あけっぴろげてあらいざらいのあるがまま



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これもそうした事例かと思います。

昨日のブログでは、
マーケットリサーチなんてシンケンケン(どうでもいい)
てなバリ人の思考例を書いた。
今朝見たこれもそうかも知れない。

ここは大手のダイビング会社のビーチ店。
2年ほど前になるだろうか、
この場所に子供の遊び場を作った。

子供連れのお客がダイビングしている間、
子供をここに預けることができる。
そういう需要があるとのことで作られた。

が、2年もの間、オレは、
ここで子供たちが遊んでいる光景を見たことがない。
で、せっかく作ったものを取り壊し始めた。
d0083068_1042782.jpg

ここに台所を作って、
手前をレストランにするそうな。
by yosaku60 | 2015-03-31 10:43 | バリ島=社会・生活 | Comments(0)

なんとかならない場合もあるんです

日本人は、あまり使わないけど、
気にしない、なんとなかるさ……。
英語では、ネバーマインド。
スペイン語では、アシタマニヤーナ。
インドネシア語では、ティダアパアパ。

バリ語では、シンケンケン...
をオレが使うと、バリ人はとても喜んでくれるんです。
共感してくれるのでしょうね~。

でも、そうは簡単にいかない場合があります。
マーケットリサーチなんて、シンケンケン...
とやった末に、せっかくのお店が潰れてしまったのです。

マタハリツルビットのワルン群の中にある、
閉店に追い込まれた日本食ワルンです。
d0083068_11275247.jpg

看板を見てみると、
小さい焼き魚とおつゆとごはんの朝食セット、
が350円になっています。

今、日本では390円で立派な弁当が買えます。
聞けば、日本人が沢山来るだろう、
と店開きしたらしいのですが、
今の日本人、そんなにあまくありません...よね。
by yosaku60 | 2015-03-30 11:34 | バリ島=社会・生活 | Comments(0)

モーニングコーヒーを飲むいつもの店

6年ほど前から通っている、朝のコーヒーを飲むワルン、
のこの人……、名前も聞いたことがないので知らない。
年齢は聞いても言わないので知らない。
われわれ夫婦の間では「おばあちゃん」、
おばあちゃん本人には「ママ」と呼んでいる。
d0083068_8505693.jpg

ここも、注文なしで、
次のワンセットが出てくる。
れわれ夫婦の定番メニューだ。
d0083068_915046.jpg

左はカミさん用の紅茶。
次は、アボガド(2個)、血圧降下用として頂いている。
アボガドは結構に高い。
スーパーで買うと一個、50円はする。
次は、おばあちゃんのお任せ...日によって違う。
右は、オレのバリコーヒー。
これで、〆て200円...いつも定額払いだ。
おばあちゃんが損をしているかも知れない。
で、時々お礼に「好きだよ」と言う。
と、おばあちゃんは、時々、果物のお土産をくれる。
by yosaku60 | 2015-03-29 09:13 | バリ島=レストラン | Comments(2)

ワニという名の果物

写真は、コマン、45歳...の
出身地は、クルンクンから山に向かったアグン山麓。
彼は月に一回は田舎に帰る。
で、サヌールに戻る時は、何がしかの果物を持って帰る。
そして、そのお裾分けを頂くことがある。
今回は、これ(写真)……
「ワニ」という名の果物らしい。
d0083068_10262742.jpg

食べてみたお味……
ヨーグルトの酸っぱさを少なくしたような、であった。
ただ、味音痴なオレのこと。
こういう表現で「ワニ」を評したことに自信なし。
by yosaku60 | 2015-03-28 10:31 | バリ島=社会・生活 | Comments(0)

ビール代無料.....なんちゃって

今朝のビーチでこんなの見つけた。
明日はビール代無料.....
d0083068_12315925.jpg

「どうして?」
「明日は何があるの?」
掃除中の店員さん(写真)に聞いてみた。
......と、
この看板、いつもこう書いてるの、という。
「ってことは、永久に明日ってことか」
そう、と言って笑う。
d0083068_12362295.jpg

ここにも、なんでもあり.....のバリがあった。
by yosaku60 | 2015-03-27 12:36 | バリ島=その日のできごと | Comments(0)

船の建造費(船体価格)

昨日のブログで書いた船体の造り直し費用。
大体、100万円と書いた。
いい加減に書き飛ばしたものでもない。
根拠があって書いたものだ。

次の写真を見て欲しい。
長さ8.9m、幅1.5mの、この船.....
艤装品も含めた船体価格、65万円である。
かの潜水艇?は、この倍以上あるが、
もっとも価格の高いアウトリガーは、今のものを使える。
んで、ざっくりと100万円としたのだ。
d0083068_10483740.jpg

この船、発注したのは、
ロンボク島に住む中国人(華僑)である。
これから開けるロンボク島への中国人の投資熱はすごい!!

てな、お金持ちの話は、どうでも良い。
どうでも良くないのは、この船を作っている造船屋だ。
次の写真を見て欲しい。
この手前の船は、船体価格35万円。
エンジン2機をフル装備しての総額80万円。
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この手前の船を発注したのは、オレの友人(バリ人)だ。
友人曰く、最初20万円の手金を打ち船を造らせた。
が、途中で造船屋に、
「お金がないので全部払って欲しい」と頼まれ、
35万円全額を渡した.....が、
あと少し残して工事をストップしているそうな。
それから、すでに半年が経っている。

そのうちに、
ロンボクの中国人の65万円の船を造り始めた。
友人の船の工事はずーと止まったままだ。
オレの前で口を閉ざすが(バリ人はバリ人の悪口を言わない)
友人は、どうも、次のように思っているようだ。

造船屋....め!
前払いしたお金は生活費に消えてしまった。
新しい船を受注してその手付金で暮らしている、
に違いない.....その繰り返しで、結果として、
造りかけの船体ばかりがごろごろしている。

であれば、ちょっと笑い話だが、
お金だけとられて、なかなか出来上がらない、
ことで造船屋を責めない友人の寛容さに驚く。
ケチなオレには、絶対できない芸当だ。
by yosaku60 | 2015-03-26 11:22 | バリ島=物価・修理費 | Comments(0)

潜水艇?その後

先日、ブログに書いた潜水艇?「プリ・サントリアン号」
潮が引いて砂浜に上がっていたので、近寄って見た。

と、新しく張っているデッキ.....と思ったのは、
そうではなく、剥がしている途中のデッキであった。
d0083068_9501113.jpg

「剥がしかけ」でデッキがむき出しに見えたので、
「作りかけ」のデッキに見えたのだった。
潜水艇?は、早とちりであった.....申し訳ない。

しかるべく人を見つけ聞いてみると、
解体し船体を作り直すそうな。
多分、100万円ぐらいするだろう....大変な出費だ。

が、考えてみると、
お金持ち(ホテル・サントリアン)が被る、
新しい仕事の創生であり世の中のお金をぐるぐる回す、
という、バリ人にとっては、嬉しい話かも知れない。

今朝のビーチで、こんなのにも出会った。
「何をしてるの?」
「ここを石のブロックで埋めるんだ」
「どうして?」
「この砂場に足を入れて転ぶ人がいるんだ」
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こんな危険.....
ウッドデッキを作る段階で判っていそうなもの?
なのに、どうして.....と思うが、これが「バリ」だ。
やってみて失敗なら、修正すれば良いだけ....

次のんも今朝の写真。
作ったウッドデッキ(奥にみえるところ)が、
なかなか良い感じなので、
延長し全面に貼ることにしたんだそうな。
ここバリでは.....
事前検討てな面倒なんは、いい加減でいい。
何故?
訂正や修正は、おちゃのこさいさいだからだ。
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by yosaku60 | 2015-03-25 10:16 | バリ島=その日のできごと | Comments(0)

バリ島における独立闘争(まえがき)

インドネシア独立戦争のバリの英雄、
ングラライの独立戦争がどのようであったかは、
過去に述べて来た。

私のホームページを見ていただきたい。
http://www3.nsknet.or.jp/~yoji-yoko/
次のように仕分けて纏めている。

1、歴史が作る民衆心理
2、風土が作る民衆心理
3、教育が作る民衆心理
4、数々の戦い
5、ププタン・マルガラナの戦い


なぜ、このように「民衆心理」を細かく語ったのか。
独立闘争が民衆に浸透していない理由を述べ、
そんな中でのングラライの独立闘争が、
如何に大変であったかを書きたかったのだ。

 (註)
 1~3、の民衆心理は自分の見方で書いたが、
 4、の数々の戦い と
 5.のププタン・マルガラナの戦い
 は、マルガが出している一冊の本の翻訳
 であって私の個人的見解は入っていない。

詳しく民衆心理を分析したのは、
実のところ、もうひとつある。

書きたくても書けなかったのだ。
この書けないもどかしさを
民衆心理を細かく書くことで、
何とか帳消しにしたかったのだ。

何故に書けなかったのか。
バリ人が書いてないものを外国人のオレが、
さも知ったかぶりして書くことが遠慮されたのだ。

が、今、バリ人が正直に書いているのが見つかった。

既にブログでも発表したが、
稲川義郎氏訳の
「Genpilan Perjuangan Phisik Pasukan Induk Ngurah Rai」
の本である。

この本は、
ングラライの事実上の参謀として行動を共にした、
I Gusiti Ngurah Pindha 少尉が書いたものである。

彼は、戦争後も生き残り、
1965~1970年には、バリ州副知事を務めている。

彼が書いたこの本は、ングラライ軍の闘争の現場報告でもある。
そこには、オレが感じていたことがきちんと書かれていた。


感じていたこと…….
もうそろそろ、全部吐き出したい。

ングラライの独立戦争は、
バリ人とオランダ人との戦いではなく、
バリ人同士の戦いであったということだ。

と書くのは言い過ぎだろう。

オランダに反対するバリ人と
オランダ人に言いくるめられたバリ人との、
戦いであったと書くのが正確だろう。

このことは上記の本を読む前から判っていた。
が、バリ人に遠慮して書けなかったのだ。

だって、単純に考えて見てもわかる。
オランダなんて…..
オランダ国の英語名はネザーランド
なんでネザーランドなのか、原語が何語か知らないが、
確か「低い土地」という意味である。
オランダなんて、ほとんどが埋め立て地で、
それでやっと九州程度の大きさを維持している。
ヨーロッパの小国なのだ。
人口も少ない筈だ。

そんなオランダが、どうしてインドネシアのような、
大地域を350年にわたって植民地として支配できたのか。
インドネシアの各階層をうまく競わせながら支配してきたのだ。

バリでの独立戦争でもそうである。
小さい国土、少ない人口で、ジャワ島・スマトラ島・バリ島….
など全てで独立戦争に対峙するなんてできる筈がない。
インドネシア人・バリ人を利用した筈だ。

と思いながらも、
オレが思う状況証拠に過ぎなかった。
が、上記の本で状況証拠だけではないことが立証された。
書かれた中から、ひとつだけ拾ってみる。

……

ングラライ軍は、常時300名以上の軍勢がいた。
これだけの軍勢での遠征で困るのが食料の確保であった。
が、オランダ派の住民が多く難しかった。
で、ある時、
どうしても食料を分けてくれない村民に、
ングラライ軍の一部隊がオランダ部隊に成りすまして、
食料をもらうことができた。
という話が書かれている。

何故に、バリ兵がオランダ兵になりすますことができたか。
インドネシア人とオランダ人の顔は、
誰がみても違うことはあきらかである。
ということは、
オランダ軍側のバリ人がいたということである。
でないと騙せない。


先のブログにも書いたが、
実際に独立戦争を戦った兵士である、
ライ・スサンディさんと話した時、
「10人中8人はオランダ側であった」
と、当時の状況を語っていた。

いろいろと調べるにつけ、
私は、直観として、
それ以上と思っている。

ングラライが行った独立闘争時のバリの社会は、

独立無関心派:5割
王様に従うオランダ軍派:1割
理由の如何を問わず一般民衆のオランダ軍派:3割
ングラライに同調する独立派:1割

であったのだろうと思う。
今私は、
私のこうした直観が合っているかどうか、
調べたいと思っている。

そして、もし、それが事実であれば、
そうした過去を乗り越えて現状を作れているバリ人....
に敬意を払い思いを馳せて結論を結びたいのだ。

過去を思うこともことも大事だが、
過去を忘れることも大事なのだ。

そうできているバリに思いを馳せ、見習う意味で、
小さいことでうごめいている、日本のマスコミ、韓国に
猛省を促したい思いもある。

バリ島がもし韓国であれば、
未だに、親オランダ派と親独立派との、
闘争が水面下で続いているに違いない。
絶対に忘れない(笑)

が、バリ人は、
バリ人どうしの戦いであったなんて、
すぐに忘れる(笑)

閑話休題.....

調べるには、現地に行き、
今も生きている人に逢って聞きたい。
結果を書くことができるようになるかならないか、
今はまだわからない。


……

たった今、ある電話があった。
バンギ地方にバンバン(Bangbang)という町がある。
ングラライ軍300名がアグン山の麓の、
サム(Samuh)という村に潜んでいる時、
16キロ離れたバンバンの村人が、
オランダ軍に隠れて食料を運んだという記録がある。

ングラライ軍のサムでの滞在が伸びたため、
それはそれは大変な食糧運搬だったそうな。
隠密運搬なので一般道路は使えず、丘を越え谷を渡る。
それも夜に出発し明け方着く、夜中の行進だ。
若者でしかできなかったはずだ。
であれば、食料を運搬した誰かが、
まだ生きているのではないだろうか。

と思い、地元に近い街の知り合いを通じ、
そういう人を探して欲しいと頼んでおいたのだ。
それが今しがた「そうした人物が居る」との電話があったのだ。
近々、バンギに行ってお会いしたい。

お会いして、その苦労を聞けば、
当時の状況を把握できる部分があると思うのだ。

ングラライ軍と行動を共にした、
残留日本兵のことも再度掘り下げてみたい。

バリ島における独立闘争….の「まえがき」と謳いながら、
話が尽きなく伸びていきそうだ。
この辺で終わる。

この話、机上ではなく必ず現地調査を経て書きたいので、
いつになったら書けるようになるか、
もしかしたら書けないかも知れない。
が、それを承知で「まえがき」を書いた。
結果を書けなくなったら、書けなくなった時である。
その時はお許し願いたく。
by yosaku60 | 2015-03-24 12:13 | バリ島での独立戦争 | Comments(0)

モーニングコーヒーを飲む新しい店

バリに来て何がいいかと聞かれると、
真っ先にあげるのが「朝のビーチの散歩」。
そして、その散歩を始める前に、
コーヒーを飲む時の「至福のひととき」である。

で、この至福の時間を過ごすワルン....
サヌールビーチの中と南の2か所にあって、
どちらも5年以上通っていた。
が、残念なことに南のワルンが、
店主の都合で、土・日しか開かなくなった。

代わりのワルンを探さねばならない。
であれば、今度はオレにとって未開発の北の方を探そう。
と、先日来、物色していた。

んで、見つけたのが、次の店。
カミさんがポツンと座っている、右の店。
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ワルンの名前は「マデの店」
マデは、女将(おかみ)の名で、この人、40歳。
d0083068_10204435.jpg

何度か来て、同じものを注文するうちに、
今では、注文しなくとも、座っただけで出てくる....

いわば、
我々夫婦用のワンセットが次の4点。

一部飲んでしまったあとだけど....
左から、ミルクコーヒ(カミさん)
テー・マンゴステン(夫婦共用)、半熟卵(夫婦共用)、バリコーヒ(オレ)
d0083068_10492065.jpg

テーマンゴステンは、
マンゴステンの皮を干したものをお湯に入れた出し汁。
身体にいいからと勧められたままに頂いている。

半熟卵(2個)は、野で遊ぶ鶏が産んだもので、
普通は売っていないそうな。
これも身体にいいからと勧められたまま頂いている。

この4点で、〆て200円.....
値段も嬉しいが女将との会話も楽しい。
by yosaku60 | 2015-03-23 10:40 | バリ島=レストラン | Comments(0)

ニュピ明けにバリ人を想う

ニュピ明けは、本日の午前6時。
午前6時までは家に居なければならなかった。
見張りまでいて、それはそれは、厳しい。
が、6時を過ぎた途端に外に出られる。
午前6時、さぞかしや人々は、解放感にあふれ....
外に飛び出すのではなかろうか、
しかも、今日は、日曜日。
ビーチは、きっと、人、人、人に....
と思い、それを見にムルタサリビーチに行ってみた。

着いたのが、午前7時。
思ったとおりであった。
たった一時間後なのに、こんな人出が....
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さらに、どんどん増えている。
んで、よーく見ると、断然に女性の割合が多い。
例えば、こんなの....
ここには二つのグループが写っている.
この中で、男性は一人だけだ。
d0083068_1146897.jpg

男を探してみた。
いた、いた!...こんなの。
でも、男って、みんなひとりぼっちみたい。
d0083068_11492393.jpg

この傾向に何か理由があるのだろうか。
ある家族連れの男に、理由を聞いてみた。
「そんなこと思ったこともない」と言って笑われた。
そうだった! 
バリ人はこういうこと深く考えないんだった。
訊くのが野暮ってことだ。

さて、一時間ほどビーチに居たろうか。
いつもの人と逢って話したり、
いつもの犬と遊んだり、
いつもの牛に食べ物を運んだり、
して帰ろうとすると、既にこんなにもバイクが....
オレのバイク、どこだろうか?
d0083068_1653156.jpg

なんとかバイクを引き出して、
ビーチからの帰り道にいつもの交差点を通る。
交差点は悪霊の集合場所...で、見て下さい。
いつもならお供えのチャナンが、
うずたかく積まれているのに、
今朝は、全然ないのです。
d0083068_11541737.jpg

夕べ、この付近の悪霊は、
みんなオゴオゴ人形の中に入ってしまって、
ここには悪霊がいません。
で、お供え物をしてないのでしょう。
......誰に聞いた訳でもないのですが、
バリ人ならばそういう風に考えるはずと思うのです。

それが証拠に、
ここから5メートルほどの街の角、
ここは悪霊が住むところではなく神の住むところ、
で、見て下さい。
チャナンがうずたかく積まれています。
d0083068_1262611.jpg

悪霊と神....
バリ人にとってはどちらも大事なもの。
でも、きちんと分けているようです。
当たり前かも知れないけど、
それが習慣化しているバリ人に敬意を表します。

  実は上の写真(交差点のもの)には写ってないのですが、
  目立たないところに、一つだけチャナンが置かれているのです。
  しかもお線香から煙が出ているので、
  つい今しがた誰かが供えたものです。
  誰かわかりませんが、悪霊がまだいると思ったのでしょう。
  きちんとしているようで、こういう人がいても許されるのです。
  全てに100%のルールなんてない....と、
  少しのはみ出しを容認するのもバリなのです。
  こうした寛容さもバリ人、バリヒンドゥの特徴です。
  これも私の中で敬意を表する理由に加わるのです

敬意の理由をもう少し掘り下げます。

私は、一応仏教徒です。
ですが、葬式宗教になってしまった、
最近の日本の仏教に不満を持っています。

エゴに走って間違いを起こしやすい人間に、
ブレーキをかけてくれる意味で、
宗教は大事なものと思っております。
そんな大事なものであれば、
宗教は形式的であってはならないのです。

翻って、バリ人の場合、
宗教感そのものが人生感になっています。
社会や人生を宗教感に沿って受け止めているバリ人....
バリ人は死を恐れていないように見受けます。
病気になっても、死を迎えても....
そういう運命にあったのだと受け入れるのです。
その受け入れ方が見事です。

バリ人も家族の死に直面すると悲しみます。
当たりまえですよね。
ですが、その悲しみを長く引きずるようなことがないのです。
少なくとも、私からはそのように見えるのです。
なかなかできることではありません。

最近の私、
バリ人のバリ人的思考を追っています。
65年前のングラライの独立戦争当時の
バリ人を知りたいからです。

上記のバリ人への敬意は、
これら私の追跡(思索)の経緯から出ています。
いずれ、まとめてブログに書ける日が来ると思います。
by yosaku60 | 2015-03-22 12:07 | バリ島=社会・生活 | Comments(0)


常時ほろ酔い候
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