
スラウェシ島の観光といえば、「トラジャ」に集約されるそうな。
トラジャとは、何?
スラウェシ島に来るまでは、それを知らなかった。
マカッサルから、8時間ほどの山中に住む民族を差すらしい。
写真はマカッサル郊外に、観光用に建てられた、「トラジャの家」。
タクシーで行ってみた。
「この家を建てるとなると200万円以上はする」と、案内のトラジャ人が言う。
屋根の裏まで、丹念に造られている。
実際の山中のトラジャの地には、こうした家が並んだ街があるという。
山中に住むが、元々は海洋民族で、その誇りとして船の形を残しているそうな。
海洋民族が何故に山中に住むようになったのか。
バリに帰ってから、トラジャのことを調べてみた。
真っ先に飛び込んできた記事が、トラジャのタカデドン国の国王が、日本人であったとの話。
その国王の名は村岡伊平治。
どこかで聞いたことがある名である。
読み進んでいくと、映画「女衒」の主人公であることがわかった。
村岡伊平治は、トラジャ国の王女であるギンナン姫と結婚している。
ギンナン王女は、トラジャ国王の40人ほどいた王女のひとりであった。
結婚して、タカデドンという国が村岡に与えられた。
日清戦争で日本が勝利したことで国王の気持ちが動き、娘との結婚を認めたらしい。
が、国王になった村岡は、その後、王女とその間に生まれた妻子を捨てている。
事情があったろうが、悪いやつらしい。
国王になれたのだから、責任を感じて、妻や子供や住民を大事にしてあげればいいのに!
どうも日本人らしからぬ。
捨てられた妻子は、マカッサルに住んだことも記録されている・・・(可哀想に・・)。
と、村岡伊平治のことを感じながら調べてゆくと、驚くような記事にぶつかった。
「昭和11年、船長、森勝衛が、村岡伊平治の面倒を見て日本に呼び寄せた」との記事である。
森勝衛は、私も何度か逢ったことがある人なのだ。
私が働いていた会社の有名な船長、おこがましいが大先輩なのだ。
会社や船長会の式典には、船長服の正装で出席してきた。
私が知った時は、すでに90歳になっていたが、背筋がピンと伸び船長服がよく似合った。
今でも、その矍鑠とした勇姿が瞼に残っている。
小さな小さなつながりであるが、歴史のつながりを感じる。
トラジャ国王、んん・・・そんなに、昔の話ではないのだなあ~