各国のアイデンティティを考える。
今日は、世界一の国、アメリカ。
アメリカ国民は全て、アメリカが好きである。
そうした自国愛がアメリカのアイデンティティである…
なんて、当たり前のことを書きたくない。
なぜに国民にそうした一体感を持たせることができたのか。
その媒介したものを探りたい。
というと、国歌になるかも…
確かに、アメリカ国内で行われる大きなスポーツ大会では、
選手も観客も一体になって、感動深く国歌を歌うシーンがある。
実は、つい最近まで、私は、
アメリカ人のアイデンティティを象徴するものは国歌だ、
と思っていた。
が、最近、もっと大元になるものがあることに気付かされた。
それを書く前に、
私がアメリカで、「アメリカ」を感じたエピソードを少し書きたい。
(過去のエピソード;その1)
大分昔の話(私のは全てそうだが)になるが、
ゴルフを覚え、少々夢中になっていた初期の頃。
アメリカの西海岸(どこの港か忘れた)に居た。
丁度、ゴルフの全米オープンをやっていた。
当時のナンバーワン、プレーヤーは、ニクラウスだった。
アメリカ人の誰もがニクラウスを好きだった。
誰もがニクラウスの優勝を願っていた。
が、それを阻もうとする日本人が現れた。
青木功である。
二人は、同じ組でまわっていた。
青木は最後まで食い下がったが、優勝したのはニクラウスだった。
その日、駐在員が船にやって来て言った。
「青木を応援してたよ」
「でも、優勝しないでくれとも思っていたよ」
どうしてかと聞くと、
「青木がニクラウスに勝つと…」
「アメリカ人に恨まれて、仕事がしにくくなる」
なあるほど…
この時、アメリカ人のアメリカひいきの強さを痛感した。
(過去のエピソード;その2)
過去、バブルの時期だったと思うが、
日本の経済力が急激に伸びて、
日本人がアメリカのビルを買い占め出した時があった。
そんな時、アメリカ南部の小さな町の小さな酒場に行った時だ。
飲んでいた一人の客が私を見て「日本人か?」と聞くので、
「そうだ」と応えると、ペッと唾をはかれた。
唾は飛んできた訳ではなく、そうした仕草だけだったが、
なあるほど、これがアメリカ人の本質かと、
気分を悪くした思いがある。
まあ、人種差別のようなものだ。
(過去のエピソード;その3)
これもアメリカ南部の町(バルチモアだったかも)で経験したこと。
酒場で黒人の店員のおばさんと親しくなった。
親しいだけで、別に変な関係があった訳でない。
その酒場に仕事相手の白人の若い男を連れて行った時である。
いつものとおり、黒人のおばさんと冗談を言いながら酒を飲んだ。
そして、その店を出た時である。
白人の若い男が、
「船長、頼むから、黒人と親しく話さないでくれ」という。
理由を聞くと「船長とつきあいにくくなるから」という。
人種差別の根深さを知ったエピソードだ。
さて、
アメリカは、移民国家、多民族国家である。
そんな中で、表面には表れないが、人種差別がある。
なのに、全ての国民が「自国愛」を抱いている。
どうして、そんなことができたのか。
その理由が最近わかった。
「教育」である。
ケントギルバードが語っていた。
アメリカの学校では授業前に全員で胸に手をおいて唱和するそうである。
唱和の内容だが、アメリカ人として誇りを持つことを謳っている。
小さい時から、繰り返して唱和すれば、誇りを持つようになって当然だ。
ということで、
アメリカ人のアイデンティティは、「教育」である。
教育の成果として、アイデンティティが醸成される。
と思うのだ。
みなさんは、どうお思いですか。
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