前列に並んだ人は一瞬の間に至近弾を受けバタバタと斃れた。
急所を外れた者もおり部屋は阿鼻叫喚の地獄と化した。
私は部屋の一番奥にいたので、
直撃は避けれたが右ひざ関節あたりが生ぬるく感じ、
見るとズボンに丸く血がにじんでいた。
何かに当たった弾が跳ねてかすったのである。
辺りの様子がどんなに変化したか見極める余裕もなく、
専ら身を護ることが精一杯であった。
我々の部屋の襲撃を最初として、
しばらく間をおいて前の部屋の襲撃が始まり銃声が聞こえる。
死を覚悟した蛭間千代松氏(元東鉄局)の声で
「待て、待て、これから一人一人殺してくれ」
「格子の処に立つから指定したところを撃て」と、
その声に続いて一人づつ、
「ここを撃て」と頭、心臓、あるいは咽と指示し、
中には官姓名を名乗り、
または「天皇陛下万歳」を叫びながら、
刑務所の露と消えていった。
落合正男氏(元大鉄局)
古堂操氏(元名鉄局)の声も聞こえた。
私は、暴徒がまた襲撃に来る気配を感じ、
動ける者で最後の防戦をする準備をした。
まず扉を開いて中に入られてはおしまいだ。
幸い扉は内開きであるから、同胞の死体には気の毒であるが、
開き止めの盾になって貰おうと、
真っ暗の中、手探りで引き寄せた。
案の定、敵は人の動きを感じたか、
まだいきているぞ、
と無差別銃撃を始めた。
こちらも無我夢中で彼らの餌食になっては叶わぬと、
弾の死角を扉の内側に求めて身を隠した。
相手もさる者、生存者いると知るや、
今度は扉を開こうと取っ手をガチャガチャと廻したが駄目、
体当たりでも開かない。
敵はたまりかねて扉越しに弾を撃ち込んできた。
内側から扉上部を押さえていたが、バシッという音と共に、
左の尻たぶに丁度割り竹にビチャーと叩かれた様な、
軽い痛みと生暖かさを感じた。
上に手を当てるとべっとり血が付いた。
一発が肉を浅くかすめた貫通銃創であった。
しばらくして敵はあきらめて立ち去った。
私は扉が開かないことが確認できたので、
僚友の死体に囲まれて横になり身体を休めた。
しばらくして、また外の音がして、
数人の敵匪が向かいの部屋を開いた。
死体を運び出し室内を洗っているらしい。
死体はどこに運び去られたのか、
川原にでも埋められたのか、
しばらくして、また辺りは静かになった。