ブログを5日休んだ。
どうなっているのか問い合わせがあった。
書かないことに安住してしまっていた。
ブロガー失格である。
気力を振り絞って、美馬芳夫の戦死を報告したい。
クランディス行きだが、サヌールを出る時から決めていた。
クランディスに近づいたら、オジェを頼もう...と。
オジェとは、バイクの後ろ乗りである。
美馬の戦死場所探し...
多分、お年寄りに聞き歩かなければならない。
村のお年寄りは、インドネシア語を喋れない。
バリ語だけである。
私は、バリ語は、全く分からない。
尋ねながら山路を走るのは、オジェしかない。
そう思ったのだ。
クランディスに最も近いのは、パキサン村であった。
パキサン村に着くと....
「クランディスへはバイクで行けない」
「山路があるが歩くだけの道」と、いう。
「遠くなるがルンデテン村から行ける」と、いう。
ルンデテン村に行ってみた。
村の広場に人が集まっていた。
クランディスへのオジェを頼んでみた。
誰もがしり込みした。
1、道が悪すぎてオジェでは危険。
2、クランディスは、ブラックマジックが強い村。
3、きっと災いが起こる。
という理由だった。
が、料金を思いきり奮発して引き受け手を見つけた。
悪路をクランディスに入った。
尋ねると、日本人が戦死した場所を知ってる者がいた。
「クランディスでは死んでいない」
「もっと山奥のムンガンダン部落だ」と、いう。
さらなる悪路を走り、ムンガンダン部落に行った。
ムンガンダン部落の奥は、もう道がなかった。

行き止まりの部落であった。

日本人は、自分の家の敷地で死んだ....
と、小学5年生の男の子が案内してくれた。
こんな脇道に入って行く。

少年は、どんどん下に降りて行く。

と、少年の家に着いた。
昔は、どんな家だったろうか。

ここに日本兵5名、バリ兵20名が隠れた(人数は推定)のだ。
そして、スパイに通報されて、オランダ軍に襲われたのだ。
オランダ軍も、よくも、こんな山奥に来たもんだ。
突然に襲われて、手榴弾でも投げられたなら、絶体絶命であった。
美馬芳夫が、小銃を撃ちながら外に飛び出た。
死を覚悟で囮になったのである。
オランダ軍は、美馬を追いかけた。
美馬は、オランダ軍の銃を浴びながら...
転がるように谷を降りて行った。

私も降りてみたが、大変な谷であった。

そして、ここで止まった。
少年は、言い伝えられている場所をピンポイントで示してくれた。

ここまで落ちた美馬、その片足は....
太もものところから吹き飛んでもうなかった。
だが、美馬はまだ生きていた。
美馬は、真上に馬に乗ったオランダ将校を見た。
下から上に向かって撃つのは難しい。
気力を絞って、狙い定めて撃った。
100M以上あったと思われる。
将校は、馬上からもんどりうって落ちた。
どこかに敵がいる...
オランダ軍は混乱し、その場から逃げた。
その隙に、日本兵、バリ兵は山に逃げて助かった....
と、助かった平良定三が書いている。
その光景のひとつひとつが現場で絵がけた。
それは良かったが、その後の私...
実は、谷から上がれなくなった。
息が切れて、力が出ないのだ。
村の衆が後ろから私の身体を押してくれた。
ようやく、少年の家にたどりついた。
が、その場に倒れ、起きれなくなった。
少年がノートで扇いで、風を入れてくれた。
情けない。
もう、無茶ができない年齢になった。
それを知ったのが、ショックであった。
実は、ブログを休んだのは、そのショックが尾を引いている。
ということで、ブログ、しばらく休止したい。
いつ書けるようになるだろうか。