完了までに要する時間は
30分以内と判断する。
日本人9名は密偵「ネコ」に誘導されて、部落内に侵入する。
真昼のように明るい部落の小路地を各個前進で、
飛石伝いに部落中央のオランダ兵舎裏側に接近して行く。
10数分後には全員兵舎裏に取りつく。
身を伏せて周囲の状況を注視する。
敵には発見されていない。
部落内でも人声ひとつ聞こえない。
不気味な静けさである。
右側に迂回したインドネシア兵も戦闘配置を完了したものと判断する。
現在の位置は、兵舎裏の壁から10m足らずの近距離である。
兵舎裏側の壁は相当に高い。
時刻は午前1時ごろである。
杉山、前川の順で磁石付戦車攻撃用の破甲爆雷各一個を投げるよう指示する。
破甲爆雷は、兵舎の屋根まで投げないと味方が危険である。
杉山、山口、前川の三人は、更に5歩ぐらい前進して、
準備完了と共に投擲する。
手榴弾1、破甲爆雷2個が見事に屋根瓦を破って、
続けさまに兵舎内に落ちる。
と、同時に手榴弾が爆発する。
耳をつんざくような爆発音につづいて、
白い閃光が真昼のように四囲を明るくする。
白い閃光が消えると同時にオランダ兵舎の屋根が
不気味な音をたてて崩れ落ちる。
これと同時に左右両翼のインドネシア二ヶ分隊からの一斉射撃が、
兵舎前の12.7粍銃機関銃に向けて開始さる。
敵は沈黙を守っている。
全滅した模様である。
日本人部隊は突撃を命令する。
この時、オランダ軍は猛射撃してくる。
予想外の兵力である。
盲射撃のため危険の度合いが少ない。
約10分の交戦の後、逐次後退して部落外に出る。
敵は追撃して来ない。
しかし、地理に明るいオランダ軍は、
迂回して我方の退路遮断する事も考えられる。
この場合、夜間国境線突破は困難となり、
KTNが介入してくると、事は面倒になる。
インドネシア二ヶ分隊を掌握して一路国境線に向かう。
インドネシア地区に入ったのは、午前五時頃であった。
オランダ軍は破甲爆雷の爆発音とその威力に度肝を抜かれて、
追撃する勇気がなかったものと判断する。
ここで用意されている朝食をとると、
二ヶ分隊のインドネシア兵に即時帰隊するよう命令する。
日本人9名は山野の準備したトラックに乗車する。
第13旅団長とジイン大隊長が駆けつけて来て、
昨夜の件を詫びると共に、戦勝の祝辞を述べる。
私はトラックの上から
「先刻の戦闘で参考になる点があったら、今後大いに利用するように」
と、述べた後、
オランダ軍の被害判明次第、
ダンピットのコーヒー農園まで報告されるよう依頼する。
トラックは間もなくダンピットのコーヒー農園に到着する。
此処には参加者の労をねぎらう為、会食の準備がしてあり、
日本人全員が集まっている。
市来が立ち上がって、オランダ軍攻撃の成功を祝して乾杯する。
攻撃に参加した者、残った者も混ざって賑やかな宴会となる。
途中、市来が「ワジャよりの連絡員が来た」と言って、
部屋を出て行く。
返ってきた市来は満面に喜びを浮かべて、戦果報告だと言う。
情報によると、
オランダ軍兵舎大破、
兵舎内にいたオランダ兵は兵舎前歩哨も含めて20名、
爆風や屋根の下敷き、並びに軽機射撃により全員死亡。
オランダ女皇の誕生日を祝福するため、
区長宅に招待されていたオランダ兵数十名があく運強く無傷のため、
爆発音と銃声に驚き、区長宅前より盲射撃するだけで、
追撃するどころか恐怖におののき、
百メートル足らずの兵舎にさえ夜が明けてから取り付いたこと。
バナナラン部落の被害及び住民の負傷者なしとの事。
尚、日本人引き上げ約一時間後、KTNの将校がワジャに駆けつけて来たが、
何等得ることなく、引揚げて行ったことなど。
市来が力強く読みあげる。
全てが計画通り行った。
全員戦果を祝して、再び乾杯する。
第13旅団長が二ヶ中隊の兵力要請を受け入れてくれたら、
キダル陣地の兵器全部が入手できたのにと思うと残念である。
今は亡き、吉住を始め、中部・東部ジャワ各部隊との約束どおりに、
オランダ軍攻撃を実行できたが、
20名のオランダ兵を殺しただけでは物足りない。
二次攻撃計画する。