アリエフが逢いに来てくれた。
彼曰く9年ぶりだった。
8年ぶりは私の思い違いだった。
1年1年が大事な若い彼の方が正しい。
どうでも良いことだけど(笑)。

開口一番、彼が言ったのは、私への謝りだった。
昨年の5月にバリに帰って来ていたのに、
この一年、私に連絡してこなかったことの謝りだ。
そして、その理由をとくとくと話し出した。
その話は私にとって強烈だった。
涙なしに聞けなかった。
かいつまんで語りたい。
オーストラリアに出稼ぎに出た。
家の借金をみな返し弟も大学を出て立派になった。
自分の役目は終わったもののコロナで帰れなかった。
帰れるようになった昨年のことだった。
電話に出る母親の口調がなんだかおかしく成った。
早く帰ってこいと言っているのは確かだが、
なんだかオロオロしているようだった。
5月になって家に帰ってみると父親がベッドに寝ていた。
自分が帰ってきたことも分からない様だった。
悲しくなってずーと父親の足をさすった。
ずーとさすっていると少し反応があった。
さらに身体をさすり話しかけると弱い反応ながらも、
自分が帰ってきたことを分かってくれたようだ。
父親の寿命はもう残り少ない。
アリエフは決心した。
最後は父親と共に過ごそう。
で父親を病院にいれ自分もその部屋で寝泊まりした。
父は喋る力はないがアリエフが傍にいることを分かってくれていた。
病院で一緒に住みだして三ヶ月経った。
アリエフは決めた。
父が分かってくれている間に結婚式をあげよう。
アリエフには私も知っている婚約者がいた。
同じ大学の下級生だった。
アリエフが家のことを解決しにオーストラリアに行くことを
全て承知して待ってくれていた。
父の前で結婚式をあげると....
父はとっても喜んでくれているようだった。
それから数日して父は亡くなった。
去年の10月だ。
この間の心痛で母も身体を壊した。
以後、母の介護、妻との新居、実家の保全と
全てうまく回り出すのに半年かかった。
今....
妻は妊娠七ヶ月でも働くためにチャングーに居る。
母は病弱な体で病院に近いデンパサールに居る。
実家のカラガッサムの保全には週に2日通う。
この三か所をぐるぐる回る生活ながらも、
少々落ち着いてきたので私に逢いに来てくれたという。

アリエフと最初に逢ったのは、彼が大学四年の時だった。
彼は卒業論文に「日本語の起源」を書いた。
その手伝いをしたのが最初の出会いだった。
それから数えると13年になる。
私の知るその13年間、アリエフはずーと家族の為に在った。
自分のことは一切考えていない。
私にはとてもできない。
そうした経験を経て...
35歳のアリエフは77歳の私より大人だ。
アリエフ、これからは自分の為に生きろよ....
なんて人生の先輩らしく言ってみたものの、
言ってる傍から自分が恥ずかしくなった。
htmx.process($el));"
hx-trigger="click"
hx-target="#hx-like-count-post-29583866"
hx-vals='{"url":"https:\/\/yosaku60.exblog.jp\/29583866\/","__csrf_value":"356a6815125fc4d1c38cbadee3776beb8c73457474cc7791f6f2688867f19170cd6410f9b36d4e2b82ddaf2ddbbca10b9bc79ebe3284d94e94c40d5ac1d2910d"}'
role="button"
class="xbg-like-btn-icon">