あけっぴろげてあらいざらいのあるがまま



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ロンボク島一部村民の強制退去物語(最終回)

強制退去後、カニヤ家族はどこに行くのか。
寝る家もありません。
家族が集って相談し、新しい家を建てることになりました。
その家の設計図が面白いんです。
カニヤの夫のジェイ、カニヤの長兄のクニー、
この二人は、どちらも独りで家を建てれる知識と技術を持ってるんですが、
二人が、ちょっとだけ、話を交わした後、
ジェイが地面に指で、真四角を書いて、二言三言話して、それでオワリ。
オレ「トイレはどこ?」と聞くと、ミアが横から笑って入ってきて、
「バパ、トイレはお金がかかるからないの」と、言うんです。
「じゃ、台所は?」と聞くと、これも笑われて、
「屋外だから、いいの」......なんて、
結局は、雨露から逃れて寝るだけの家なんです。
それでいいってことです。
この話し合いをしたのが、オレがロンボクに着いた、10月20日。
次の日から工事が始まり、10月23日の現地が次の写真。
早い、早い!、工期は3週間ないし一ヶ月だそうです。
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ロンボク島では、ササック語が話されます。
インドネシア語は、小学校に入ってから学校で習うんです。
カニヤの夫のジェイは、家が貧しくて小学校も行っておりません。
それなのにジェイは、インドネシア語が話せて、読めて、書けます。
独学だそうです。 
そして英語も普通に喋れます。
それに、家を建てる技術....
それもブロックの家、藁葺きの家、両方作れるんだそうです。
加えて柔和な性格.....まだ、30歳なのに、
彼を見ていると「教育」って何だろうと改めて考えさせられます。
ここに写っている、エンドルーもそうです。
カニヤの兄(クニー)の長女(ムリ)の夫です。
どんな貧しさにも耐えて、ただもくもくと働く、働き者です。
こういう男共を見ていると、自分の生活力の貧弱さをつくづく感じます。
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この土地は、カニヤの直ぐ上の姉(クメン)の所有地です。
大きな地所で、写真の青々としているところも敷地内です。
作る家の大きさは、間口7m、奥行き6m。
道路から5.5m離して建てるのは、あとでジェイが藁葺きで増築し、
煙草とお菓子とバイクのガソリンを売る店を作るんだそうです。
d0083068_4164131.jpg

大量のセメントを練るには、水が必要です。
工事用の水を引く為の臨時の水道管を敷いているところです。
働いているのは、カニヤの兄のクニー、
それにニキとニカ、さらにその妹らが手伝いをしています。
どんなことにも「一族全員参加」なんです。
オレが身体が動かなくなったら、一族全員参加で看てくれるんだそうです。
ありがたいことです(笑)。
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by yosaku60 | 2013-10-31 04:52 | ロンボク島= | Comments(0)

ロンボク島一部村民の強制退去物語(その7)

d0083068_145356.jpgまずは、文章が長くなりそうなので、
休憩の意味で挿入したカットの説明からです。
最初のんは、ニカ・ニキのお母さん、
家で織物を織っています。
2週間で一反織るそうです。
早いのか遅いのか想像がつきません。
続いて、ロンボクの牛。
ロンボクの田舎に行くと、
時々こういう牛追い光景が見られます。
牛は正面からカメラを持って構える、
オレの邪魔をしないように、
すれすれに交わしながら通り抜けてくれます。
バリの牛よりもおとなしいんです。
カットの最後は街外れの長閑な光景です。
ガセボ(東屋)の屋根を葺く藁(アランアラン)を束ねています。
バリ島に送るものなんだそうです。

d0083068_1461858.jpgさて、主文に入ります。
何故に、強制退去の日まで、
それもブルドーザーでガリガリと、
家を根こそぎ壊されると噂される日まで、
呑気に営業を続けておれるという、
常識外(オレにとって)の行動の出所です。
今度のロンボクでは、
常識外が3度ありましたが、
最大にして最後の常識外の行動です。
強制退去の指示日は10月25日でした。
オレがロンボクに着いたのは10月20日、
離れたのは10月24日の朝、
ということは、
まさに強制退去を目前にした5日間の見聞です。
アンタはどうするの?
あるおばさんに聞きました。
d0083068_1454647.jpg「さあ?」と、
手のひらを上に腕を拡げるだけです。
アンタは?
別のおばさんに聞いてみました。
「そのうちに引越しするよ」に、
そのうちにっていつ?
と、聞くと
「さあ?」と、結局は同じ答えでした。
おばさんばかりでなく、
ある男性店主にも聞いてみました。
どうするの?........に、
「友人の家に引越しするよ」というので、
いつ?と聞くと、
「多分、25日」
って、ブルドーザーで家を壊される日じゃないか?......には、
「まあ、そうだけど」の返事。
殆どがこういう会話です。
カニヤの言い分を聞いてみたところ。
「19日に退去指示書を持ってきたポリスに逆らって受け取りを拒否した者が3名いた」
「怖くて見ておれなかった。ああいう風にはなりたくない」と言う。
じゃ、早く引っ越しすればいいじゃないか!と言うと。
普段は明快の返答をする彼女なのに、黙ってしまうんです。
で、黙るカニヤの代わりにミアの夫のマンが応えてくれたのは、
「23日の営業が終って(夜10時)から、引越しを始める」でした。
が、結果からいうと、カニヤの店もミアの店も24日の朝もいつもの通りの店開きでした。
何故、引越ししなかったの? マンに聞くと、
「ミアが24日も店を開きたいと言い張るから」との返事。
明日が取り壊しの日というのに......
何故にみんながみんなこうなんでしょう。
ここまで行動を先延ばしするなんて、日本人の感覚では想像もできません。
みんなで先延ばしすれば、行政が少し面倒をみてくれるようになる、
と思っているのかも知れないと思い、みんなに聞いてみました。
と、声をそろえて
「それはない、取り壊しはもう決定済みだ」と、
すでに強制執行を受け入れているんです。
じゃ、どうして、早く引っ越さないんだろう。
あなたもそう思うでしょう。
そう、オレもそう思うんです。
その理由ですが、どうも次の二つのようです。
①引っ越すところがない、②考えるのが面倒くさい。
の二つです。 たったのそれだけです。
そして、引っ越すところがない....ってのも、
考えるのを面倒くさがるから見つからないという一面があるのです。
要するに、苦しいことは先に延ばして考えることをしないってことです。
それが全てのようです。
今日の日を過ごすことのみを考えるという生活スタイルが根底にあるのです。
生活が貧しいと、そう考えなければやってゆけないんでしょう。
よくよく考えてみると、少々わかるような気がします。
ロンボク島に来てみるとバリ島以上に「いい加減さ」があることが分ります。
ロンボク島がバリ島以上に貧しいってことです。
この「いい加減さ」ですが、
本音と建前の二つを使い分けることなんか及びもつかない.....、
即ち、心を司るもっと基本的な部分で必要不可欠なファジーさ、と思うんです。
そのファジーさが前面に出ただけです。
で、こうした「いい加減さ(ファジー)」を理解すると、
逆に心が解放されるものを感ずるんですよね(オレだけかも)。
オレ、天邪鬼なのかなア~
計算されない、その日その場の正直な心.....
貧しいところにこそ、そんな本物の心がある......
世界をみてきたオレが、カミさんに言い聞かせてきたことです。
そうした心を求めてオレ達夫婦もインドネシアに来たのでした。
もっともオレんちの場合、
半ば強引にカミさんを引っ張ってきたんだけど....チャンチャン。
by yosaku60 | 2013-10-30 14:09 | ロンボク島= | Comments(0)

珊瑚礁を乗り越えた座礁船

ロンボク島の物語の途中ですが、今朝に見た光景を先に書きます。
クタビーチの大潮の引き潮で小鰯を獲った話をしました。
ロンボク島であった大潮の大きさは、隣のバリ島でも同じです。
大きな引き潮があるということは、大きな上げ潮もあるということです。
ロンボクに行っていた留守中にサヌールの海岸でも大きな上げ潮があったのです。
今朝、10日ぶりにマルタサリビーチに来てみました。
と、2013年8月14日の「またも座礁船」で書いた座礁船が、
その大きな上げ潮で、なんと珊瑚礁を乗り越えて内海(うちうみ)に入り、
すぐ手の届く処に鎮座していたんです。
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ここはスロージョギングの折り返し点、プトゥの店の前です。
この店も大きな上げ潮で打撃を受けたようです。
で、写真のように、砂をさらわれない様に円柱ブロックを埋めました。
費用は、プトゥの店の自前だそうです。
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特に大きくなった最近の潮の動き、
私は、2013年6月26日に書いた「サヌールの浜が壊れ始めた」に
原因があることを確信しているのですが、誰もそのことを気にしません。
原因など考えるよりも起こった出来事に都度対処するだけです。
いかにもバリらしい対処です.....が、 今のオレは、
それはそれでいいんじゃないか、と思えるようになっております。
by yosaku60 | 2013-10-29 14:26 | バリ島=その日のできごと | Comments(2)

ロンボク島一部村民の強制退去物語(その6)

貧しいがゆえに小学6年生を2度しているといったニカ・ニキ....
オレにとっては常識外のできごとであったが、
に続いて、もう一つ常識外のできごとがあった。
ロンボク島の不可解な医療システムである。
実は、今年に入ってから心労が重なったカニヤ、
咳が止まらない状態がもう3ヶ月続いているんです。
写真のカニヤ、ジルバを被っているでしょう。
普段、カニヤはジルバを被らないんです。
病身中ゆえに夜風にあたることがよくないと考えてのジルバ着用なんです(右はニカ)。
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「カニヤ、病院に行ってるの」
「村の病院に行ってるけど、そこはたいしたことがないの」
「もっと良い病院に行けば良いじゃないか」
てな話をカニヤの夫のジェイを交えて話したところ....
驚くなかれ、ロンボクの医療システムは次のようであることが語られました。
1、病院には医師がいるが診察はしない。
2、病院で診察・処置するのは看護婦である。
3、医師は仕事を終えた夕方5時以降に別の場所で個人的診察を行う。
4、個人的診察を受ける為には予約が必要である。
5、こうした名医は、マトラムとかプライヤなどの都会にしかいない。
ということで、ジェイ曰くスぺシャリストに朝から予約をとってもらって、
午後4時、プライヤに向かって出発しました。
その医師の診療所に着いたところ、リストにはすでに到着して待つ患者が53人いて、
電話での予約順からゆくと13番目でした。
どれくらい待たされるのだろう。
と、思っていたのですが、なんと30分もたたずに呼ばれたんです。
13番目のカニヤまで、30分ということは、一人2分の診察です。
検査なんてしないんです。
カニヤの場合も、ちょっと話を聞いて、
手で胸をポンポン叩いてそれで終わりです。
で、支払いが4,300円(薬代も含め)なんです。
その後のカニヤ、治ることなんてありません。
ロンボクの医療システム、余りにもお粗末です。
これじゃ安価な「祈祷による治療」に頼るしかありません。
by yosaku60 | 2013-10-28 13:33 | ロンボク島= | Comments(0)

ロンボク島一部村民の強制退去物語(その5)

楽しそうに魚を獲ってた、小学6年生のニキ(写真はその日の夜のもの)。
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その日、ニキは学校に遅れてお休みしました。
学校はニキの実家近くにあるんです。
クタからその実家までは、バスで15分かかります。
いつ来るかわからない乗り合いバスを待つなんてできないんです。
今回はそんなニキの話です。
以前にも書きましたが、ニキは双子です。
どちらが姉か妹か知りませんが、もう一方をニカと言います。
私たちがクタに着いた日とその翌日、ニカは実家にいて会えませんでした。
ニキ達がクタビーチに来る目的は「商売」のためです。
小さな飾り物を持ってビーチに来る観光客に売り歩くんです。
以前は、ニカの方がニキよりも「商売」に熱心だったのが、今は逆です。
ニキの方が積極的なんです。
双子って不思議なものですね。
性格が二人の間をくるくる変わってゆくんですかね~。
で、そのニキですが、みんなで食事をしたあと、
誰にも指図されないのにサッサとお皿を片付け、こうして洗い出したのです。
日本の小学6年生は、こういうことしないですよね。
オレ、感心して.....撮ったのがこの写真です。
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今回は時間があったので、ニキといっぱい話ができました。
ニキには妹がいます。
そんな妹たちのことも話してくれました。
一番下の妹は、まだ4歳....でも一人で買い物に行くんだそうです。
その上が小学4年生....なんだそうです。
そして、その上、即ちニキの直ぐ下の妹は、小学6年生なんだそうです。
えええ??
ニキと同じじゃないか。
その時のニキの応え....「私、6年生を2回してるの」
「そうか、進級試験を落ちたのか」
のオレの発言に、ニキは一瞬黙ってしまいました。
で、よくよく聞くと、
中学はお金がかかるため、わざと進級しなかったそうなんです。
かわいそうなことを聞いてしまいました。
オレにとっては常識外の話です。
お金がないから中学に行かない。
でも、学校には行きたい。
で、進級しないで6年生を2度する。
それほど珍しくない話なんだそうです。
インドネシアに来てすでに5年、なのにまだ実態を掴めていません。
さて、写真は、そんなニキの妹達です。
手前が4歳のロナ、左が同じ6年生のフェビー、それにニカとニキ。
小学4年生のアグステンは、どこに行ったのでしょうか、この時はいませんでした。
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by yosaku60 | 2013-10-28 07:19 | ロンボク島= | Comments(0)

ロンボク島一部村民の強制退去物語(その4)

潮の大きさと時間は日に日に変わってゆきます。
このように早朝に大潮の引き潮になるのは、年に2回ほどだそうです。
そして、その状態になると三日ほど、この小鰯の掬い獲りが楽しめるんだそうです。
小鰯の群れが水溜りの中に居たからと言って、すぐには獲れる状態にはなりません。
鰯を音で脅かして混乱させるのです。
5分ほど脅かし続けると、数匹がトランスに入って泳ぎがおかしくなるんです。
そうなると、そのトランス状態が全群れに伝染するんです。
そして、群れ全体が水面に浮き出すんです。
それをタモで掬うんです。
二日目で、こうした小鰯の生態が理解できたオレ。
漁師(二人しかいないんです)に混ざって、音を出す役を引き受けました。
と、漁師の喜ぶこと....親指を出してgood と賞賛してくれるんです。
を黙って見ている一般大衆....みんなで音を出せばもっと早く始末できるのに、
だーれも鰯を脅かそうとしないんです。
これが理解できないだよな~
いずれにしても、二日目以降、街を歩いていると、
村人のみんながオレに親指を突き出して賞賛してくれるんです。
おかげでインタビューしても誰もが親切に自分の気持を教えてくれるようになりました。
インタビュー?? そう、この物語のメインテーマである....
何故に、強制退去の直前まで平然としておれるかという「呑気さ」の出所を探るインタビューです。
さて、そのインタビューの結果はあとに廻して、小鰯の処分です。
勿論食べたのですが、まずは、その料理を作ってくれたミア。
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そして、それを夕食に頂こうとする、とりまき連中。
左からミアの夫のマン、カニヤ、ミア、二キ、カニヤの姉クニム、それにカミさん。
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by yosaku60 | 2013-10-27 15:58 | ロンボク島= | Comments(0)

ロンボク島一部村民の強制退去物語(その3)

宿も決めずにロンボク島に行ったが、その宿は直ぐに決まった。
タストゥーラ、一泊3,700円のホテルである。
ホテル一泊の次の日の朝、年寄りは朝が早い、目覚めたのが5時半。
カミさんを起こさないように、そーとベッドを抜け出しジョギングに出かけた。
ジョギングの途中、「タモ」を持った、おばさんと出会う。
「どうしたの、そのタモ」と聞くと、魚を掬いに行くと言う。
「オレも行っていいかい」「どうぞ」....てんで、同行することとなった。
浜に出ると潮が引いて、そこには歩ける海があった。
ところどころに水溜りがあるものの、せいぜいが30cmほどの深さである。
そうした水溜りにちゃぶちゃぶと入りながら次の岩にとりついて、どんどんと沖に歩いた。
と、突然に、おばちゃん(草色の服)が走り出した。
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魚がいる、いる!....ちいちゃいけど、いっぱいいる。
タモを持たぬオレでも手掴みで獲れる。
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夢中で獲っていると、前から「パパ!」の声が....
目の前にはミア(カニヤの妹)が立っていた。
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ピンクの服は、ニキ(カニヤの姪).....もう起きてたなんて!
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「ニキ、おはよう!」と、声をかける。
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で、収穫は、これだけ.....美味しいんだそうな。
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by yosaku60 | 2013-10-27 03:17 | ロンボク島= | Comments(0)

ロンボク島一部村民の強制退去物語(その2)

何故に強制退去なのか。
土地の使用が不法占拠であるからだ。
それをカニヤの家の過去から述べてみる。
カニヤの両親がクタのビーチサイドに小さな店を出したのは15年前。
誰の許可を得るともなく勝手に作った店であった。
その店は、今、カニヤの妹のミアの店として引き継がれている(写真は店とミア)
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この店で両親を助けながら成人になったカニヤ(右の写真)。
d0083068_13185132.jpgジェイ(今の夫)と知り合い結婚したが、
この店だけでみんなが食べてゆけるだけの収入はなかった。
で、5年前、やはり空いていた今の土地に、
勝手に小さな店を建てた。
一年後、娘(タニヤ)が生まれた。
オレが初めて出会ったのもその頃であった。
真面目な夫に支えられながら、
カニヤの店は次第に大きくなっていった。
カニヤには独特の商才があるように見受けられた。
そのカニヤから、強制退去があるかも知れない、
と知らされたのは、去年のことであった。
そして、今年の5月にロンボクに行った時は、
強制退去の執行が確実であることを知らされた。
で、その時期も11月と明確に指定されていた。
今日のことが起こる前に、事前に十分な周知期間があったということだ。
それなのに、それなのに.....、
強制執行がされる直前まで誰も準備しないばかりか心がまえもしないのである。
カニヤの家族だけではない。
ビーチサイドの200軒の全てがそうなのだ。
理解に苦しむところだ。
多分、頭の奥に「強制立ち退き」がありながら、何かで封印しているようなのだ。
どうして封印しておけるのだろうか。
この「物語」の掲載目的をこの理解しがたい呑気さを書くことにおきたい。
いろいろありすぎてアトランダムに書き始めたブログ、
やっと目的が決まったって訳.....
なんだか、ほっとしている(笑)
んで、次の写真は行政が準備した立ち退き後の店舗。
この店舗、次の理由で住民からは不評である。
1、200軒以上の強制立ち退きなのに準備された店舗は84軒分である。
2、一軒の大きさは約3畳の広さで店舗だけにしても狭すぎる。
3、ホテル群からは遠すぎて、わざわざ立ち寄る人がいると思われない。
4、雨季になると店舗周辺は膝まで水に埋まって店舗に近寄ることすらできない。
5、有料である。
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by yosaku60 | 2013-10-26 13:41 | ロンボク島= | Comments(2)

ロンボク島一部村民の強制退去物語(その1)

一部村民の強制退去物語となにやら物騒な題名にしましたが、
ロンボク島のクタビーチでの話です。
クタビーチにカニヤという名の友人(女性)がおります。
その彼女から「困っている」とのメールが届いたのが先週の土曜日でした。
男勝りの気丈夫なところがある彼女だけに、弱弱しいメールは余程の悩みなのだろうと、
翌早朝にロンボク島行きのフェリーに乗りました。
そして、4泊5日、昨日までロンボク島に居たことになります。
カニヤには悪いのですが、お陰でいろんな体験をさせてもらいました。
体験が多すぎて、何から書いてよいかどうか....
筋書きが決まらないまま、アトランダムに書くことにします。
まずは、何事があったのか、についてです。
クタビーチに住む一部住民を強制退去させようと行政が動いたのです。
次の写真はクタビーチのメイン通りです。
道路の右側が海側ですが、海側に住む全所帯の強制立ち退きの令が出たのです。
住居数は約200軒......殆どが店舗兼住居です。
一軒には平均で5人が住んでいます。 
総勢約1000人が......さあ、大変!
d0083068_1812221.jpg

写真は海側から撮ったもの。
ここに写っている建物は全て取り壊しです。
d0083068_1853917.jpg

写真はカニヤの店(兼住居)。
ここも200軒のひとつなんです。
d0083068_1874248.jpg

カニヤ(中央)の店の前に数人集って....アンタどうするの?
答えを持たない人が集ってもどうにもなりません。
d0083068_1812429.jpg

カニヤの店の店内、この奥が住居です。
店内では、布やTシャツ、それにロンボク真珠を売っています。
その他に、車・バイクのレンタル、飛行機のチケット、観光案内と手広くやっていて、
比較的順調に伸びてきていたんですが、すべてパーです。
d0083068_181524.jpg

写真は、砂浜の途中にポツンとある、竹と萱で作られたレストラン。
このブログを読んでくれてる私の親友のI君のために掲載しました。
ロンボク海峡が時化てフェリーが出港できなくなった時、
クタに戻り、I君とひとときを過ごした東屋に寝転んで撮った写真です。
I君!、思い出のこのレストランも撤去されるんです。
d0083068_18464838.jpg

by yosaku60 | 2013-10-25 18:36 | ロンボク島= | Comments(0)

バイクのパンク防止価格

車ではなくバイクで遠出をしたく思うようになってきた。
バイクの方が走るだけで人々の生活に触れる機会が多いからだ。
しかし遠出をしての突然のパンク事故が困る。
てんで、タイヤを前後とも新替えして、
そのタイヤにパンク防止措置をしてもらうことした。
その措置を「バンドプレス」というらしい。
タイヤ新替えとバンドプレスの価格を交渉すると、3750円という。
「OKだよ」とやらせた。
途中でオイル交換も追加した。
20分ぐらいだろうか、新品タイヤの交換が終った。
「終ったよ」....「おいおい、バンドプレスやってないじゃないか」
「ああ、そうだった」....てんで、空気穴からなにやらゲル状のものを入れ込む。
単にこれだけでOKらしい....バンドプレスが。
それが終って「全部でいくらだ」と聞くと、5千円という。
なんかおかしい....まあ、いいか、オレは日本人だから.....
d0083068_529122.jpg

ごめんね。
これから、ロンボク島に行くんです。
二日前に経験したバンドプレス記事、時間がなくて走り書きです
では、行ってきます。
by yosaku60 | 2013-10-20 05:31 | バリ島=物価・修理費 | Comments(0)


常時ほろ酔い候
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