あけっぴろげてあらいざらいのあるがまま



ドミニカからの密航者(まえがき)

私の昔の職業は、「船乗り」。
航海士、船長、パイロット(水先案内人)と歩んだ。
その中で、思い出深いのは、やはり船長時代。
中でも、記憶に残るのは、「密航者」。

7年の船長時代に、3回も密航者に踏み込まれた。
自慢にならない、恥ずかしいことだ。
というのは、港を出る前に、密航者サーチをする。
その時に発見できなかったということだから....
船長の職務怠慢である。

が、ちょっと、言い訳しておきたい。
一万トン級以上の船は、相当に大きい。
隠れるところはいっぱいある。
向こう(密航者)は、見つからないように真剣だ。
真剣に隠れているものを探すのは、難しいのが実体だ。

密航者防止に成功した経験だが....
エクアドル、アメリカ、日本を往復するバナナ船に乗っていた時だ。
エクアドルから、アメリカへの密航者は多い。
それにバナナ船は、換気を良くするため、少々隙間を空けてパレットを積む。
隙間があるので、隠れるところがいっぱいある。
で、私の船は、わざと噂を流していた。
「日本人船長は、出港後必ず消火訓練をする」
「消化訓練の際は、船倉内にガスを充満させる」
「船倉内に隠れていたら死んでしまう」
定期船だったので、3か月に一度はエクアドルに行った。
が、噂が広まっていたのだろう。
エクアドルからの密航者は、私の船に乗って来なかった。

まあ、こんな風にして、
密航者に踏み込まれないように努力するのだが、
それでもやられてしまう。

最初の経験は、アフリカのコートジボアールからだった。
威嚇すると震える、気の弱い、黒人青年だった。
次の寄港地がキューバだった。
私は、経験がない国だ。
社会主義国に面倒を持ち込むのは面倒だ。
と、悩んでいたところ、寄港地がオランダに変更された。
冷凍船は世界の市価の都合でこうした変更はよくある。
ほっとした。
本人がパスポートを持っていたので、
割と簡単に送還手続きができた。

2回目は、ドミニカ共和国からの青年二人だった。
次の寄港地は、ブラジル諸港だった。
この二人の処理が大変だった。

3回目は、ベルギーからの密航者で、中年の二人だった。
ひとりがルーマニア人、もうひとりがハンガリー人だった。
ルーマニア人の方、貧乏で食べれないといいながら、ぶくぶく太っていた。
タバコを欲しいとほざいてきた。
贅沢言うな、と怒って拒否した。
今、思っても、甘えたルーマニア人だった。
ハンガリー人は、まあまあ、真面目だった。
二人は「難民収容所」で知りあったとのこと。
難民収容所を「そーと」抜け出し、
私の船に「そーと」忍び込んできた。
そーと....が好きな男どもだ(腹が立つ)。
二人は、カナダに行きたいと思っていた。
私の船が、ハリファックス港行きと知って、忍び込んできたのだ。
二人とも、パスポートを持っていた。
カナダは、難民調査に慣れている。
カナダの官憲に処理を任せ、まあ、なんとかなった。
が、手続き費用、30万円....会社に迷惑をかけてしまった。

上に書いたように、2回目のドミニカからの密航者には、悩まされた。
当時、私は、「商船三井」に期間雇用で雇われた船長であった。
立場的責任上、丁寧に報告書を書いた覚えがある。

その報告書を「船長時代の思い出」として、明日から連載する。
報告書は、プロ(現場船長)からプロ(社内船長)に充てたものなので、
解りにくいことがあるかも知れない。
そういうところがあれば、「解説」を加えることにする。
# by yosaku60 | 2017-03-04 10:12 | 日本=船員・船長時代 | Comments(2)

可哀想なバリの女性....

5日間、食事が咽を通らない...
髪が抜けだした....という。
すごいストレスだ。

結婚して5年目の若い夫婦。
山ン中に、小さい住まいを建てていた。
そのために夫婦は別々に働いていた。
住まいがほぼ出来上がった頃、夫がそれを見に来た。
女の子を連れていた。
たまたま、奥さんも新しい住まいを見に来た。
3人がかちあった。
旦那が言う。
「おお、あんたも来たか、オレは、この子とここに住む」
「オマエは、別に住め」
奥さん、びっくりして、さめざめと泣く....

で、食事が咽を通らない、髪が抜けだしたのだ。
それを聞いた私。

男はいっぱいる、あきらめて他の男を探せ....
と言ってみたものの、どうもしっくりこない。
奥さんの方、夫にまだまだ未練があるのだ。
私の言葉をうわのそらで聞く風なのだ。
で、出した、私の結論。
時間来るまで待て、相手も変わる、自分も変わる...
そのあとで、結論を出そう....

とは言ってみたものの、こんどは私がしっくりしない。
バリは重婚が許されている。
金持ちが奥さんを二人持つのは、救済の意味もあって、少々解る。
が、明日の仕事がない無一文の男がする重婚...
浮気じゃないよ、結婚だよ!ひどくないかい!
と、怒ってみても、バリの女性は、うなだれるだけ...
どうにもなりません。
# by yosaku60 | 2017-03-03 09:30 | バリ島=人生のかかわり方 | Comments(0)

自撮りに挑戦

今朝の散歩...
ラクダ公園にて、自撮りに挑戦。
が、セルフタイマーの方法を知らない。
んで、腕を伸ばして、指でポチリ。
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# by yosaku60 | 2017-02-27 09:53 | バリ島=その日のできごと | Comments(0)

わからぬままに写真掲載

一か月ほど前に撮った知り合いの姉妹の写真。
左は長女で3人の子持ち、右は3女でまだ17歳。
間に、もう一人いるが、この日は不在。
てな、話はどうでもいいのだ。

実は写真を整理していて.....
あることに気付き、この写真捨てれなくなった....
てな、バカな理由を書きたい。

右の妹が一本の棒を持っている。
左の姉が二股に分かれた棒を持っている。

何のために使う棒なのだろう????

その疑問を解きたくて、
姉妹を探すが、なかなか会えないでいる。

春日三球、照代の漫才に、こんなのがあった。
「地下鉄の電車、どこから地下に入れたのでしょうか?」
「それを考えてたら、夜も眠れない」

てなほどではないが、気になる。
オレ、まだまだ、好奇心旺盛!
もう少し生きておれそう。
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# by yosaku60 | 2017-02-26 09:40 | バリ島=その日のできごと | Comments(0)

雨季.....あと少しで終わりそう。

あれだけ激しく降ってたのが、
ここ三日、雨がありません。
空気が澄んで、アグン山も稜線がきれいに見えます。
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雨季は、ニュピまで、と言われます。
今年のニュピは、3月28日。
その前に、雨季が終わりそうです。

乾季から雨季へ移る時、
雨季から乾季に移る時、
年に2回のこの時、バリ島には風が吹きません。
風がないので、2週間ほど「暑い日」が続きます。
この時期、風邪をひく人が多くいます。
バリ人の多くが、ゴホンゴホンやりだします。
カミさんも咳をし出しました。
私は、いつもと変わりません。

カミさん、バリ人らしく、オレ、日本人のまま....
なんて、実態と真逆。 そんなこと絶対にありません。
# by yosaku60 | 2017-02-25 08:15 | バリ島=社会・生活 | Comments(0)

「ニュース女子」について

バリでのテレビ.....は、NHKの海外版しか見れない。
NHKでも「ニュース」と「鶴瓶の家族に乾杯」しか見ない。
どうしても観る娯楽は.....
インターネットを通じての 「you tube」が多くなる。

そのyou tube で、最近、好んで観るのが「ニュース女子」。
若くてきれいな娘さんに、中年の男性論客がわかりやすく語るという番組だ。

論客連が、若いきれいな娘さん達に語るとどうなるか.....
ニヤニヤしながら、解りやすく、やさしく語る。
魯鈍な私にも、これなら解るのだ。

番組出演の論客連は、その道の玄人筋が多い。
国際政治学者の藤井厳喜、
経済学の上念司、
政策工房の原英史
軍事ジャーナリストの井上和彦、
ジャーナリストの末延吉正
などが特に、私の個人的な好み(笑)である。

「ニュース女子」...
最近は、アメリカ大統領、トランプの話が多い。
先日、新しいことを知った。
トランプが、言った....
ひとつの中国を認めるとか認めない、との展開についてだ。
なんのことはない。
英語の文面を日本のマスコミが間違えて解釈していた。
直訳しただけで、本当の意味を知らなかったのだ。
その間違いが解ってもマスコミは修正しない。

マスコミって、こんなもんだ....
と、私はいいかげんにつき合っている。
自慢じゃないが、トランプの当選、私は事前に予測して周囲に話していた。
馬鹿にされたが、そのとおりになった。
何故、予測したかというと、自分がアメリカ人になったつもりで考えてみただけだ。
だって、私は平均的な凡人だから(笑)。

トランプは、7か国の一時的な入国を制限した。
一時的なもので、将来とも続くというものではなかった。
であれば、私がアメリカ人だったら、賛成すると思う。
だって、私は自分にわがままだから(笑)。

まあ、きれいな女性を前にすると、おじさんどもは張り切る。
ちょっと無理をして、でも簡単な言葉で、本音を語る。
「ニュース女子」に女性陣がいなかったら、こうはならない。
男を変わらせる女性の力はすごい!

んで、んで、その女性の力.....
最近の私は、特に感じている。
(写真は、昨年12月のエヴィの誕生日祝い)
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写真のエヴィの存在が大きい。
週に2回、私を見舞いに来てくれる。
「明るく長く生きなさい」と、私の弱点をつついてくる。
「バカにすんな」とほざきつつ干渉されることがうれしい。

先日のバレンタインデーには、エヴィからチョコレートをもらった。
お返しは、3月14日のホワイトデーらしいが、当日彼女は居ない。
で、昨晩は2週早めのホワイトデーをした。
間もなく日本に帰る、共通の友人の送別会も兼ねた。

ちょっぴり怖いカミさん、上品なご婦人Fさん、可愛いエヴィ....
いろいろいて、いわゆる女子会、であれば、ケーキ屋さん....
てんで、クタの「THE HARVEST」 に繰り出した。
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先ずは、お食事...
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終わったあとは、別腹のケーキ....
私は、別腹を持ち合わせず、持ってるのはビール腹....
が、女の園にはビールがないそうで...ガマン。
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エヴィは、自分でデザインした服を着て来た。
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自分が楽しむためか、お爺ちゃんの目を楽しませてくれるためか?
いずれにしても、いろいろありがとう。
今後も、面倒見てください。
# by yosaku60 | 2017-02-24 10:16 | バリ島=社会・生活 | Comments(0)

ブレレン王の家に行ってきました。

みなさん、「バリ戦争」って知っていますか。
今から、170年前のバリの王様達とオランダの戦争です。

オランダがインドネシアを植民地化したのは450年前、、
それから350年続いたと言われますが、バリは含まれておりません。
バリ島がオランダに支配されたのは、このバリ戦争の後からです。

私のブログ、2015年8月8日の
プサギの戦い(親蘭派...先ずは歴史から)
の「バリ戦争」の部分のみ切りとり、転載します。

1846年;第一回オランダ遠征軍、ブレレン上陸。
1848年;第二回オランダ遠征軍、再度ブレレン上陸、
      ジランティク王奮戦し、オランダ軍を敗る。
1849年;第三回オランダ遠征軍、再々度、ブレレン上陸、
      ブレレン国降伏、ジランティク王、殺害される。
      続いて、カランガッサム国、クルンクン国がオランダに降伏。
1854年;ブレレンの郡長、ニョマングンポル、
      オランダに反乱するも、第四回オランダ遠征軍に鎮圧される。
1866年;ジェンブラナ国降伏。
1868年;ブレレンのバンジャール郡長、イダマデライ、
      オランダに反乱するも、第五四回オランダ遠征軍に鎮圧される。
1882年;ブレレンとジェンブラナは、オランダの直轄領となる。
1891年;カランガッサムとクルンクンが衝突する。
      この時、ロンボックはカランガッサムを応援するが、
      これはオランダによる策略であった。
1894年;それを理由に、第六回オランダ遠征軍がロンボックを侵略する。
1900年;ギャニアール、オランダの政権を承認する。
1906年;第七回オランダ遠征軍、バドンを攻撃、デンパサール陥落。
      バドン王、ププタンにて自害。
1907年;タバナン、オランダの攻撃を受けて陥落。王自刃。
1908年;クルンクン、オランダの攻撃を受けて陥落。
      クルンクン王、ププタンにて自害。
1908年;バンリ王、オランダの政権を承認する。


この記述に見るよう、戦争の口火を切ったのは、
ブレレン王のジランテックです。

先日、このジランテック王のお城に行って来ました。
シンガラジャの大通りに面した処にあります。
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左の方が王の末裔です。
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私が、ジランテック王の歴史をいろいろ語ると、
「あなたは日本人なのになんで知ってるんですか」と喜ばれ、
門の鍵を開けて、ジランテックの住居を案内してくれました。
これが、王の寝室です。
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ここが王の執務室です。
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王の戦いの記録は、他の場所にあるとのこと。
是非にそちらも来て欲しいと頼まれましたが、
言葉が難しく、コミュニケーションがやっとやっとの状態。
次回またくる、と約束して、おいとましました。
# by yosaku60 | 2017-02-23 09:44 | バリ島=慣習・伝統 | Comments(0)

オゴ・オゴ人形

今年のバリの新年「ニュピ」は、3月28日。
その前日の夜は、オゴオゴ人形が町を練り歩く。
各所で、その人形作りが始められている。
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材料は発砲スチロール。
当たり前だけど、びっくりするほど軽い。
それにしても巧いものだ。
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ところで、オゴオゴの発音、とても難しい。
ogoh ogoh と書く。
日本人は、単語の途中にある「ご」は、鼻濁音で喋る。
が、この場合の「ご」は、濁音の「ご」である。
そのあとに「h」がつく。
この「h」はやはり小さく発音しないと通じない。
咳をする時の擬音語で「ゴホッゴホッ」というのがある。
その先に「オ」をつけて、「オゴホッ」という感じであるが、正確な発音は難しい。

ところで、ところで、
最近の日本の若者は、鼻濁音を使わないらしい。
私にとって、「オゴ・オゴ」を正確に言うのは難しい。
ってことは、私が年寄りってことになる。
まあ、それは、そうだけど.....
# by yosaku60 | 2017-02-21 08:06 | バリ島=慣習・伝統 | Comments(0)

改装なる村の診療所に行ってみた

d0083068_1565472.jpg私は勝手に「村の診療所」....
と訳しているが、
インドネシア語では、プスケスマス。
料金が安く、一般の庶民が行ける、
唯一の医療機関でもある。
私の家から徒歩一分....
便利なので、ちょくちょく利用している。
というより、料金の安さが理由で...
てふ、私も庶民のひとり。
お医者さんの全員が女医さん....
で、優しくしてくれるのも嬉しい。
さて、そんなプスケスマスに、
今朝は、改装後、初めて訪れた。
待合室が少々広く、明るくなっている。
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来院目的は、虫歯の治療。
穴が開いたところに詰め物をしてもらうため。
開院後10分の8時10分に着いたのに、受付番号39番。
まあ、月曜日は、こんなもんかな。
オレ、バリに来てから、ながーく待てるようになった。
気が長くなったのではない、単に慣れっこになっただけ。
2時間待って、受付の順番がきた。
初診料150円払って、歯医者さんの診療室に入る。
やっぱりだ....中年だけど、上品な女医さん!
「今日は、仮の治療をしておきます」
「本格治療は土曜日です」と言われる。
なんでかわからんが、どうでもいい。
今日の仮治療代は、300円、多分、土曜日もそんなもんだろう。
日本流に言えば、500円コインでまだ釣りが来る。
プスケスマス....って、ありがたい。
# by yosaku60 | 2017-02-20 15:24 | バリ島=社会・生活 | Comments(0)

ちょっと気になる「ジェニス・カフェ」

メリキュールホテルのシーサイド....
の南の外れに、自然食の店があったが、いつしか消えた。
その同じ場所に、2か月前からオープンした、こんな店。
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ちょっと、いいかな....
てふ、なんとも気になる佇まい。
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ビーチから見たら、こんな感じ...
こっちから見ても、悪くない!
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近寄ってみた。
「ジェニス・カフェ」とある。
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入口はこっちかな....
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中に入ってみた.....
なかなか良い感じ。
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もっと奥に進んでみた....
違和感がない。
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外人の女の子がいた....
店の雰囲気にピッタリ、違和感なし。
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ピザも自家焼きのようだし....
本格的だ。
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飲むだけのバーカウンターがある。
どうもここに座ることになりそうだ。
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ビーチを楽しむスペースもある。
夕陽が沈む頃にくれば、ここに座るかも。
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ちょっと気になる店だ。
マークしておいて、いつか来よっと!!
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# by yosaku60 | 2017-02-18 09:47 | バリ島=レストラン | Comments(0)

千名ほどで、ビーチのゴミ拾い

今朝のムルタサリビーチは人がいっぱい。
まずは、学生さん。
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兵隊さんもいる。
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この人達は、官庁にお勤め。
「今日は何?」と聞くと、応え方もエリート風...
スラスラとメモ書きしてくれたのが、
gerakan penghijauan dan penanaman pohon
「何のことかわからん」と言うと、
英語で「緑化運動」と言う。
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見ていると、浜のゴミ拾いのようだ。
例によって、女の子は真面目。
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男どもはいい加減、が、これぞバリ!
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ラクダ公園も人がいっぱい。
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このナンバーの色、なんだっけ??忘れた。
軍隊か、政府のお偉方の筈.....
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会場に、こんな看板が出ていた。
2020年に向け、ゴミ掃除....
青少年による緑化奉仕活動....
それに向けて、学校、軍隊、官庁、企業....
による合同の奉仕活動のようだ。
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千名はいるように思えた。
「全部で何人いるの?」と聞いてみた。
誰もが「さあ」と言って、笑うばかり....
まあ、これもバリらしい。
すぐに人数を気にする日本人がおかしい。
# by yosaku60 | 2017-02-17 11:10 | バリ島=その日のできごと | Comments(0)

晴れた朝のビーチ

今朝はカラッと晴れた!!
いつものワルンに行く。
右の白いシャツがカミさん、
が、目立たない程のバイクの量。
みんな釣り人のもの。
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久しぶりだもんな、こんな天気。
アグン山は、裾野くっきり....
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美味しい空気...
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潮が引いてるゥ....
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オオッ!
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オモシロイ!
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芝生がキレイ!
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こんな朝は、みんな早起きだ。
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# by yosaku60 | 2017-02-16 07:57 | バリ島=地方・景勝地 | Comments(0)

華やかに晩酌 in  「ムティアラ」

レストラン「ムティアラ」には、週に2回行くことにしている。
大概、エヴィも一緒に行く。
が、この日は、スペッシャル!!
きれいどころが二人も加わった。
これだけそろうと、鼻の下が床に触れるほどに伸びて....
お酒も、ぐーと美味しくなる。
ご機嫌に酔って、家に帰って爆睡....
ごめんね、かあちゃん、鼾うるさくて!
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# by yosaku60 | 2017-02-14 09:27 | バリ島=レストラン | Comments(2)

ローカルなビーチが好きです。

私は、観光客が集まる処は好きではない。
変わり者で天邪鬼....と自負し自虐もしている。
サヌールのビーチもそう.....
人の来ないローカルなビーチが好きだ。
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が、こういうローカルさが好きな変人は他にもいる。
そういった輩は、欧米人に多い。
アジア人特に中国人は、こういう処に来ない。
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満月後の四日間は、潮の干満が大きくなる。
観光客が多い処は、運ばれた砂がすぐに取り除かれる。
が、ローカルなビーチは、ばんらばらである。
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# by yosaku60 | 2017-02-13 09:31 | バリ島=地方・景勝地 | Comments(0)

久しぶりにアンジェリーに会ってきました。

バリの雨季、今年は特に雨が多い。
なかなか朝の散歩に出れない。
たまに出ても....
逢いに行くのは、ラクダばっかり。
で、昨日.....
アンジェリー(牛の名)に逢って来た。
一か月ほど逢っていない。
なのに、覚えてくれていた(ように思えた)。
アンジェリー....
牛年齢から言えば、もうおばあちゃん。
だけど、まだまだ、カワイイ!!
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# by yosaku60 | 2017-02-12 08:39 | バリ島=その日のできごと | Comments(0)

今日は満月です。

今日は満月(プルナマ=pernama)......
の日は、バリ人は、集団でお寺へお祈りに出かける。
で、夕方になると、道路が混雑する。
それに今日は土曜日、学校がある日。
渋滞で、家に帰れなくなるかも....
過去に、そんなことがあった...
てんで、調べてみた。
プルナマにも大と小があるからだ。
お祈りの程度が違う。
プルナマ大の方が、余計に混雑する。
プルナマ大、のことを....
pernama kapat とか、pernama kedasa とか言う。

バリのカレンダーを見てみた。
今日の満月は、Sasih Kewulu とある。
プルナマ大ではない....良かった!!

ついでに、プルナマ大がいつあるのか調べてみた。
3月12日は、Sasih kesanga とある...プルナマ小だ。
4月11日は、Sasih Kedasa  とある...プルナマ大だ。

さて、いずれにしても、今日は、満月の日....
いろいろなお祝いごとも、この日にする。

写真は、今朝のムルタサリで出会った、「お祈り」。
祈るのは、プマンクーではなく、プダンダ僧....
結構に格式の高い「お祈り」だ。
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聞けば、新造船の進水式の「お祈り」とのこと。
サヌール(マタハリツルビット)とヌサペニダ島の連絡船だそうな。
25分で両島間を突っ走るそうな。
にしても、そのためのエンジン5基は、すごい!
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# by yosaku60 | 2017-02-11 10:00 | バリ島=慣習・伝統 | Comments(0)

専門店を知ると生活が便利になります。

ここバリ島では、モノがすぐに壊れます。
でもまあ、修理の費用が安く....
それに、もう慣れてしまい、それほど気になりません。
が、自分で修理するとなると....
部品を売っている店を探さねばなりません。
専門店のことです。
写真は、ドアーの部品専門店です。
こうした専門店は、ほとんどがデンパサールにあります。
専門店を知ると、生活が便利になります。
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# by yosaku60 | 2017-02-10 09:31 | バリ島=社会・生活 | Comments(0)

日本人がいっぱいです。

サヌールビーチ....
2月に入ると、日本人がいっぱい集まります。
今朝の浜でも、沢山の日本人に出逢いました。
みなさん、サーファーです。
この時期、波が良いのか、チケットが安いのか、
どちらかわかりませんが、毎年のことです。
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# by yosaku60 | 2017-02-09 10:57 | バリ島=その日のできごと | Comments(0)

ラクダ公園に桟橋ができた

ラクダ公園に桟橋ができた。
船から直接に陸に上がれるようになった。
写真左の奥を見て欲しい。
建設中の桟橋がみえる。
ムルタサリビーチ、確実に変わりつつある。
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# by yosaku60 | 2017-02-08 08:57 | バリ島=その日のできごと | Comments(0)

高校生の課外授業

今朝の浜で、出会った男の学生たち....
学校どこ、に....「専門高校」という。
専門は何、に.....「プルホテラン」と応える。
ホテル学科だ。
今日は何の授業....に通じないのか、
見れば解るでしょう!てな感じで、笑って無視された。
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隣に目をやると、先生が動きだした。
うん、やり投げだ。
やり投げを教えるのだ。
ホテル学科に、なんでやり投げなのだろう。
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真面目な女の子が指名され、トライした。
が、左の女の子のグループ、
真面目な子を無視し、おしゃべりに夢中。
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この女の子も真面目だ。
が、お喋りっ子は、引き続き無視。
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最後まで、お喋りし続けるグループ。
後ろを歩く先生、「こりゃ、だめだ」....と思ったのかも。
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バリ島らしい、まったりとした朝の光景でした。
# by yosaku60 | 2017-02-07 10:03 | バリ島=その日のできごと | Comments(0)

男の遊び....釣り

バリ人の男の遊びを三つあげれば....、
闘鶏、凧揚げ、釣り、だろうと勝手に思っている。
サヌール海岸では、クレンティックと呼ばれる小さな魚を釣る。
早朝、その釣りの準備をする、男に出逢った。
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帽子....
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その内側は、財布兼モノ入れ....
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表側、そのてっぺんに....
蓋つきのいれものがあって...
釣り針につける餌が入っている。
トドルと呼ばれる米をベースにした練り物だ。
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この男は、帽子を持たない。
で、トドルは、ヤクルトの空き缶に入れて....
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さあ、出陣!
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遊ぶ男の背中に、忍び寄る哀愁....
オレの背中は、骨が浮いてるだけ。
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# by yosaku60 | 2017-02-06 10:59 | バリ島=社会・生活 | Comments(0)

鉄の日でした。

バリ島はお祈りごとが多い。
昨日のバリは鉄の日でした。
台所の包丁やバイクや自動車など....
鉄製のもの全てを飾ってお祈りする。
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ヘルメットのことを日本語で鉄兜という。
が、誰もヘルメットにお祈りしない。
ヘルメットは、鉄兜じゃないってことだ。
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# by yosaku60 | 2017-02-05 22:07 | バリ島=慣習・伝統 | Comments(0)

バリ島は、バンジャールが全て....

バリ島は、バリヒンドゥー教の島。
バリヒンドゥーの宗教行事を取り仕切る地域集合体....
それをバンジャールと言う。
日本語では、村落共同体と訳されている。
そのバンジャールの力....
今朝は、まざまざと見せつけれた。
写真で紹介する。

今朝の浜への散歩の途中....おや?
遠目に、バンジャールのクルクル櫓が飾られているのが見えた!
クルクル櫓;本当の名前を知らない。
        私が勝手にそう呼んでいるだけ。
        どこのバンジャール集会所にもある。
        村民集合のためのクルクルと呼ばれる音を鳴らす櫓。
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道路の半分を占領して、こんなのがある。
この中で、ガムランを演奏するのだ。
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きれいどころも集まっている。
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子供たちは、この日のためのお揃いのシャツを着ている。
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ご婦人たちもおそろいのクバヤだ。
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お供え物も多い。
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バンジャール集会場の広間も赤じゅうたんを敷いてある。
大きなセレモニーだ、何のためだろう?
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通りに出て、看板を読んでみた。
この程度なら、私でも解る。
バンジャール「バトゥジンバル」の息のかかるベーカリーの開店祝いだ。
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集会場の横の通路も飾ってある。
許可を受けて入ってみた。
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ビーチに向かって、お祈りがあるようだ。
ビーチでのお祈りとは、やはりバリらしい。
新しい店を開くときは、どんなに小さな店でもお祈りしなければならない....
とのコミンの言葉を想い出した。
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お祈りを見れない人のために、音声と映像中継もされるようだ。
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バンジャール「バトゥジンバル」...って、多分、150軒ほどの共同体であろう。
日本的にいえば、小さい集落だ。
ただ、ビーチ沿いの土地の権利を持っている、お金持ちが多い。
にしても、盛大、且つ豪華だ。
バリ島のバンジャール、その組織の結合力、なんともすごい!!
# by yosaku60 | 2017-02-04 10:21 | バリ島=バンジャール | Comments(0)

お茶目で優しいエヴィ

ジャワ島に行っていたエヴィが一週間ぶりにバリに戻って来た。
一緒に食べに出るのも久しぶりだ。
テーブルにトンボがいた。
それを捕まえたエヴィ....
二枚の羽根を束ねて持って、足を下にさげさせる....
その足で、テッシュを掴ませた。

トンボは強い、結構な量のテッシュを足で挟む。
バリ人の誰でもが知ってる遊びだそうな。
後で、そのトンボを逃がしてやる。

トンボのお尻に爪楊枝を刺して飛ばせる....
てな、残酷な我が昔よりは、随分と優しい。
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# by yosaku60 | 2017-02-03 12:07 | バリ島=人物往来 | Comments(2)

雨季真っただ中

一昨日も雨、昨日も雨、今日も雨....
バリ島は雨季真っただ中....
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サハラ砂漠に分けてあげれないだろうか。
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# by yosaku60 | 2017-02-02 08:46 | バリ島=その日のできごと | Comments(0)

朝の男ども

今、バリ島は雨季。
毎朝のように雨が降る。
で、なかなか朝の散歩ができない。
今朝の雨は小降り....思い切って浜に出た。
が、ワルンに着くと、本格的に降りだした。
いつも、外のベンチに座る男どもも屋根下に集まって居る。
奥はカミさん。
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こんな男どもとの会話も役に立つことがある。
顔なじみになると、いろいろな話を教えてくれる。
全員タバコを吸う。
見た目いかついが、みんな穏やかに喋る。
コーヒー一杯だけで一時間は喋る。
きぜわしい私、そんな忍耐力がない。
# by yosaku60 | 2017-02-01 09:28 | バリ島=その日のできごと | Comments(0)

Pegayaman 現地調査報告(その4; 総括)

Pegayaman の日本軍が造った武器庫....
思った以上に、大掛かりなものであった。
一人二人の日本兵では、これほどのものは造れない。
武器庫を護るため、大木に見張り所も作ったという。
今は、朽ちてしまったが、Wani(ワニ)という木だそうな。
マンゴに似た実をつける大木になるそうだ。
現場付近のWaniの木を写真に収めてみた。
枝がしっかりして登りやすそうな木だ。
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さて、発見した武器保管庫....
村民に助けられたにしてもひとりふたりの日本兵では造れなかった。
結構にまとまった日本兵がいたに違いない。
当時のシンガラジャの地にインドネシア独立の志に燃え...
しかもまとまった兵員数となると、林田部隊しかいない。
隠れて武器を持っていたのも林田部隊だけである。
ということで、林田部隊の残党がここに棲みついた、と結論付けたい。

あとひとつ、証拠づけることがる。
残留日本兵の曽我さんの息子さんのスラジャさん(写真)....
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の語った話と重なるのだ。
スラジャさんは、過去、父の戦死場所を調査に歩いたことがあった。
その調査の過程で、ギギット付近で、日本兵がオランダ兵に殺された....
との情報を得たそうな。
Pegayaman の村を出て、本通りに入ったところがギギットである。
林田部隊の誰かが、オランダ兵に殺されたのだと思う。

それにしても、Pegayaman は、特殊な村であった。
なんとも子供の多い村であった。
バリ島は、どんな小さな村にも「ワルン(売店)」がある。
が、pegayamanでは、ワルンを見なかった。
村人は、何をして生計をたてているのだろうか。
コミン曰く「チンケ(Cengkeh)」が異常に多いという。
気温の低い高地にある木だ。
チンケから、ミニャックが採れる。
昔は安かったが、今は高く売れるという。
どうもそれだけでは、やってゆけないように思うが....

100%イスラムというのも特殊だ。
同行したコミンは、
「私が一緒でなければ、村に入れなかった」という。
バリ人にとっては、薄気味が悪い村のようだ。

こんな特殊な村の存在.....
ブンアリ達は、どうして知ったのだろうか。
それを考えると、またまた現地に行って調べたくなる。
もういい、もういい(笑)。
もうこの辺で調査を終わりにする.....オワリ
# by yosaku60 | 2017-01-31 09:52 | 帰らなかった日本兵 | Comments(0)

Pegayaman 現地調査報告(その3; 武器格納庫発見)

バリ島の残留日本兵を追っている私....
いつも思うことがある。

バリ人は歴史に興味を持たない。
村落間(隣村と...)の横のつながりが少ない。
村落の中でも村民相互間に情報の共有がない。
当時の文盲率は95%、文字で書き残す習慣もない。

で、調査は、現地に直接出向き....
それを知る人と直接に逢うより....方法がない。

ということで、Pegayaman の調査....
1月24日、午後一時、村に入った。
こんな処だ。
村の歴史に詳しい人を探していると告げると、
小学校の先生のムハジルさんに逢うことを勧めてくれた。
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小学校に行ってみた。
ムハジルさんは、家に帰っているとのことだった。
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若者に案内され、ムハジルさんの家に向かった。
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この人がムハジルさんだ。
会話はバリ語で行われた。
ムハジルさんは、ムスリムのハジという階級。
バリ語も尊敬語を多く使われ、コミン、少々難しいとぼやく(笑)。
そんな会話が交わされる中、次のことが解った。
1、日本人が作った武器庫が山の中に三つと川沿いにひとつある。
2、何人の日本人がいたかは知らない。
3、日本人の名前も伝わっていない。
4、山の武器庫の近くには、高い高い大きな木があった。
5、その木のてっぺんに人が登り近づく者を見張った。
6、その木は、大きすぎて、今は朽ちてしまって、もうない。
7、日本人は、住民に戦い方を教えてくれた。

やった!!
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若者の案内で山に向かった。
村内には、子供が多い。
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道路は迷路のように入りくんでいた。
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村はずれに出たように、思ったが....。
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まだまだ家が続いた。
子供が家の手伝いをしていた。
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昔は、小さい村だったらしい。
が、今は相当の人口があるようだ。
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やっと、村はずれに出た。
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で、記念写真。
左の若者、名前をワヤンハッサンと言う。
名前からして、バリヒンドゥーとムスリムの混在だ。
が、その彼、村民は100%ムスリムと胸をはる。
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山への上り道となった。
この時点で、少々息があがり気味。
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脇道に入った。
本格的に山に入るようだ。
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私は、ワヤンハッサンに続く2番手として山に入った。
が、前を行く、彼を見失った。
足が早すぎる。
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居た、居た!
ハーハー息をつぎながら追いついた。
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山の入り口に、こんな家があった。
これが最後の家、これから上は、家がないとのこと。
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これから上は、写真が少ない。
手があかない。
こんな段差をいくつも昇り降りするからだ。
上がる時は若者が手を引っ張ってくれ、
降りる時は、転げる体を下で受けてくれた。
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おまけに前方も見えない程の藪もある。
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で、最初に出逢ったのが、これ!
コンクリートの塊りだ。
武器庫だったとのこと。
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煉瓦造りだ。
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背後からみると、こんなんだ。
飛行機から爆撃されても壊れそうにないほど堅固だ。
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もう一つは、この藪の下にあるという。
が、足元のおぼつかない私は、崖を降りるのは無理だ。
コマンに行ってもらって、写真を撮ってもらうことにした。
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で、コマンの写してくれた写真がこれ。
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ここも相当に大きい。
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しかも発見されにくい藪の中にある。
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三つ目の武器保管庫に向かった。
そこへの道は、険しかった(で、写真がない)。
ちょっと、広い場所に出た。
で、出会った第3の武器保管庫がこれ!
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卵型の天井....日本軍のものそのものだ。
奥で右に続いた穴があるとのこと。
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それがあちら側の入り口に繋がっているとのこと。
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そう、左側にかすかに通路が見える。
これも日本軍の造りだ。
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最後に記念撮影....
横の若者、最初から最後まで私の手を引いてくれた。
名前も聞かず、名前を呼んでやることもしなかった(申し訳ない)。 
でも、ありがとう。
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pegayaman 調査の総括は、明日のブログ....
# by yosaku60 | 2017-01-30 08:58 | 帰らなかった日本兵 | Comments(0)

Pegayaman 現地調査報告(その2; イスラム教徒.....)

残留日本兵の中で、「ブン」がつく名前を名乗っているのは4名いる。
ブンアリ、ブンマデ、ブンチャング、ブンスラマットである。
ブンとは、イスラム教徒が使う呼び名である。

ブンスラマットは、マルカデ海軍大尉と共にジャワ島から来た日本兵である。
ジャワ島は、ほとんどがイスラム教徒である。
で、ブンスラマットの名乗った理由は理解できる。

が、残りの、ブンアリ、ブンマデ、ブンチャングは、バリ島に居た。
バリ島住民は、ほとんどがバリヒンドゥーで、イスラム教徒は少ない。
が、この3人は、イスラム教徒名を名乗っている。
何故なのか。

ブンアリであるが、林田隊の隊員だったことは、ほぼ解っている。
同じく、ブンマデだが、ワナサリで、ブンアリと共に戦死している。
彼は、最初から最後までブンアリと共に行動した。
で、同じく、林田隊の隊員で二人は戦友だったと思える。

ブンチャングは、途中から別の行動をとっている。
が、ングラライ軍にあって、特別小隊をひきいるほどの人物であった。
その経歴から、やはり林田隊の隊員だったと想像できる。

他に、バリ名はついていないが、気になる日本兵が4名いる。
原田、渡辺、田中軍曹、シンタロー伍長である。

この内の原田、渡辺は、1946年4月6日の「リンディキットの戦い」....
に、ブンアリと共に参戦している。
この二人も林田隊員なのだろう。

田中軍曹であるが、それから2日後の1946年4月8日、
パンクンバンカで、ひとりで8名のオランダ軍兵士を殺している。
時、場所の双方を考えると、彼も林田隊員なのだろう。

シンタロー伍長であるが、1946年6月19日、
パンクンバンカで、オランダ軍のトラックを襲い粉砕している。
場所から、想定して彼も林田隊員だったのではなかろうか。

ということは、名前が残っているだけで、
6名の林田隊員がいることになる。
一個分隊に近い兵員数だ。
死を覚悟した兵隊が、これだけおれば何でもできる。

で、かれらの潜伏地だが、
戦闘をおこした、パンクンバンカ付近だったのではなかろうか。
その潜伏地が、イスラム教徒の村であれば、なおさらに有力だ。

パンクンバンカというのは、古い地名で今は使われていない。
が、土地の者に聞くと、ギギットからワナギリの間という。
で、その間の村を調べてみる。
ギギットに近いところに、Pegayaman がある。

私の家のお手伝いさんのカデの実家は、
この近くのpegadungan 村である。
一キロ離れた隣の村がPegayamanである。

で、カデに聞いてみた。
pegayamanて、どういうところ?
....と、「イスラム教徒の村です」
「怖くて近寄らないので知りません」

一キロしか離れていないのに、知らないとは...んん!!
これなら、スパイの目からも逃れることができる。

当時は、独立派、独立阻止派の二つに分かれて、
バリ島中にマタマタ(スパイ)が暗躍していた。
で、秘密裏に潜伏するのは、大変だった。

ここだ!
林田隊員が数名まとまって、潜伏した地だ!
その地に、大量の武器を隠したに違いない。
ということで、Pegayaman の調査、即ち、

何人もの日本人が潜伏していたこと....
大量の武器を隠れ持っていたこと....

の痕跡があるかどうか、調べに行ったのです。
# by yosaku60 | 2017-01-29 11:48 | 帰らなかった日本兵 | Comments(0)

Pegayaman 現地調査報告(その1; 調査理由)

1月24日のPegayaman の調査....
思った通りのものが発見できた。
成功であった。

その報告だが、余りにも嬉しいので、勿体ぶりたい(笑)。
何回かに分けて報告したい。

で、今日のブログは、
何故に、この調査を重視したかの理由である。


私は、バリ島の残留日本兵を追跡調査している。
当然に、バリ島での独立戦争をも調査することになる。
同じく、ングラライ軍のゲリラ活動をも調査することになる。

ゲリラ活動には、1=人 2=お金 3=武器が必要である。
人は余るほど集まった。
お金は、日本軍から盗んだものがあり十分だった。
問題は、武器の確保であった。

ングラライは、ジャワ島から武器を持ち込もうとした。
が、武器を積んだ船のほとんどがオランダ軍によって海に沈められた。

武器をバリ人に渡すなという命令が出ていたにもかかわらず、
その命令をかいくぐって、バリ人に秘密裏に武器を流す日本兵がいた。
が、組織だっての譲渡ではなかったため、少量であった。

ングラライ軍の悩みは、武器不足だったのだ。

そんな中で、武器弾薬を確保していたのが、ブレレン隊だった。
ブレレン隊は、何故にそれほどの武器弾薬を持っていたのか。
そこで思いつくのがスンバワ島から来た林田隊である。

1946年1月2日、シンガラジャの兵舎より林田隊の数名が脱走した。
兵舎を護る福江中隊の兵士数名を射殺して、武器を奪い脱走したのだ。

なんと!
日本軍兵士が日本軍兵士を殺したのだ。
しかも、機関銃を乱射したとのこと、無差別殺人じゃないか!

写真は、その事件の現場....
今は、インドネシア軍の兵舎になっている。
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カミさんと一緒にいるのは、稲川義郎さん。
この写真の左側に建物がある。
事件のあった当日、稲川さんは、その建物の中で就寝していた。
機関銃の音で稲川さんは、飛び起きた! などなど...
稲川さんから、当時の生々しい話を直接聞いている。
が、痛ましい話、ここでは、余り多く語りたくない。

いずれにしても、
その時奪った武器がブレレンのどこかに隠されのだ。
それが、pengayaman の地であったように思ったのだ。

それを確かめるのが、pengayaman の調査だった。
なぜに、pengayaman と思ったのか....
明日は、それを書きたい。
# by yosaku60 | 2017-01-28 11:28 | 帰らなかった日本兵 | Comments(0)


常時ほろ酔い候
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