あけっぴろげてあらいざらいのあるがまま



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バリ島の世界遺産(ペクリンサン川流域のスバック景観)

d0083068_1113312.jpgバリ島の世界遺産、最後の紹介、
ぺクリンサン川流域のスバック景観です。
右の区域です。
そら豆のような形のこの区域、
タンパクシリンという大きな町があります。
区域の大部分がタンパクシリンですが、
南の方の一部はギャニアールに入っています。
が、西のテガラランは、含まれていません。
ですから、
ウブドからテガララン棚田を観に行くツアーを
世界遺産見学と謳っているのは間違いです。

さて、この区域の見所は次の二つです。

1、ティルタ・エムプル

沐浴すると病気が治るとされる聖なる水の湧く場所で、
バリ人にとっては、神聖な処です。
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但し、最近では単に娯楽として沐浴する外国人が増えてきたように思えます。
沐浴した後は、土産屋群を抜けないと外に出られないようになっています。
5年前は、もっと静かな処でした。
d0083068_117174.jpg今や観光地化したティルタ・エムプル。
病気を治したい一心で、
ここを訪れるバリ人は、
どう思っているのでしょうかね~。

2、グヌンカウイ

3枚の写真で紹介します。
300段の階段を下りると谷底には、
昔の王家のお墓(と言われています)、
で、東の谷底に王様のお墓(右写真)、
西の一段上がった処に、
王女様のお墓があります。

d0083068_1110833.jpg左の写真は、谷底です。
清流ですが急流ではありません。

右下の写真は、
谷底からほんの少し上にある、
小さな棚田です。

大木と岩に囲まれて、
太陽の日が届きそうにない、
こんな谷にも棚田があります。
この写真を撮っている私も
棚田の畦に立っています。


300段の階段の途中には、土産店が並んでいますが、
この地の土産店は、ティルタ・エムプルほど、しつこくありません。
階段を登る途中、
d0083068_11105486.jpg両側に棚田が広がっております。
が、急階段なので息が切れて
景色を観る余裕がありません(笑)。
これまで五回ほど来ています。
もっとも最近は、
今年の10月に訪れました。
が、これが最後です。
谷底に降りるのは、
行きは良いが帰りが怖い....
と、年齢を思い知らされる、
意地悪なグヌンカウイ!!
もう、これっきり
訪れることはないでしょう(笑)。

さて、みなさん、今年も今日が最後です。
今年一年、つたないブログを読んでいただきありがとうございました。
良い年をお迎えくださるよう、お祈りしています。
by yosaku60 | 2013-12-31 11:32 | バリ島=世界遺産 | Comments(2)

サヌールには11のビーチがあります

私の住むサヌールの海岸.....
総延長6キロの石畳のプロムナードがある海岸です。
単にサヌールビーチと呼んでいますが、
地元民は次の11のビーチに分けて呼んでいるそうです。
そうです........とあやふやに書いたのは今朝方初めて知ったからです。
なんとなく知っていましたが、あらためて全部を聞き取りました。
名称が全て合っているか確認していませんが、
過去の写真から探し出して、全てをアップしながらを紹介します。
北の方から順に紹介します。
まずは、もっとも北方の「マタハリツルビット・ビーチ」。
沖に珊瑚礁がないため、島々への小型連絡船が発着できる海岸です。
イスラム系の地元民が特に集まってくるように見受けます。
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次いで「バリ・ビーチ」。
バリビーチホテルの専用ビーチです。
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次いで、私の家からもっとも近い「スガラ・ビーチ」。
ビーチとしては、9つの中でもっとも短いように思います。
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4番目は、「シンドゥー・ビーチ」
観光客、地元民ともに集るビーチで、
近年特に賑やかになってきております。
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次いで、「カラン・ビーチ」
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6番目は「ハイアット・ビーチ」
バリハイアットホテルの専用ビーチです。
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次いで「スマワン・ビーチ(又は、クスマサリ・ビーチ)」。
サヌールを熟知する外国人が集るビーチです。
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「サントリアン・ビーチ」。
プリー・サントリアンホテルの専用ビーチです。
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次いで「サヌール・ビーチ」。
大半がサヌールビーチホテルの専用ビーチです。
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次いで、「メリキュール・ビーチ」。
ホテルメリキュールの専用ビーチです。
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最後は「ムルタサリ・ビーチ」
地元民のみが来るビーチで、私がもっとも好んで立ち寄る処です。
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by yosaku60 | 2013-12-30 10:22 | バリ島=地方・景勝地 | Comments(0)

バリ島の世界遺産(バトゥカル山のスバック景観:その4)

ということで、バトゥカル山周辺のスバック景観、
の先ずは、メインビューである、ジャティールイ、
の緑の棚田です。
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水が張られた光景も素晴しいです。
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が、なんと言っても、
素晴しいのは、刈りいれ直前の黄金色のジャティールイです。
昨年、兄がバリに来てくれた時に見ることができました。
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ジャティールイの入り口のアンスリーの棚田と温泉です。
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ジャティールイから展望する棚田の奥の方です。
mengesta という村の谷を東側に下りると温泉があり棚田があります。
温泉の名はなく、地元民は「アイルパナス(温泉)」と言うだけです。
d0083068_632380.jpg

温泉ついてきたので、ついでにもう一枚....イエ・パナスと呼ばれる温泉です。
この地もタツノオトシゴの足の先の方ですが、世界遺産の範囲に入っております。
温泉の周囲は渓谷ですが、温泉入り口の道路沿いに棚田が点在しています。
d0083068_6404551.jpg

ということで、
バトゥカル山の南側ふもとは、どこに行っても棚田が点在しております。
それらが全て世界遺産の対象です。
ですが、「ルフル・バトゥカル寺院」も世界遺産として広報している例もあります。
厳密に言えばそうではないことお分かりいただけたかと思います。
by yosaku60 | 2013-12-30 06:24 | バリ島=世界遺産 | Comments(0)

バリ島の世界遺産(バトゥカル山のスバック景観:その3)

ところで、タツノオトチゴの背中のギザギザ.....
何故に世界遺産の登録範囲にこんなギザギザ線を描いたのだろう、と思いませんか。
それが知りたくて、胸の部分だけを抜書きして等高線を引いてみました。
少しだけある標高の表示を想像を逞しくしてなんとか連ねて引いた等高線です。
d0083068_6522113.jpg

解りました。
1800m以上の山の南面を示すギザギザでした。
何故に南面なのか。
山に降る雨がジャティールイの方に集る、
その斜面であることの意味だろうと思われます。

そうなんですよネ~
全てジャティールイの棚田に結びつける構成なのですよネ~

ここからは、私の想像ですが、
バリ州は、バリを代表する美的景観として、
ジャティールイとキンタマニーの二つを世界遺産にしたいと思ったのではないでしょうか。
が、二つを別々に登録申請する訳にはいきません。
で、考えたところ、
この二つを結びつけるキーワードは、「水」であると思いつきました。
であるならば、
ジャティールイの範囲としては、
水の源(地下水)の二つの湖を含め、
降水が山の斜面を滑ってジャティルイ付近に集る水路、
さらに、その水の行き着く先として、
タツノオトシゴの足の部分まで含めた範囲を設定したのではないでしょうか。

そして、「水」が共通項であることを意識し、

1、キンタマニーの水の女神
2、水の女神を祀るウルン・ダヌ・ブトゥル寺院
3、水の寺としては最大であるタマン・アユン寺院
4、聖なる水のティルタ・エンプル
を加えたのでは、ないでしょうか。

4、のティルタ・エムプルに関しては、
登録名として、ペクリサン川流域のスバック景観としています。
具体的には、グヌンカウィ付近の棚田を言っているのでしょうが、
バリ島ではどこにでもあるような小さな棚田です。

世界遺産として登録する場合の申請の仕方として、
スバックというシステムを強調する案が出されたのは、ユネスコ側からでした。
それに呼応して、「ペクリンサン川のスバック景観」と名づけただけと思うんです。
目的はそうではなく、水を共通項にした、聖なる水のティルタ・エムプルと、
ついでに(笑)その直ぐ至近にある、グヌンカウィの谷底の景観を
ひっくるめて範囲を描いたってのが実情だったのでないでしょうか。
by yosaku60 | 2013-12-29 06:38 | バリ島=世界遺産 | Comments(0)

バリ島の世界遺産(バトゥカル山のスバック景観:その2)

タバナンのこの付近は車で縦横に走った経験があります。
言ってみれば、土地勘のあるところでした。
で、その荒々しさから比較的に若い土地と捉えていました。
が、ブヤン湖が古代カルデラの湖だということを文献から知りました。
ということは、
古代カルデラが長い期間かかって浸食され分りにくくなり、
そこに新しい火山があって更に古代のものが見えなくなった、
とうことであろうと思うのです。
これを見やすくするために、
世界遺産の範囲の例のタツノオトシゴを横にして、
頭、胸、腹、足と4等分してみました。
それを縦に輪切りにして標高を表す図を描いてみました。
この二つをつらつら眺め.....
この地を車で走って見分した景色を合わせ,.......、
独断と偏見で想像してみると......、
古代のモノと新しいモノとの関連がわかるような気がするのです。
同時に世界遺産の大体が見えてくるのです(後述)。
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1、頭の部分(右半分が古代)

右端を見てください。
頂上の先が尖っております。
実際に車で走ると分りますが、頂上には車が通れる道が一本あるだけです。
左の崖下には、ブヤン湖、タンブリンガン湖が見え、
右の崖は、それこそまっさかさまに落ちるような急斜面の谷底です。
外輪山がこのような尖った形になるまで浸食されたということです。
年代の古さを感じます。
まさに文献にいうように古代カルデラの跡地です。
で、湖の湖面の高さですが、外輪山(1300m)から100mほど下方にあるので、
1200mとして、図示して見ました。
この付近は、毎日かならず一回の雨が降ると言われるほどの多雨地帯であり、
湖への雨水の補給は十分にあるのだろうと想像します。

2、胸の部分(全体が新時代)

2000m級の山が3山あります。
どの山も新時代の山であり、山すそは急斜面で降る雨は直ぐに下に流れ、
伏流水を溜めるような地形にないのだろうと想像されます。

3、腹の部分(新時代、古代の混在)

標高800m~500mの傾斜地です。
時おり削り取られた谷底もありますが、
全体として丸みを帯びた丘陵地が多くあります。
古代の扇状地の峰や谷が浸食されて丸みを帯びた丘や谷になったのだろうと思われます。
地下水となったブヤン湖の水がどこに溢れ出すのか.....
北の方は急斜面なので標高1000mの地点のように読み取れますが、
南の方は、緩やかな斜面で距離もあるので標高800mの地点のようです。
800mというと、世界遺産のメインである棚田のジャティルイの標高です。
高地ではありますが山すそでもあり、なだらかな丘の全体が棚田になっており壮観です。

4、足の部分(新時代の中に少々の古代あり)

標高500m~300mの緩やかな傾斜地ですが、
小さな川が、この地では数十本が合体し、水量多い急流となって、
斜面を浸食し渓谷を作っているように見えるのです。
谷底に大きい岩がごろごろしている川に出合うのがこの地です。
意外と山に近い腹の部分よりも荒々しい地形があるような気がします。
その間隙を縫って、狭いながらも斜面には棚田が点在しています。
by yosaku60 | 2013-12-28 12:51 | バリ島=世界遺産 | Comments(0)

バリの世界遺産(バトゥカル山のスバック景観:その1)

次はウィキペディアに掲載のバリ島の世界遺産の範囲である。
バトゥカル山のスバック景観の範囲が最も大きい。
言わば、世界遺産のメインポイントである。
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何故にこういう範囲を描いたのだろうか。
ブヤン湖、タンブリンガン湖が含まれているが、何故に湖も含まれたのか。
メインはスバック景観ではないのか。
ブヤン湖、タンブリンガン湖なんて、景観が良い訳ではない。
湖が選ばれるのなら、何故にブラタン湖が含まれないのだ。
なんて、疑問がいっぱいある世界遺産登録範囲だ。
この疑問を解決するには、まずはこの範囲を正確に知ることだ。
てんで、上図を私の地図帳に写し取ってみた(右下)。
d0083068_9285872.jpgこの絵を描きながらオレ、これってタツノオトシゴじゃん!
と思いついたのです。
みなさん、そう思いませんか。
だって、背中のギザギザまであるんですよ。
これに、口を伸ばして、尾をくるりと丸めれば....
そうでしょ!
タツノオトシゴです(笑)。
さて、そのタツノオトシゴの頭ばかりを
集中して調べてみました。
インドネシア語の次の記述がありました。
こんな難しいのは正確に読み取る力がありません。
でも、オレのブログの読者、
インドネシア人(日本語科)もいるのです。
その人らのために、
インドネシア語をそのまま写し取って書きます。
そして、日本語では、
その翻訳の大意だけを書くことにします。
適当にごまかしておおよそを書くのであればできるんです。
ですから、日本語訳を全面的に信用しないでください(笑)。
次のインドネシア語です。
Komplek Gunungapi Buyan - Beratan
Gunung Buyan - Beratan adalah komplek pegunungan di bagian tengah Bali, dan puncak-puncak gunung yang saat dapat kita lihat seperti membentengi daerah tersebut merupakan bagian dari gunungapi Beratan Buyan purba. Tetapi karena proses geomorfologi juga terjadi di sana sepeti terjadinya proses denudasi, sehingga kenampakannya kini telah berubah dan kaldera gunung beratan buyan kini kenampakannya tidak sejelas kaldera yang terdapat di Gunung Batur. Daerah ini mempunyai kemiringan yang landai sampai terjal di beberapa tempat. Daerah ini berada di dataran tinggi yang subur sehingga lahan di daerah Candikuning dan Pancesari dominan dimanfaatkan untuk lahan pertanian.

この大意ですが、

ブラタン、ブヤンの山の頂上は、要塞のように見えますが、
侵食が繰り返され外観が変化しており、
バトゥール山のカルデラほどはっきりとしていませんが、
やはりカルデラであり、古代のブラタン火山、ブヤン火山の一部です。 
この地は、ところによっては急斜面、ところによっては緩やかな斜面を
もった傾斜地であり、農業に適した肥沃な高地です。

と、しておきます。
まあ、翻訳はともかく、驚いたことがあります。
ブヤン湖もカルデラの中の湖だったのです。
それが分って、地図をみなおしてみると、いろいろと思いつくことがあるんです。
またもや私だけの勝手な思いですが、次はそのことを書くことにします。
by yosaku60 | 2013-12-27 09:37 | バリ島=世界遺産 | Comments(0)

急遽、ヌサペニダ島に行って来ました。

バリ州のクルンクン県なのに、まだ一度も行っていないヌサペニダ島。
今年中には行くと決めてたのに、もう12月。
実行力のあるところをカミさんに見せておかないと後々何を言われるやら、
ってんで、昨日、急遽ヌサペニダ行きを決行しました。
何をするためなんてありません。
まずは、ためしに行ってみただけです。
友人のMさん曰く「ヌサペニダには15年前のバリがある」
てな言葉を頭におきながら、出発したんでございます。
たった5時間の滞在でした。
語ろうにも全てに浅すぎる体験です。
写真を載せながら、紙芝居風に軽く報告いたします。
出発は朝の8時、写真は乗船したスピードボート、料金750円でした。
例によって「料金いくら」なんて聞いてはいけません。
黙って750円払うだけでいいんです。
聞くとぼられますからね。
失敗はズックを履いて行ったこと。
海の中にちゃぶちゃぶ入って乗船するんですから脱いで履くのが面倒です。
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乗船時間30分、着いたのがトヨパコ(Toyo pakeh)という部落。
こういうところでした。
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サヌールへの最終便は午後2時という。
約5時間ならばということで、500円でバイクを借りて、散策開始。
まずは東に向いて走る.....何故に東なのか。
西はレンボガン島に近く観光客が多そうなので反対方向の田舎に向かったのです。
こんな道でした。
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ちょっとした町がありました。
あとで調べてわかったのですがサムパタンという町です。
これがヌサペニダで一番大きな町なのだそうです。
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海岸を走り、山道に入り、また海岸に出ました。
ここは何処なのだろう。
おばあちゃんの後にある看板に気付き、バイクを止めました。
おばあちゃんは、あまり言葉が通ぜず、左の女の子が応えてくれました。
ここは何処なの?
「・・・・・」何か行ってるけど聞き取れません。
どこか観る所ない?
「ここから100m行けば洞窟があるよ」は、聞き取れました。
何の洞窟?
「お寺があるよ」
そうか、ありがとう、写真撮らせて...
というと、怖いのか恥ずかしいのか顔を隠しました。
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さて、来て見ると、こんな看板(お寺)がありました。
付近のワルンでサロンを借りて入ってみることにしました。
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階段が何段あるのだろうか。
途中でくたばりながら、上に上がると人がいっぱいで、お寺に入れません。
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人を掻き分け掻き分け、中を覗くと6畳間ほどの岩場に
人がいっぱい詰め込まれてお祈りしている最中でした。
階段の途中で止まっている人は、お祈りの順番待ちなのです。
下に降りて、ワルンの親父に、
「人がいっぱいいて中に入れなかった」というと、
「じゃ、裏から廻って中に入ったら」というのです。
そして、オレのバイクに乗れ、とあくまでも親切です。
その言葉に甘えて、相乗りして裏山に....
裏山の一角にも別の階段がありました。
写真は階段を昇り始めたオレを下から心配そうに見ている親父。
アリガトウ、親父さん!
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階段を登りつめたところの左側至近、突然に真っ赤な装飾。
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右を見ると、なにやら番人みたいな人が二人。
「入っても良いですか」....「どうぞ」
ってんで洞窟の中に入りました。
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広い....広い! そして天井が高い....高い!びっくりです。
200mほど進んだでしょうか。
なにやら明るくなっているので、近づいてみました。
と、なんと洞窟の中でもお祈りの最中なのです。
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そのお祈りの集団を超えて進むと、
また別のこんなお祈りの集団が....
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さらに進むと、またも別のお祈りの集団が....
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ちょっと離れたところで、一人だけでお祈りしている人も....
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なんと、お祈りだらけなのです。
しばらく進むと、だんだんと天井が低くなってきました。
行き止まりかも知れない、戻ろうかな?
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と、思いながらも勇気を出して前に進むと、
前方の岩の合間から小さな明かりが漏れていました。
何とか人が1人抜け出せそうな広さです。
岩に身体をつぶされながら上半身を明かりの方に出して見ると!
なんとなんと、最初に登ったときの6畳ほどの岩場のあのお祈り場でした。
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ここまで来たら引き返せません。
お祈りしている人の服の端を踏みながら、
「ごめん、ごめん」と、ジグザグに6畳を抜けて、外に出ました。
結局、山の裏から表に洞窟を通って抜け出たということです。
冷や汗ものでしたが、カミさんがいないから出来た冒険でした。
んで、昼飯ですが、やはり冷えたビールが飲みたい。
と、ped という街にある「Ring sameton inn」に。
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写真は従業員からボスと呼ばれているウチッさん。
ナシゴレンとビールの昼食代、700円。
宿泊施設を案内してくれましたが、清潔で申し分ない部屋でした。
一泊4000円は、まあまあというところでしょうか。
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時間があったので、浜辺に出て住民と話しました。
写真手前は中学2年生のアユ、後はそのお母さん。
3人の子持ちのお母さん、
生活が苦しいことをしきりに訴えながらも、明るいこと明るいこと!!
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アユの従姉も同じ名前のアユで中学3年生。
両親がいなく親類に養ってもらっているので来年は就職とのこと....頑張れ!
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そして、午後の一時半、サヌールに帰るためトヨパコに戻りました。
左はスピードボートのチケット発券所。
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付近の浜では、ウムプットラウトと呼ばれる海草を干していました。
化粧品の材料になるそうで中国人が一キロ150円で買い取ってくれるそうな。
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2時丁度に乗船、サヌール着は2時30分でした。
駆け足のヌサペニダ上陸報告でした......オワリ。
by yosaku60 | 2013-12-26 20:35 | ヌサペニダ島 | Comments(4)

座礁船、難破船の呈

ムルタサリビーチの今朝の座礁船(右はカミさん)。
とうとうビーチまで来ました。
砂浜への再座礁です。
すでに船尾の外販は波にさらわれてありません。
船の内部が無惨にも剥き出しになっています。
いわゆる”難破船”ですかねェ。
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by yosaku60 | 2013-12-26 10:16 | バリ島=その日のできごと | Comments(3)

バリ島の世界遺産(バトゥール湖:その4)

キンタマニーの少々楕円形カルデラ(外輪山:緑色)の
大きさは、13.8 X 10キロ、外輪山の高さは、1267~2151m です。
次はカルデラ全体を俯瞰した模型図です。
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番号順に説明を加えます。

A : バトゥール湖

盆地の東端にある三日月形の湖です。
縦幅7.5キロ、横幅2.5キロ、周囲22キロ、面積16平方キロメートルです。

B : バトゥール山

外輪山に囲まれた盆地の中央にある山です(写真)。
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5000年前に形成され、これまで少なくとも28回の噴火がありました。
1963年9月の噴火が特に大きく、最後の噴火は2000年7月7日でした。

C : アバン山

外輪山の東に位置し、外輪山の中で最も高い山で、2151mあります。

D : ウルン・ダヌ・バトゥール寺院

バトゥール湖に棲む水の女神を祀る寺院として世界遺産になりました。

E : レストラン群

バトゥール山、バトゥール湖を見下ろす格好の場所にあります。

F : ウルン・ダヌ村

バトゥール湖の最北端の地に古くから栄えた集落です。
写真は村の外れに来て湖の最北端を指差すカミさん。
右の山が湖面から見た外輪山の最高峰、アバン山。
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G : トヤ・ブンカ温泉

少々ぬるめですが、この地に温泉があります。
写真は温泉レストランから観るバトゥール湖。
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H : トゥルニャン部落

現在は細い道路がついていて陸続きですが、昔は対岸から船でしか近寄れなかったバリ原住民の部落です。 風葬の習慣があるそうですが、未だ行ったことがありません。

さて、次は外輪山から湖に降りた体験談です。

外輪山から湖に降りるには、次の三つのルートがあります。

1、外輪山を西に大回りしてウルン・ダヌ村の上から真下に降りてくる道。

地図帳には、このルートが記載されているのです。
ちょっと冒険好きのオレ好みのルートです。
が、3年前に行ったところ、このルートは閉鎖されていました。
多分、今も閉鎖されたままだと思います。

2、ウルン・ダヌ・バトゥール寺院の南100mから盆地内に降り道路Bを通る道。

火山岩がごろごろして、また穴ポコだらけの悪路です。
もう二度と行きたくない道ですが、外国人はめったに来ないのでしょう。
道路の途中にある小さな部落のどのワルンも
親しみやすく接してくれたのが印象に残っております。

3、レストラン群の手前より降りて道路Aを通る道。

お勧めできるのは、このルートだけです。
外輪山から降りるジグザグ道は大変ですが、道路Bよりはましです。
盆地に降りると狭いながらも、また多少のアップダウンもありますが、
まあまあ運転に困らない道です。
by yosaku60 | 2013-12-25 19:15 | バリ島=世界遺産 | Comments(0)

バリ島の世界遺産(バトゥール湖:その3)

一日中、雨が降って暇なので(笑)、ブログの続きを書くことにしました。
火山噴火の話です。

カルデラは火山の爆発があって始めてできる盆地です。
大きなカルデラであるキンタマニー、
その爆発も大きなものであったことが想像できます。
火山爆発はいつ頃なのか、
どれほど大きかったのか、
知りたくありませんか。
オレ、こういう調べ物、好きなのです。
で、調べてみました。
大爆発があって、キンタマニーの外輪山ができたのは3万年前だそうです。
カルデラとしては、比較的新しいのだそうです。
3万年前で新しいとはね~。
インドネシアは火山列島です。

世界でもっとも大きなカルデラもインドネシアにあるのです。
スマトラのトバ湖です(前々から一度行ってみたいと思っていました)。
7万5000年前に大爆発した火山です。
火山灰が世界中を覆い、遠く離れた北極のグリーンランドにも
降灰の足跡があるのだそうです。
旧石器持代の人類がこの爆発で大半が死滅したとも言われております。

キンタマニーの爆発の3万年前はどうだったのでしょう。
3万年前といえば、
ネアンデルタール人が死滅し、
現生人類と言われるクロマニヨン人にとって代わられた年代であり、
人類がアジアから北米に行こうとベーリング海を越えている年代であり、
日本では、朝鮮半島から将来の日本人が移住しはじめた年代です。
その頃には、バリ島に人間がいたのでしょうか。
4万年前に人類(アボリジニー)が隣のオーストラリアに渡っているのですから、
当然にバリ島にも人類らしき者が住んでいたのではないでしょうか。
そして、キンタマニーの大爆発で死滅したのです(想像ですけど)。

想像ですけど、まんざらで嘘でもないのですヨ。
インドネシア語では次のように書いているからです。

Sekitar 30.000 tahun yang lalu,
Gunung Batur meletus dan menghasilkan bencana yang dahsyat di bumi.

日本語に翻訳すると、
「3万年前バトゥール山が噴火し、地球上に大惨事をもたらした」
と書いてあります。
地球上の大惨事ですから、
現地のバリ島は大変な変化だったのだろうと想像します。

この3万年前の爆発ですが、もう少し詳しく書いた資料もあります。
それによると、29300年前と20150年前の二回の大噴火があったとしているのです。
そして二回目の噴火で、カルデラの中の120~300m下方にさらなるカルデラができ、
その窪地がどうも今のバトゥール湖のようなのです。
これが事実かどうかは、今のところわかりません。
私のインドネシア語の能力では、正確に読みとることもできません。
外輪山のレストラン群の近くに、バトゥール火山博物館があるそうです。
が、まだ一度も行っておりません。
いつか訪れて調べたいと思っています。
by yosaku60 | 2013-12-24 18:59 | バリ島=世界遺産 | Comments(0)


常時ほろ酔い候
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