あけっぴろげてあらいざらいのあるがまま



悪魔の呪い、神の祟り、を信ずるバリ人(その2)

ブラックマジックと言って最初に思いつくのは、
私の家で4年も働いてくれた、お手伝いさんのカデの死。
詳しくは、下記に再掲載するので読んでほしい。

彼女は自分の父親がブラックマジックの呪いで早逝したと信じていた。
彼女は病に倒れ苦しむ中で、医師の治療を断り、祈りの世界に身を投じた。
d0083068_813352.jpg

ヌサペニダ島で祈りに入った彼女....
彼女が死を迎えるとき、私は傍にいてやれなかった。
しかし、私は確信する。
彼女は、父親同様にブラックマジックに呪われたと信じたこと。
そして、それに勝てぬ自分をあきらめて.........死んでいったこと。



2014年2月7日のブログより


日本が好きだから日本の悪口を言う。
インドネシアも好きだから悪口を書きたい。
それも思いっきり悪口を書きたい。

昨晩、カデが死んでしまったのだ。
4年間、私の家で働いてくれたお手伝いさんだった。

もし、彼女が日本人であれば死なずにすんだ!!!
インドネシア人だから死んでしまったのだ。

もし、彼女がオレの娘であれば助けれた!!!
オレがそこまで責任を持たなかったということだ。

可哀相に.........ってよそよそしい言葉すぎる。
だけど、今は、ただそう思うだけ。

彼女は、真面目だった。
なのに、なんとついていない人生だったんだろう。

たったの28年間の人生だった。
彼女の人生を語らせてくれ。



まあまあ普通の家に育った彼女。
中学生になった時に父親が事故で亡くなった。
彼女曰く、それ以来全てが不幸になった。
外に出ず家で縫製の仕事をしていて20歳の時に結婚した。
子供が二人生まれた後、オレの家のお手伝いさんとして働き始めた。
オレの家が人生で初めて他人に使われる労働体験であった。
二人の子供にお金がかかり始め、木彫り職人である夫の給料、
15,000円だけでは、食べていけなくなったからであった。

彼女は私の家に通うために中古バイクをローンで買った。
その返金のため、お手伝いとしての給料が全部消えた。

その中古バイクは、詐欺まがいで買わされたものであった。
中古バイク販売業者・保険屋・高利金融業者が共謀して彼女を騙したのだった。
私も一緒に警察に行き、訴えたがどうにもならなかった。
彼女は、その中古バイクを安く闇に流し新しい中古バイクを買った。
彼女は、また借金を増やしてしまった。

お金が足らなくなると、給料の前借をすることがあった。
が、私は彼女のためということで一ヶ月分以上の前貸しは認めなかった。
彼女は、私の気持を察しそれ以上の前借を要求することはなかった。

時々、母親が彼女にお金をせびりに来た。
3人姉妹の中でもっとも貧乏だった彼女はそんな母親へ援助ができないでいた。
お金をせびりに来る母親を憎みながらも、
やはりそこは親子、彼女はなんとかして助けたいと思っていた。
ある日、涙を流して一ヶ月以上の前借を申し出てきた。
訳を聞くと、どうしても母親に上げたいという。
オレもなんとかしてあげたかったので、
10ヶ月先のボーナスの先払いということで前貸しせずにつじつまを合わせた。
母親にあげれるお金を手にした彼女の泣き笑いの顔を今も思い出す。
20代の可憐な顔であった。

という風に、彼女はいつもお金にピーピーしていた。
お金がないことが、全ての不幸の大元であった。
そういう生活が3年続いていた。

私の友人のMさんの家で時々アルバイトの仕事があるようになった彼女、
少し、ほんの少し.......お金に余裕が出てきた。
前借地獄から脱出するチャンスであった。
私は、彼女に「預金」の楽しみを覚えさせようと図った。
私に2千円預けると千円利息をつけて3千円にすることを話した。
ただし前借りをしたら、その利息が消えるという条件だ。
彼女は、この話に乗ってきた。

頑張って頑張って、私への預金を増やし始めたのだ。
2ヶ月続けて給料の半分を私に預金した彼女、
「大丈夫か、生活できるのか」に、「なんとかなる」、
さらに「貯めて何に使うの」と聞くと、
「夫に新しいバイクを買ってあげるの」と言う。
いつも自分よりも他人を考える彼女だった。

そんな彼女、去年の11月、
私の留守中に家の掃除をしていた彼女から、
身体の不調を訴えるメールがあった。
早々に家に帰ると、顔面蒼白の彼女がいた。
猛烈な腹痛、という。

その腹痛に対処するため、彼女と夫、それに夫の母親は、
占い師を家に呼び祈祷を始めた。

祈祷じゃ治るわけがない.....と、思いながらも
それぞれの文化があるのだからと、口を出せないでいた。
が、腹痛はどんどん重くなって歩行すら出来ない状態になった。
で、私は彼女の家の者を説得し彼女を検査機関に連れ込んだ。

血液検査では、血沈のみの異常で60mmと速かった。
エコー検査では、虫垂炎と胆のう炎の疑いとの見立てであった。

ここからは、バタバタであった。

虫垂炎と胆のう炎に重きをおいて治療を主張するオレ、
悪霊の仕業、あるいは他の病気(すぐに治るような)としたい家族、
責任感に乏しくお金儲けだけを考える医療機関と医者達、
知識に乏しい中、これらの間で右往左往する彼女、
が、絡んでバタバタだったのである。

私がこの中で怒りたいのは、医療機関と医者達である。
無責任極まりない。
病気を真剣に治す気がないのである。
医療機関の診察システムと医者の診察態度が無茶苦茶だ。


簡単に書くとこうだ。
名のある医者は、大きな病院(A)に勤めていて、
10時ごろから12時までは、その病院に来る患者の診察をする。
12時から13時は休憩して、13時から15時は入院患者の診察をする。
15時には病院を出て、16時からは別の病院(B)での診察にあたる。
この別の病院というのは、医者個人の診療所だったり、
別に契約するに私立の病院だったりする。
要するに夜間のアルバイト診療である。

(B)病院では、その医者に診てもらいたい人が集る。
その数、毎日30人から40人で、満杯になれば打ち切られる。
この患者達は、病院に支払うのとは別に医者に直接料金を払う。
だから、医者は午前中の病院勤め(A)よりも、
よりこの夜のアルバイト勤務の方(B)に力を入れる。
ここで処方箋を書き、薬局で薬を受け取らせるが、
その薬代の20%は、医者の取り分として還元される。

医者は、午前中の診療で名前をとり、
夕方のアルバイトでお金をとるのである。
簡単にお金が取れるので、いっぱいの患者を引き受ける。
したがって、2時間で40人、ひとり3分の診察を行う。
これが、毎日繰り返される。
医者は医学の進歩に合せた新しい勉強などする暇がない。

のである。
したがって、診察なんて数十秒で終る。
問診なんてしないに等しい。 
問診なくして患者を理解できるわけないじゃないか。

公立病院にも医者がいて、診てもらうことができる。
が、公立病院では手術などの高額医療はなかなか受けてもらえない。
「今、医者がジャカルタにいていないから」
などと、居留守を使われるのである。
何故なのか、医療費を払ってもらえない人の治療からは逃げるのだ。

そこに来ると我々外国人、お金があると思うのだろうか、
どんな治療もすぐにしてくれる.....が治療費がべらぼうに高い。

まあ、ざーと、こんな訳なんです。
ひどいでしょう。

さて、腹痛が治まらないカデ。
私は名のある病院に連れて行き診察を受けさせた。
虫垂炎・胆のう炎の判断が出たエコー写真を見せた上で診察を依頼した。
医者は、カデをベッドに寝させ右足を折りたためさせ、
「痛いか」と尋ね、「痛い」というと、虫垂炎と断定した。
その断定まで、数十秒という早さだ。
そして、私が外国人であることを知り、
すぐにその場で虫垂炎の手術を行うことを決めた。
まあ、虫垂炎の手術であれば失敗はなさそうなので私もOKした。

が、手術をする段階になって、
料金前払いでないと手術をしないと言い出す。
慌てて家に帰って、銀行からお金を引き出し、
手術に間に合わせた。

さて、手術が行われ、カデの盲腸が切り取られた。
と、それが子供の小指ぐらいの大きさなんです。

もしかしたら虫垂炎ではなく、
胆のう炎の方だったかも知れない。
と、私は不安になった。
インドネシアの医者に不信感を持ち始めた。

案の定であった。
虫垂炎の手術が終ったのに、カデの腹痛はおさまらない。
もう一度検査機関に行き、血液検査を行った。

やはり、血沈の値が前と同じ、改善されていない。
次いで、胆のう炎の原因が胆石であるかどうかの
エコー検査を受けさせた。
結果は1cmほどの石が数個ある、との診断だった。

私は、胆石があるとどのような症状になるのか、
それにはどう対処したら良いのか、全く知識がなく、
自信がないままに彼女に接した。
この頃はカデも弱気になり、
なかなか行動を共にしてくれなくなっていた。
私は彼女の代わりに医者のところに行き、
胆石を溶かす薬と抗生物質薬と痛み止め薬を処方してもらい、
彼女に飲んでもらった。

でも、痛みがなくならなし、症状も改善しない。
薬をもっと強くするか、手術するかしかない。

インドネシアの医療に疑問をもったオレ、
また、後見の私が日本人なので手術代が高額になることの
嫌気感を持ったオレ、
私が責任を持つ形で手術を勧める気にはなれなかった。
今から考えれば、小心で卑怯で粘りがなかった。

強い薬を処方してもらおう、とカデに迫ったが、
この頃になると、カデは諦めたのか
私の言うことを聞かなくなっていた。
もういちど挑戦しよう、
もういちど一緒に医者に行こう、というオレに
もうこれ以上、私に迷惑掛けたくないとカデは拒んだ。

カデが腹痛で家にいる間、亭主のワヤンは、
会社に行かなかった。
何故と聞くと、カデがそうしてくれ、と言うそうです。
カデに確かめると、そのとおりという。
ひとりで家に居るのが不安なんです。
わからないでもありません。

二人共働かなければ、生活できないじゃないか。
と問い詰めると、
「だから、ヌサペニダ(実家)に帰る」という。

そこまで覚悟しているならとオレも匙を投げた。

カデの亭主、ワヤンに
「ヌサペニダに行ったらバンジャールを通じて援助を申請しろ」
「そして、胆石除去の手術を受けさせろ」
と、何度も言い渡した。

しかし、ワヤンは真面目だけが取り得の男。
そういう世間ずれした行動をとれる男ではない。
多分、ヌサペニダに行っても、なにも行動を起こさないだろう。

ということが想像できていた。
その末は、どうなるか........考えたくないことであった。
そして、昨晩とうとうカデは死んでしまったのです。

先ほどワヤンから電話がありました。

「カデが死にました」
「バパにはお世話になりました」

私はカデを助けることができなかった力不足を謝りました。

思いつく4年間のカデの印象に残る言葉を次に付記して、
カデの冥福を祈りたく思います。

1、父親が死んでから今まで何も楽しいことがありませんでした。
2、この齢になるまで、お金ってこんなに大事なものと知りませんでした。
3、私は普通の人より頭が悪いのです。
4、バパ(私のこと)がバリに居る限り、私はここで働きます。

笑い顔が少なかった彼女、
ようやく笑いが見え始めたと思った矢先でした。
28歳の若さでした。
なんと薄幸の娘なのでしょう。
インドネシアの医療を憎みます。
by yosaku60 | 2015-05-04 07:37 | バリ島=慣習・伝統 | Comments(0)
<< 悪魔の呪い、神の祟り、を信ずる... 悪魔の呪い、神の祟り、を信ずる... >>

カテゴリ
画像一覧
以前の記事
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月