あけっぴろげてあらいざらいのあるがまま



高市早苗の靖国神社参拝に想う。

総裁選の番組で、こんなのがあった。
橋本徹が高市早苗に問いかけた。
★ 靖国神社参拝は大事なことと思う。
★ お国の為に命を捧げた人への尊崇の念は当たり前だ。
★ お詣りして当然だ。
★ ただ、それを中国が批判する。
★ 制裁として日本に厳しくなる。
★ 中国と取引のある中小企業で困る人が出てくる。
★ そうした困る人があっても靖国参拝をするのか。

馬鹿か、橋下徹!
私は、どちらかと言えば、橋下徹のファンだった。
過去のブログを見てもらったら解る。
相当に橋下徹に入れ込んだ時期があった。
しかし今回のこの言葉で橋下徹の馬鹿さ加減に幻滅した。

そういうことは聞くもんじゃないのよ、橋本。
答えようがないだろうが。
靖国神社参拝を非難する中国に非があるんだ。
そういう非がある国と商売をするなら覚悟すべきことだ。
中小企業のオヤジなら悪戦苦闘を経験している。
そんな覚悟は当然にしている。
だけど、その「当然」を口に出して聞けるかい。
聞けないだろうが、バカ者!
本来なら高市はこう言いたい。
「困る中小企業が出てくる....」
「そう言うことがあるかも知れないわね~」
「だから、どうだって言うの~」
「別問題じゃないの~」
と応えればいいのだけど、
そんなことテレビの前で言えないだろうが。
言えないことが判っている質問をする橋下徹の子供っぽさ!!
思いやりが下品で、やんちゃ坊主の域を出ない。
首相が靖国神社を参拝する本当の意義を知らない。
そう思ってみると、橋下徹も小泉純一郎と同じだ。

小泉純一郎が靖国神社を参拝した時に、言った。
詳しい言葉は忘れたが、こんな意味のことを言った。
「行きたくないのに行かされた戦争で犠牲になって.....」
この言葉に怒ったのが小野田實郎(おのだひろお)だ。
ルバング島で30年間戦い続けた日本陸軍少尉だ。
靖国神社に眠る御霊に話しかける言葉ではない。
お国を想って死んだ人に話しかける枕言葉ではない。
小野田實郎は言う。
「黙って手を合わせればいいんだ」
小泉純一郎は、そんなことが判らなかった。
もっともらしい一言が多いのだ。
橋本徹も、そうであろう。
二人ともうすっぺらい。

私はここ10年、残留日本兵を勉強してきた。
当初は興味半分の勉強だった。
だが3年ほど過ぎた頃から変化があった。
残留日本兵の心に寄り添うようになってきたのだ。
具体的に書こう。
何故に残留日本兵になったのだろうか.....
調べ始めた当初「現地に恋人ができたとの理由」.....
もあるのではなかろうかとイヤらしく思っていた。
しかし、そんな例がほとんどないのに驚いた。
ジャワ島で戦った市来龍夫がいう。
彼は民間人乍ら残留日本兵を率いる隊長(少佐)だった。
「オンナ関係でこの国に残るものは今すぐ出てゆけ」
「それはそれでいい、止めはしない」
「この国の独立に命を預ける者のみここに残れ」
その市来龍夫が戦死した場所にも行ってみた。
崖下の足の踏み場もないところに小さい墓があった。
小さいことよりも墓があったことに感動したことを思い出す。
話が少しそれてきた。
それたついでに書く。
残留日本兵が何故にこの地に残ったのか。
誰もが知りたい処であろう。
残留日本兵の集まりの「福祉友の会」がまとめた......
「インドネシア独立戦争に参加した帰らなかった日本兵1千名の声」
に書かれている。
私のホームページにも書いているので、そこから引っ張て来る....
高市早苗の靖国神社参拝に想う。_d0083068_10451329.jpg
このとおりなのだ。
最も多かった目的は、捕虜となるのを嫌い.....
それまで日本が約束していた独立支援のため....
積極的に残留......だった。

ただ、ここで私は言いたい。
他国を独立させたい.....
との日本人の想いの真実度を掘り下げてみたい。
確実な処から踏み込みたい。

天皇陛下の「開戦の詔書」を読むと解る。
天皇陛下は戦争をしたくないことを訴えている。
しかし戦争せざるを得なくなった経緯を告白している。
当時、東南アジアはタイを除いて全て欧米の植民地になっていた。
かくなる上は、欧米の迫害からアジアを護る....
そのための戦争である。

この開戦の詔書は、書かれた通りに理解すべきだ。
それ以上でもなければそれ以下でもない。
書かれたとおりだ。
だが、だが.....
実際のところ、戦いの現地ではそうはいかない。
日本兵は現地人に対し、威張る、怒る、殴る...のもいる。
戦争だから、しようがない、それは解るが、
現地人を上から目線で見る日本兵も多かったのだ。
残念ながら、そうなのだ。
当時を調べると、そうした事実が生生と出てくる。
余りにも生々しいので、私も「どう思って良いやら.....」
と、日本人としてとまどってしまった事を思い出す。

ジャカルタの「モナス」には日本兵の残虐さの展示がある。
デンパサールの「パジュラサンディ」にもそうした展示がある。
インドネシアの歴史教科書にもそうした記述がある。
私も現地調査で昔のバリ人から直接に日本兵の生意気さを聞いている。
日本人として悔しいが受け入れざるを得ない事実だ。
天皇陛下の開戦の詔書どおりの将軍や兵士もいる。
だが、そういう目的を理解しない将軍や兵士もいる。
当然に両方いるのだ。

1945年12月13日.....
私はこの日のことを「バリ島の同時多発テロ」と呼んでいる。
シンガラジャ、ヌガラ、ムグイ、デンパサールでテロが起こった。
もう戦争が終わった。
そんな中、日本兵の残虐さの恨みを晴らすためのテロが起こった。
ほとんどのテロが成功しなかった。
バリ人は悔しさに打ちひしがれた。

バリ島に戦前から住んでいる三浦襄という明治の男がいた。
三浦は、バリ人と日本兵の間に立ってもめごとを処理した。
その際の三浦襄の言い分は、
バリ人のみなさん、我慢してください.....
日本はインドネシアを独立させるためにやって来ました.....
そのうちに平和な島になります......
我慢してください......だった。
三浦を尊敬するバリ人は三浦を信じて我慢した。
だが、日本が戦争に敗けてしまった。

三浦はバリ人に嘘をついたことになる。
三浦はバリ島の各村々を廻り、村長さん達に謝った。
その数、39の村々になる。
そのバリ島行脚が終わったあと、自決した。
嘘をつくことになった日本人をゆるしてください....
私が自決してお詫びいたします.....
との言葉を残して自決した。
その三浦襄のお墓がこれだ。
高市早苗の靖国神社参拝に想う。_d0083068_12043792.jpg
この三浦襄のお墓が最近汚れてきている。
昔、バリ人が管理している時はきれいに整備されていた。
私は思う。
三浦襄の存在を誇る日本人が現れてから汚れ出した。
三浦襄の存在を誇る.....
誇る......その考え方が、上から目線なのじゃないかい。
三浦襄の気持ちを全然わかっていない。
話を戻せば、これが小泉純一郎、橋下徹に通ずると思うのだ。

私が三浦襄に思うこと、
というかお詣りの仕方だが、
無言で手を合わせ...
「貴方のご意思に沿って考えたく思っています」
「三浦さん同様にバリ人に(ごめんなさい)を言います」
「そして、三浦さん(ありがとう)」....
「私は貴方のお蔭でバリ人と同化してこの地に住めています」
という、お詣りの仕方をしている。
バリ人のために尽くした日本人をお詣りするという気持ちはない。
三浦襄に寄り添ってできるだけ同じ気持ちを持つということだけだ。
残留日本兵に対しても同じだ。
日本がインドネシアを独立させたなんて思いません。

天皇陛下の開戦の詔書はその通りでした。
だけど、現地ではそうでない行為も多かったのです。
そう言う中で、救いが「残留日本兵」なのです。
その残留日本兵の存在を威張ってはいけません。
残留日本兵でバリ人に威張った人は誰もいません。
バリ人と一緒になって身を投げだして戦っただけです。
バリ人でも日本人でもありません。
同じ気持ちで同じ目的で戦っただけです。

私は残留日本兵をライフワークとして勉強している。
その際に残留日本兵に寄り添って考えることにしている。
残留日本兵はバリ人になり切りバリ人の枠を外れることはなかった。
外れるだけでなくバリ人の枠を超えることもなかった。
私もバリ人の枠の中で残留日本兵と共にあります。

もうすぐ、ングラライ大祭(11月20日)があります。
バリの英雄、ングラライのププアン(玉砕)の日です。
マルガラナの地で盛大な催事が行われます。
私は毎年、来賓として出席していましたが、
今年は日本に帰るので出席できません。
少し心配です。
観光客気分の日本人で「日本人が独立を助けてやった」....
といわんばかりに、ングラライ大祭に参加する方がいるのです。
もし残留日本兵がその場に居たらどういうでしょう。
「バカ、おこがましい(恥ずかしい)だろう」
きっと怒って、ぶんなぐられると思うのです。
事実私はそうした輩に怒ってその場から追っ払ったことがあります。
私が怒るのではなく残留日本兵が怒ったつもりで怒りました。
日本人は高潔であってしかるべきです。
高潔な人は上から目線で見ません。
バリ人が行う大事な祭事を自分ごとで汚してはいけません。

日本のみなさん、そしてバリに住む日本人のみなさん、
もし、ングラライ大祭に参加するのであれば、
是非にバリ人と同化して一緒に大会を祝ってください。
日本人はバリ人に、こういうことをしてあげた.....
なんて上から目線で参加しないでください。

ある年のングラライ大祭の話をします。
マルガラナには1300余の英霊祈念塔があります。
高市早苗の靖国神社参拝に想う。_d0083068_15551098.jpg
その中の12基が日本人です。
ある日のこと.....
その12基の祈念塔に日の丸の鉢巻がかけられていました。
日本人の誰かが日の丸の鉢巻をかけたのです。
残留日本兵は日の丸の鉢巻をして嬉しいでしょうか。

私は、そうは思いません。
残留日本兵を長年勉強して来て彼らの思いが判ります。
彼らは、多分、悲しむでしょう。
どなたが残留日本兵の英霊に鉢巻をかけたのか存じません。
鉢巻をかけたい気持ちは判らないでもありません。
でも日の丸の鉢巻をした日本人の英霊を見てバリ人はどう思うでしょう。
そのバリ人がどう思うかを考える残留日本兵はどう思うでしょうか。
そこまで考えて欲しいのです。

高市早苗の靖国神社参拝の話が、思わぬところから、
私の信条告白となりました......脱線、お許しください。

by yosaku60 | 2021-10-05 13:09 | 帰らなかった日本兵 | Comments(0)
<< シトゥ、ディアン兄妹とも、しば... サヌールに世界一の病院が来る予... >>

カテゴリ
画像一覧
以前の記事
2025年 12月
2025年 11月
2025年 10月
2025年 09月
2025年 08月
2025年 07月
2025年 06月
2025年 05月
2025年 04月
2025年 03月
2025年 02月
2025年 01月
2024年 12月
2024年 11月
2024年 10月
2024年 09月
2024年 08月
2024年 07月
2024年 06月
2024年 05月
2024年 04月
2024年 03月
2024年 02月
2024年 01月
2023年 12月
2023年 11月
2023年 10月
2023年 09月
2023年 08月
2023年 07月
2023年 06月
2023年 05月
2023年 04月
2023年 03月
2023年 02月
2023年 01月
2022年 12月
2022年 11月
2022年 10月
2022年 09月
2022年 08月
2022年 07月
2022年 06月
2022年 05月
2022年 04月
2022年 03月
2021年 10月
2021年 09月
2021年 08月
2021年 07月
2021年 06月
2021年 05月
2021年 04月
2021年 03月
2021年 02月
2021年 01月
2020年 12月
2020年 11月
2020年 10月
2020年 09月
2020年 08月
2020年 07月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 04月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月