7、マナウス港 一回目の逃亡
10月26日 18時20分
マナウス港 フローテイングバースに着桟。
入港で乗組員がザワザワしているチャンスを狙い、ドアー下方の
ダンバーのビスを外し始める。
道具を使わず指先で回しているうちに
ビスが緩む。
内側のダンパーを完全に外し、抜いたビスを
これ見よがしに机の上に並べる。
外側のダンパーは足で蹴れば開けれる。
この状態で通路の物音に耳をすませ待機。
21時30分、外側のダンパーを蹴破り脱走。
アッパーデッキのアイアンドアーは、ロックが壊れていた。
外から入れないが、内からは出れる状態であった。
で、容易にデッキに出る。
左舷側(川側)のデッキからロープを降ろし、それを伝ってアマゾン川に逃げる。
リオンは途中からすぐに川に飛び込んだ。
ペドロはロープをしっかり掴んでいたため、途中で手が滑り、手の皮をすっかり擦りむく。
..........
(解説)
マナウス港;
アマゾン川の河口から上流の丁度中間点にある大きな都市。
フローティングバース;
アマゾン川は、雨季と乾季とでは、水量が極端に変わる。
水量が違うということは水位が違うということで、その最大高低差は10mになる。
こう言う場所では、固定式の岸壁は作れない。
水位と一緒に上がり下がりする、浮き桟橋でなければならない。
浮き桟橋のことをフローティングバースという。
ダンパー;
ドアーは木製だが頑丈にできている。
そのドアーの下部に30センチ四方ほどの穴を空け、
アルミ製の蓋をしている。
その蓋には、スライドできる格子がついていて、
室内と室外との空気の取入れができるようになっている。
その構造をダンパーと言う。
このアルミ製の蓋の枠が、ドアーにビス止め(10個ほど)されていた。
ビスが緩む;
あとでのことだが、「どうしてビスを開けれたのか」と聞いたら、
「指で押しながらまわしたら緩んできた」
「一個外したら、その一個を利用して、次々に外せた」
「簡単だった」とうそぶく。
吉村昭が実話の小説{破獄}の中で、主人公の脱獄者が
「どんな釘であろうと長期間指で押して回しているうちに動いて来て抜ける」
と告白していることを思い起こされる。
これ見よがしに机の上に並べる;
これを見た時、まさにそう思った。
密航者は、私(船長)を馬鹿にしているのだ。
こんなドアー、簡単に抜け出れるよ、という私への嫌がらせだ。
ビスが床に散っていたのならまだ許せる。
机の上に、きとんと並べておいてあった。
私への挑戦だ。
これを見た時、畜生目と、ムラムラ腹が立った。
絶対、捕まえてやる!
まだまだ若かった船長のオレ、
逃がすものか待ってろ、と闘志をメラメラ燃やした。