あけっぴろげてあらいざらいのあるがまま



人の欲、そして国(その4;ブータンの場合)

ウルグアイに続いてブータンの話です。
ブータンは九州とほぼ同じ大きさの国です。
7千メートル級の山が4山ある一方で標高200mの低地もある、
起伏に富んだ自然豊かな国です。
ブータンは「世界一幸福度が高い国」として有名です。
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じゃなくて、有名でした....
と過去形で書かざるを得ないことを説明するのが、
今日のブログの目的です。
まあ、それは後で書くことにして....

ブータンには私の尊敬する日本人がいます。
もうお亡くなりになりましたが、その人のことを先に書かせて下さい。
ブータンの農業開発に尽くし、ブータンでは「ブータン農業の父」と
呼ばれ、国王からは「ダショー」の称号を贈られた西岡京治です。
ダシューとはブータンの爵位で「最高に優れた人」という意味です。
1992年にお亡くなりになった時は「国葬」にされました。
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西岡京治は、1964年、海外技術協力事業団の農業指導者としてブータンに派遣されました。その頃のブータンは国民の大半が農業に従事していたにも拘わらず、食料自給率は60%程度しかありませんでした。当時のブータンはほぼ鎖国状態でインドとだけ若干交友がありました。で、西岡の上司は全てインド人でした。インド人が一番農業を知っているといばる連中が上司なのでに西岡は冷たい仕打ちを受けました。どういう作物がブータンの土地に合うのか、西岡はそれを調べるための農業試験場を政府に求めましたが、なかなか許可されず、何度も折衝してわずか60坪だけの土地を貸してもらいました。政府は3人の実習員をつけてくれましたが、彼らは12から13歳の少年でした。いずれブータンの農業を担う3人でしたが、そのころは誰もそんなことを知りません。西岡がまず取り組んだのは大根の栽培でした。種は日本から持ちこんでいました。畑の耕し方、土のかけ方、ひとつひとつを少年たちに理解できる様に実演して見せました。やがて7月になるとそれまでブータン人が見たこともないような大きな大根が育ちました。「信じられないような大きな大根ができた」、噂は瞬く間に村から村に走り抜けました。人々は西岡の大根の種を求めてやってきました。一年目の成果は上々でした。二年目になると政府から前年の3倍の土地が提供されました。農場にはひっきりなしに議員や知事が訪れるようになりました。2年の任期が来た時に国王から任期延長を懇願され同時に広大な試験場用地が提供されました。その土地の広さはなんと24200坪ありました。西岡は語っています「ブータンに来て、この時ほど嬉しかったことはありません」。この時造られた農場が「パロ・ボンデ農場」です。ブータン近代農業の聖地となる場所でした。それまで野菜が主でしたが西岡は稲作にも着手しました。農民と喧嘩しながら教え込んだ並木植で収穫量が40%も増えました。
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そうした努力が若い国王に聞こえ、国王から「忘れられた地」と呼ばれるシェムガン県の開発を頼まれました。ブータンの中でも地理的に恵まれず極貧地域でした。人々は焼き畑農業に頼っていました。国王は西岡の眼をまっすぐ見て「西岡の農業技術で救ってくれないか」と頼みました。西岡は、まだ十代の若き国王の民を思う気持ちに胸をうたれ奮い立ちました。しかしシェムンガン地域は山岳地帯です。
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容易ではないこと西岡は解ります。西岡は妻子を日本に帰し自分だけで困難に立ち向かうことを決めました。1976年国王自らの立案による「シェムンガン県開発プロジェクト」が始動しました。責任者は日本から来た「神の鍬を持つ男」、西岡京治で全権を任されました。シェムンガンに着いた西岡は焼き畑農業を止め稲作を始めるように説得しますが、村人は誰も言うことを聞きません。失敗するのが怖いのです。その年に失敗すれば家族は飢え死にします。それに人々が通えぬ谷あいの土地、水もなくどうやって稲作するのか、住民は全権を持っている西岡ですが、言うことを聞きませんでした。そんな住民との話し合いはのべ800回にも及びました。住民に理解されない農業は育たない、人々の身の丈にあった農業でないと育たない、との西岡の信念があったからです。そして、ついに住民は西岡の熱意に心を動かし始めました。斜面には棚田が次々と作られました。水田に水を供給する水路も住民の手で作りました。住民は「私達にはニシオカがついている」と心強く思い、さらに自らが開墾し水路を開いたので住民は自らが自信を持ち始め、どんどんと開発が加速されました。次々と谷に橋がかかりました。資金のかかるコンクリート橋ではありません。自分たちが作り自分たちが修理できる「つり橋」です。シェムンガンはもう「忘れられた地」ではありません。それどころかブータンでも有数の穀倉地帯へと生まれ変わったのです。5万人を超える焼き畑農民が水田耕作で安定した生計を立てられるようになりました。架けられた橋は総数17本、引かれた水路は360本、作られた道路は全長300キロメートルに達しました。しかもこれらは驚くほどの低予算でできたのです。
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ついにシェムンガン県は甦ったのです。5年の計画が終わり西岡が土地を離れる時がやってきました。人々は西岡との別れを惜しみ口々にお礼を言いました。ありがとう、ありがとう、様々な感情が人々の胸にこみ上げ、ついには集まった全員が涙をこらえきれなく泣き崩れました。 西岡はこのあともブータン農業の発展に尽くしました。稲の新品種の導入による生産量の増大、換金作物であるリンゴ、アスパラガスなどの栽培指導、全国へ種や苗木の供給、農機具の製作から土木機械の貸し出し、さらには修理工の訓練まで引き受けました。ブータンの気候に適した野菜を作る為の品種改良にも力を注ぎました。こうした西岡の指導は28年続きました。その間、農業以外にも産業が育ち農業人口が減りましたが、昔60%だった食料自給率が86%にまで改善しました。もうこの国は大丈夫だ。還暦を前にした西岡は日本への帰国を考えるようになりました。そんな時、西岡は倒れました。突然でした。 帰らぬ人となりました。葬儀は国葬で行われ5000人が参列しました。葬儀に参列できなかったシェムンガンの村人から電報が届きました。「ダシューニシオカ、私たちはあなたを一生忘れません。あなたの献身的な働きがあったからこそ、今の私たちがあるのです」

さて、
前置きが長くなりましたが、
西岡京治のこと、どうしても書きたかったのでお許しください。
世界一幸福度の高い国、ブータンに話を戻したいとおもうのですが、

その前に、国連の発表する「幸福度」のランク付けの馬鹿らしさを
指摘しておきます。
ランク付けは次の項目をポイント化して決められます。
1、人口当たりのGDP
2、社会的支援
3、健康な平均寿命
4、人生の選択をする自由
5、性の平等性
6、社会の腐敗度
以上です。
解らないでもありませんが、こういうものを数量化して、
幸福度を決めるなんてつまらないですね。
何がつまらないか。
比較されるものでないのに比較していることがつまらないのです。

ですから、ここからは数字で示すことはしません。
ブータンが何故に世界一幸福度が高いと言われたのか....ですが、
それが騒がれた頃のブータンをテレビで見たことを覚えております。
テレビで放映されていました。
誰に聞いても「この国に生まれて幸せ」と言うのです。
やらせとは思えません。
ブータンは仏教国です。
足るを知る国民の国です。
人々は、寝る処があって、食べれて、着るものがあれば、
それで幸福なのです。

幸=財/欲....という公式があります。
二つの財があっても欲が四つあると幸は二分の一になります。
二つの財があって欲を二つにしぼると幸は満杯になります。
一つの財しかなくとも欲をひとつに絞れば幸は同じく満杯になります。

これは先に書いたウルグアイのムヒカ大統領の話と同じです。
ブータンの国民はムヒカ大統領の話を実践していたと思います。
一人当たり一日2ドル以下の世界最貧国のひとつなのに、
国民のほんとんどが「幸せ」を感じていたのです。

ですが、それが変わり出したのです。
残念ですが、近年になって急に変わり出したのです。
私はブータンに行ってみたくなり調べたので知りました。
まだ、少々鎖国制度を保持しております。
一日、200ドルを前払いしないと入国できません。
それなのに変わり出したのです。
原因はスマホの普及です。
隣国の中国から安いスマホが手に入るので多くの人が持っているそうです。
インターネットから知らなかった情報がどんどん入るようになりました。
と、幸=財/欲 の欲が増えるのです。
欲が増える分、幸が小さくなり、不満が芽生えるのです。
私はまだ行ったことがない国なので詳しくは批評できません。
いずれにしても古き良きブータンの光景が薄れつつあるのだそうです。
国って、国民って、難しいものですね。

ついでに書きますが、ブータンの国の形、昔と今は違います。
中国に接する北西部が国境紛争で中国にとられたのです。
GDPの2%を国防費に充てていますが、
GDPそのものが小さいので軍隊も貧弱です。
中国に攻められると取られるがままだったのです。
中国って侵略国家なのです。
南のインドとの国境はそのままです。
ですから、ブータン人は中国に余り良い気持ちは抱いておりません。
インドとはお互いにビザなし交流をしております。

さて、今日の結論は、
国際交流しないで自国だけでやっていける国はない....
ということを言いたかったのですが、
前半に力を入れ過ぎ、結論にたどり着くのに疲れてしまいました。

次回は、日本の現状の核心に触れることを書いてみたく....
今日のところはこれでお許しくだい。

by yosaku60 | 2018-09-25 13:50 | 時事放言 (NEW) | Comments(0)
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