あけっぴろげてあらいざらいのあるがまま



カテゴリ:アロール島( 4 )


アロール島に行ってみました(第三日目)

4時半起床、5時までベッドで待って散歩に出る。
たっぷり時間があるので、遠くまで歩くことにする。
散歩中に出会った人や光景。
朝から焚火をしていた家族。
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子供も朝が早い。
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背景の小屋、こんなにも海に近い。
住んでいるおばさんに聞く、「満潮になったら、小屋はどうなるの」
「今年建てたばかりなのでわからない」
「雨季の満潮時には、床までくるかも知れない」と笑う。
手前の船は、一本の大木をくり抜いたもの。
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目立つ教会。
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公園に建つ銅像。
Kenari とは、美しい、シック、居心地の良い、安全な、きちんとした、小ぎれい、
の頭文字を集めた造語である……なんと欲張りな。
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学生が登校を始めた。
安全を守るため、交通整理にあたるポリス。
バリ島よりも、ここのポリスの方が真面目そうに見える。
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たっぷりと2時間の朝の散歩。
今日は、みんなが美しいという「Alor Kecil海岸」に、ベモで行ってみたい。
ベモは通りにいっぱい走っている。
バイクを持たない者のみんながベモを使うからだ(バリ島とは違う)。

そんな多くの中で、目的地に確実に行くべモを捉まえるのが難しい。
ホテルの受付にAlor Kecil行きのベモを捉まえてもらうよう頼む。
スタッフのおばさんとおじさんが二人がかりで、
次から次と来るベモを止め、運転手に聞いてくれる。
そして、一台のベモを捉まえた。
この時もおじさんとおばさんが二人がかりで、
「この日本人は、Alor Kecilに行くのだから」と、運転手に念を押してくれた。
それを聞き、安心して乗ったオレがいけなかった。
ベモの中から撮ったのが、次の写真。
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何度か止まるうちに、車内がだんだんと混んできた。
隅に押し込められたオレが写した、この写真(ピンボケでごめん)。
ひとつ置いた隣に乗ったおじいさん、生きたニワトリを二羽手に持っている。
そのニワトリが、隣の若い女性の指をくちばしでつつく。
が、女性は、何の反応も示さない…..ことに驚く。
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さて、客がどんどん増えて、ぎゅうぎゅう詰め(数えたら16人)のべモ内。
オレは最初に乗ったので、隅に押し込められて身動きができない。
身動きができないってことは、ベモが揺れても体が安定しているってことだ。

その安定感の中、オレはいつしか眠ってしまった。
乗った人が次から次と降りてゆく場所に来て、オレは目を覚ました。
ちょっと不安になる。
残った乗客の一人に聞いてみた「Alor Kecilは?」
と、「遠くに通り過ぎたよ」と言うのです。
運転手め、オレに知らせてくれなかったのか….と怒ってもしようがない。

他の乗客が教えてくれる。
「ベモは循環しているから、このまま乗っておれば、いつか行くよ」
そうか、そうなのだ。
どうせ先を急がぬ旅、ベモ体験を楽しもう。
てなことで、1時間15分を要し、
ホテルからたった10キロのAlor Kecil に着く。

が、着いてみて、がっかり。
なんにもない海岸、きれいでもなんでもない。
ビールが飲めそうな店もなければ、ワルン(簡易食堂)すらない。
持ってきた本(小説)を読めそうな場所も見つからない。
が、対岸の小さな島には、白い砂浜があるようだ(写真)。
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そんなふうに思って木陰にいると、一人の男が近づいて来た。
「あの島に行ってみないか」
「行きたいが、いくらで行く」
「行くのは200円、戻るのは300円で、合計500円だ」
「なんで、行きと戻りで料金が違うのか」
「私はあそこの島の住民だ」
「で、今から行くのは、島に戻るついでがあるから200円だ」
「でも、向こうからこっちに来るのは、わざわざ来るから300円だ」
なるほど、理屈が通っている。
「向こうの島では、ビールが飲めるか」
「飲める! ここではビールはないが、向こうの島にはビールがある」
オレは、即断し、彼のボートに乗った。
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島に着き、少し歩くと、部落の入口のような、こんな処に着く。
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まあ、いい、入ってみよう。
入口の右に、大きな建物がある。

集会場のようだ。
その中に入ると…..オオ!!外人さんの男女が集まっている。

「入ってよろしいですか」と聞いてみる。
「いいですけど、靴を脱いで上がってください」と、金髪女が言う。

ここはどこなのだ。 何の目的の建物だろう。
室内から海の方を見ると、こんな景色。
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室内から陸の方を見ると、こんな景色。
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そして、室内は、こんな感じ…..なかなか良い。
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椅子に座って休んでいた男(写真では右の方に居る)に、
「ここは、どういう施設なのですか」と、英語で聞いてみると、
判りやすい英語で、次を教えてくれた。

1、ここはフランス人のオーナーが持つ施設だ。
2、客は、ダイビングを目的に、ここに宿泊する。
3、宿泊する人は、世界中から来る、私はオーストリア人だ。
4、オーストラリアじゃないよ、オーストリアだよ。
5、宿泊はインターネットで予約できない。
6、オーナーに直接電話して予約する。
7、だから口コミ客だけが集まる。

「私は、宿泊を目的としていません」
「ここに迷い込んだだけです」
「ここで、ビールを飲み昼食を食べたいのですができますか」

8、わからないけど、賄に聞いてみたら良い。

で、オレは建物の裏に廻り、賄のおばさんに交渉してみた。
「ビールを飲み、昼食を食べたい」に、
「良いですよ」と、ビールを一本くれる。
「昼食は、みんなと一緒に準備するから、待ってなさい」

で、準備する昼食。
数えると、16人分が並べられた。
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に集まった、宿泊客。
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誰も、こんな飛び込みのオレを気にしていない….ありがたい。
オレの方から、話しかけて聞くと、
左の女性は、イギリス人、右手前の男性は、ドイツ人、
その奥が、フランス人、その奥が、スペイン人、まさに、バラバラだ。
その中の一人、「ロシア人だけはいない」と笑う。
どうもオーナーが宿泊客を選り好みしているようだ。
にしても、ここでの昼食は、美味しかった。
料金だけど、ビール代混みで賄のスタッフに1000円払っただけ。
どういう勘定になっているのか、よくわからない。

ああ、そう、そう、この島ですが、「ケパ島」という名らしい。
次の写真を見てください。
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写真中央から少し左下にくちばしのようにとがったところがAlor Kecil,
そのくちばしの上にチョンとある、ゴマ粒みたいな島が、ケパ島です。
ケパ島に住む現地人は、ひと部落だけあるそうです。

ケパ島からホテルに戻ったのは、3時ごろだったでしょうか。
ベッドに転がったオレは、また寝てしまったのです。
初めての体験は疲れるのでしょうか、アロール島では寝てばっかりです。
そして、夕食は、昨晩良かったResto Mamaに行くのですが、
残念ながら、ビールが売り切れてないというのです。
アロール島、最後の夜というのに、アルコールなしの夕食になりました。

目が覚めれば明日、明日になればバリ島に戻れる。
ホテルに帰り、喉の渇きを我慢して、
寝付くまで、じーと目をつむり続けるオレでした。

さて、アロール滞在中の三日間、
オレは、自分の心の動きをずーとメモしてきました。
それを抜書きして、アロール島訪問の記事をおわりにします。

アロール人は背が低い。
アロール人の喋り方、やたらに「….ト」を使う。
アロール女性、丸顔が多く、目が大きいが眼光が鋭い。
アロール人は優しい、すれていない。
トイレ、シャワーは、どこも汚い。
アロール島、ティムール島は、バリ島よりも物価が高い。
ティムール人には日本を知らない人がいる。
が、アロール人はたいがい日本を知っている。
アロール島では、どんな経済が回っているのだろうか、わからない。
アロール人は、外の世界(世界の経済)に関心がない。
アロール島には、野良犬が少ない、が、野良山羊が沢山いる。

そして、オレ自身は、今回の旅で次を再認識した。
今後のオレ「思いの財産」である。

1、バリ島がやはり素晴らしい。
2、オレは、次のような人間である…….
  「住居の汚い」のはなんとか我慢できる。
   が、「人間の汚さ」には我慢できない。
by yosaku60 | 2014-11-12 11:01 | アロール島 | Comments(0)

アロール島に行ってみました(第二日目)

11月6日の朝、5時半ごろだったろうか、目が覚める。
トイレに行くのに、ベッドを降り、床に素足を置く。
と……アレレ、足に冷たいものが。
足元が水浸しじゃないか。

オレは水の上に浮かぶベッドに寝ていたことになる。
シャワールームの床は、ベッドルームの床より一段高いところにある。
シャワールームから水が漏れてきたのではなかろうか….と、オレ、
両ルームの間を遮るドアーの下部を確かめるため、体を屈めた。

と、そのオレの背中に、水がポトリ、そして、またポトリ。
上には空調機がある。
そおか、クーラーから水が滴り落ちてきていたのだ。
夜中に気づいていた室内に湿気が充満していることも改めて納得する。
まあいいか、やり放して、朝の散歩に出かける。

朝はやはり気持ちが良い。
海岸に向かって歩いてみる。
井戸から水をくみ上げ、朝シャンをしている姉弟に出会う。
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「海岸に出るまで、歩いてどれくらいかかるの」と、聞いてみる。
姉の方が、「15分ほど」という。

ナンカの実がたわわに実る。
バリ島のものよりも実の数が多い気がする。
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しばらく歩くと、すぐに海岸に出た。
5分もかかっていない。
15分なんて、あまりもの見込み違い。
バリ人もそうだが、アロール人も時間には、おおらかだ。

浜に出ると、んん、海岸はゴミだらけ.....
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それも白砂は全くなく、マングローブの泥の中にいるようだ。
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散歩の気持ち良さが削がれてしまう。
浜から陸に、段差2mもある、こんな木の階段を登り、
早々に宿に引き上げることに。
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途中、こんな少年に出会う。
左の紙袋の中身は、ナシチャンプルの一口サイズで一袋20円。
丸いのは一個5円、中身はなんだろうか、いずれにしても揚げ物だ。
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両方とも食ってみる。
まあまあ、腹ごしらえになる。

宿ではスタッフが起きていた。
事情を話し部屋の水を吸い取り、拭き掃除をしてもらう。
で、クーラーの下には、滴り受けのバケツを置いてもらう。
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なにかしっくりこない朝….
まあいい、
なんでも、まあいい、
オレは現状を肯定し、前向きに考えることにした。
この地で、何とかして、記念に残ることを見つけるのだ!
でないと、アロール島まで、はるばる来た意味がない!
でないと、オレって人間が可哀想じゃないか!

てんで、ホテルのオーナーに相談すると、
Arol Kecilという海岸に行くことを勧められる。

1、車をチャーターするか、
2、オジェ(バイクの後方乗り)で行くか、
3、べモで行くか、
4、バスで行くか、

の4通りがあるという。
オレはもっとも難しいと言われる「バスの利用」を選んだ。
難しいってことは、いろいろ体験できるってことだからだ。
バスは、市場(パサールクデラン)の横のバスの停留場から出るという。

で、パサールまでベモで行く(30円)。
パサールの横のバスの待合場とは、こんなところ(写真)。
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まだ、朝早いからだろうか、バスを待つ人がひとりもいない。
30分ほど、ただ待っていたが、何の変化もない。

このまま、ここで待っていてバスが来るのだろうか。
オレの行動に何か間違いがあるのではなかろうか。

付近を掃除するおばさんに聞いてみた。
「Arol Kecil 行きのバスは、ここで待っていれば来るの?」
「来るよ、でも、来るのは午後だよ!」
に、唖然とするオレ。

「じゃ、Arol Kecil は止めた」
「どこか、もっと良いところがないのか」

そんなことを聞くオレに、おばさんは興味を持ったのか。
バス停の会社を管理する「ママ」と呼ばれる上司を呼びに行く。
その二人が、オレがどう行動すべきか、一緒に考えてくれることになった。
左がおばさんのタテック・ファリガさん、右がママのユリ・ドゥカさん。
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その両人が話し合って決めたのが「温泉行き」。
悪くない。

そういえば、「大東亜戦争時に日本軍の将校が利用したといわれる温泉がある」
という記事を読んだ記憶がある。
そこだ、そこにしよう。

タテックおばさんとユリママに、そこに行くための方法、
しかも安く行ける方法を検討してくれるように頼んでみる。

タテックおばさんは面白い。
「アロール人は声が高い(大きいとは言わない)けど、心が優しいよ」
と、いいながら世話をやいてくれる。

タテックおばさんは、温泉を知る友人に聞き込みに行き、
ママさんは亭主に電話をかけて相談しながら、二人してオレのスケジュールを練る。
次が、彼女らが書いてくれたオレの行動表だ。

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Kalabahi から、べモを乗り継いで、Bondataに向い、そこで降りて、
Tuti(温泉地の名)に行く、オジェを見つけて交渉しろ、というのだ。

ちょっと、難しい。
「もっと簡単な方法はないのか」
「例えば、ここからオジェで温泉に行くことができないのか」と聞くと

「できるけど、たぶん1000円は取られるよ」と、タテックおばさん、
オレは「1000円なら、払える、誰か行く人を探してくれ」と伝える。

それを聞いたママとタテックおばさん、あちこちに電話をかけ始める。
が、誰に聞いても、無理と言われているようだ。
電話の向こうで、そんなやりとりが聞こえる。

「いいよ、1500円払うから」と言うと、
「私が1000円と言ったのだから」と、律儀なおばさん。
さらに「じゃ、間をとって、1250円で探すことにするね」と、責任感も旺盛だ。

んで、見つけてもらったのが、この男(名前を聞いたが、忘れた)。
穴の開いたジーパンが気にかかる。
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さて、この辺でアロール島の全体図を載せてみたい。
犬が腹を地に伏せっているような形をしている。
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ホテルがあるのが、Kalabahi。
中央付近に温泉マークで表してるのが、Tuti の温泉である。
3か所に温泉噴気孔があって、
卵が茹であがるほどの熱湯が天に向かって吹いているそうだ。

さて、バイクだが、約50キロのスピードで一時間ほど走って、
こういう悪路に差し掛かった。
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ここからが大変であった。
上り下りを繰り返す悪路の中、
バイクの後ろの座席で体を踏ん張るってなんとも大変なのだ。

登るときはまだ良い。
運転手の腹に手を廻して、しがみついておれば良い。
下る時が大変だ。
しがみつくという能動的行為ではなく、
男の汗臭い背中に無理やりにへばりつかされるという受動的行為が嫌で、
突っかい棒のごとく、片手を自分の背後の座席につきたてて、
片方の手は、天空に泳がせて…..
まあ、言ってみれば、暴れ馬に乗るがごとく、乗車するのだ。

手が疲れると、瞬時のうちに手を入れ替える動作も必要になる。
悪路を15分も走っただろうか。
「止めよう、歩こう!」と、バイクをストップさせた。
で、バイクを降りて、歩き出したオレ。
バイクをその場に乗り捨てた運転手が、オレの後を追ってきて、
そして、手をひっぱってくれる。

そうだよな、68歳のオレ、運転手にとっては、おじいちゃんだ。
手をひっぱられながら、ちょっと歩くも、あまりにも恥ずかしい!
決断した….温泉行をあきらめた。
「もういい、帰ろう」に、
運転手は、申し訳なそうにうなだれる。
「あんたのせいでない、道が悪すぎる」
で、町に戻り、約束の1250円を払うと、運転手は再度申し訳ないと謝る。
タテックおばさんの言うとおりだ。
アロール人は、心がやさしい。

さて、ホテルに帰ったオレ。
バイクの後ろで格闘した手がしびれて感覚がなくなっている。
真昼だというのに、ベッドに転がり込んで、手を休める。
いつしか眠ってしまう。

で、目がさめたのが、午後7時。
アロール島まで来て、寝てばっかりじゃ、さまにならない。

もういちど、気持ちを絞り上げて、
ビールの飲める、きれいなレストラン探しに挑戦だ。
何人かが、カデラン海岸ならば….と言う。
で、通りかかりのバイクを捉まえ、そこに向かう。

あった、あった。
Resto Mama と書かれた、こんな店。
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スタッフもなかなか親切だ。
右から、ロスィー、ナデア、エルフィラ……みんな背が低い。
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そういえば、アロール人には、小さい人が多いようだ。
それに、島民の75%がクリスチャンというのに、イスラムの方が目立つ。

さて、夕食も美味しい、ビールも美味しい。
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まあ、温泉行を挑戦しただけで今日は満足だった。
就寝22時、昼も眠ったのに、夜もしっかり眠る。
by yosaku60 | 2014-11-11 14:54 | アロール島 | Comments(0)

アロール島に行ってみました(第一日目)

(航空運賃)

まず、アロール島への航空運賃。
11月3日、旅行会社に行き、航空運賃を調べたところ、
11月4日バリ発 で、
デンパサール ~ クパン(ティムール島)9400円
クパン(ティムール島)~ アロール島……6080 円
と、片道約15000円であった。

そうか、往復約3万円ってことか、
まあまあってとこかな、てんで、アロール行きを決める。

で、翌、11月4日、チケットを求めに、同じ旅行会社に行く。
と、11月5日発と1日変えただけなのに、
3000円値上がりして、18000円になってるじゃありませんか。
聞けば、よくよくあることらしい。
往復で36000円、まあ、これも勉強てんで、チケットを買う。

(デンパサールからクパンへ)

11月5日、飛行機(ガルーダ航空)は、午前7時15分発、
5時30分に飛行場に着けば良いだろう。
で、出発前にシャワーを浴びる余裕を考えて、
前日の夜、目覚まし時計を4時に合わせて眠る。

年寄りは夜中に目が覚める……んで、何度か起きるが、
最終的には、目覚ましの音で目が覚める。

シャワーを浴び、軽く朝食をとり、
お手伝いさんに恥ずかしくないように寝具を片付けて、
んで、時計を見ると、アレッ、すでに6時15分??

すぐに思い当たる。
そうか、目覚まし時計は、日本で使っていたので、日本時間だったのだ。
オレは、4時ではなく、5時に起きたのだ。

急いで荷物をまとめ、家の戸締りもそこそこにしてバイクに飛び乗る。
で、空港まで、ぶっとばす。
ぶっ飛ばしながらも、事故は起こすまい、こういう時ほど冷静に、
もし、間に合わなければ、アロール島行きを止めればいいだけ、
誰に迷惑になるわけでなし……てんで、運転に集中するオレ。
なんやかやがあったけど、ほんに滑り込セーフの感じで機中の人となる。
まあ、旅ってこんなもんだ、ざまあ見ろ、なんとかなるのさ、
と、その時は、居直ったオレでした。
写真は、デンパサール、クパン間を乗った飛行機。
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(クパンにて)

クパン空港。
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ティムール島のクパンに着いたのが午前9時。
クパンは、東ヌサトゥンガラ州の州都であるから、それなりに大都会だ。
アロール島への飛行機は14時である。
終戦時の日本軍の痕跡を探るには、十分に時間がある。
タクシー受付に飛び込み、事情を話し、交渉する。
3時間3000円、2時間2000円という。
ぼられている気配はない。
案外と高い。
でもしょうがない。
とりあえず2時間で契約して、町に向けて出発する。
運転手に「日本軍」のことを聞くも要領が得ない。
とりあえず、地図にあるモニュメント3か所を全部行け、と指示する。
驚いたのは、道路がきれいなこと!!
アスファルトの質が違うのだろうか。
鏡のようなスベスベの道路なのです。
次がその道路の写真。
左の木々が道路に反射して写っているでしょう。
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木の陰なのですが、その影が光り輝いているのです。
運転手のアグスに(乗車後すぐに自己紹介)、聞いてみる。
写真がそのアグス。
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「アグス、クパンの道路はみんなこうなのか?」
「そうだよ」と、アグス。
でも、本当かどうかなあ~
ひとつめのモニュメントに着いた。
それが、これ。
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酋長のような人物像だ。
いずれにしても「….1976年」って書いてある。
インドネシア独立戦争にも関係がなく、
ましてや日本軍には、まったく関係のないモニュメントである。

どうもアグスに聞いても拉致があかない。
彼は歴史の「れ」の字も知らないようだ。
だれか知識人を探そう。
ってんで、海岸に出て、人込みを探す。
と、学生さんがいた。
次の二人だ。
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学校で歴史を習っている筈だ。
地図を見せながら、「日本軍の足跡」を訪ねたいことを告げる。
それならば….と教えてくれたところに行ってみた。

こんなところであった。
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なにがなんだかわからないモニュメントである。
近くに恋人同士らしいのがいる(写真では右)。
近寄って、モニュメントの由来を聞いてみよう....と、
オレの呼びかけに振り向いた彼女。
なんと、男じゃアリマセンカ。
オレ、そっちの方の興味はないので…..早々にバイバイ。

にしても、先般の女学生にも話が通じてなかったようだ。
で、日本軍の足跡探しをあきらめたオレ。

探索を一時間半で切り上げて、空港に戻る。
んで、空港に戻ったオレ、無性にビールが飲みたくなる。
朝からおもろいことがなんにもないオレ、
それに暑い!
バリ島よりもずーと暑い!
可哀想なオレに、せめてビールでもがぶ飲みさせてやりたい。
てんで、空港の向えの食堂に入る。
いくつかある食堂の中で唯一ビールがある店を見つける。

が、冷蔵庫には、缶ビール一缶と大瓶一本があるのみ。
がぶ飲みに耐えうる量ではない。
が、ビールにありついただけでいいか、ってんで席に着く。

席が空いてなく、おばさんグループと相席だ。
と、ビールをぐい飲みするオレを見て、おばさんの一人が、
「ダリマナ:どこの国から来た」と、聞いてくる。
「どこの国だと思う?」オレ、逆に聞いてみた。
まず、最初の答えが、マレーシア?…….に、オレ、「違う」
インドネシア?…….違う!
オレのインドネシア語を聞けば、でないことが判るだろうヨ!と言うと、
そうね、では、シンガポール….それも違う。
そうこうしているうちに、店のスタッフ達も話に加わってきた。
写真はその中のひとり、彼氏がいるが未婚だという、ユリアナ譲。
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で、合計、女性8人男性1人の計9人が、
オレの国を当てる話になった、その中身だが、
ヴェトナム?…….違う。
カンボジア?……違う(カンボジアを知っているのには内心驚く)
中国?…….違う。
韓国?…….違う。(近くなったなあ、でもなんで韓国が先なのだ!)
んん、わからない、イタリア….違う。(なぜ、ヨーロッパに行くのだ)
「オレ、アジア人だぜ!」
アジアは全部言ったはずだ。
「まだまだ、アジアはいっぱいあるだろう。」
ああ、そうだ、インド!だ。
「違うわい!!、日本だ!」とばらすと。
ああ、そうか忘れていた。
というじゃありませんか。
忘れたって…この現実にオレ、唖然としました。
日本って忘れられるほどの国だったのですね~。
空港のトイレの便器が日本製の「東陶」なのに(写真)…..
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食堂でのビール代…..大瓶が500円、缶ビールが350円。
その値段の高さにも、ティムール人の無知にもがっかりしたオレ。
早々に空港に行き、待合室の椅子に大の字になって寝たのですが、
バッグを枕にお金の入ったカバンをしっかりと握り、寝たはずなのに、
目が覚めてみると、手元にカバンがないじゃありませんか。
ヤヤ、と一瞬思ったものの、
すぐに椅子の下の床に転がっているカバンを発見。
「案外、安全なところかも知れない」と、ティモール人を評価するオレでした。
写真は、オレが寝込んだ空港内待合室。
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冷房がなく、まるで蒸し風呂だった。

(アロール島に着く)

16時クパン発、14時50分アロール(マリ空港)着(TransNusa航空)。
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プロペラ機であるが、オレはそんなの気にならない。
飛行機事故を怖がる人が多いが、オレは全く怖くないのだ。

逆に死ぬなら飛行機事故の方が良い。
手早く死ねるのと、航空会社が遺族にお金を払ってくれるので、都合が良い。
そう言えば、今回、日本行に同行したエヴィも同じことを言ってたっけ。
若い((22歳)のに、なかなかの女性だ。

話がそれた。
次がアロール空港。
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アロール空港に着いたオレ、まずはホテルへと向かう車を探す。
といっても、ホテルは、まだ決めていない。
事前の調査では、もっとも大きいホテルは、
「Hotel Pelangi Indah」であるらしい。
とりあえず、そこに向かうことにした。
空港を出ると、例の通り、車やオジェ(バイク相乗り)が言い寄って来る。
空港からホテルまで15キロほどであることは事前に調べてあった。
車を交渉してみる。
1500円という。
高すぎる、というと、4人相乗りがおれば、ひとり400円という。
まあまあ、勘定が合う。
結局は3人の相乗りが見つかり、価格も400円で交渉成立し、ホテルに向かう。
が、町に近づくと、なんだか、いやな予感……
オレのこの種の予感は、案外当たるのだ。

(Hotel Pelangi Indahに着く)

ホテルに着いた。
入口を見た途端に、予感があたったことを知る。
チェックインしようと料金を聞く。
冷房のある部屋で、もっとも安いものは?
「1650円」という。
「なぜに半端な値段なのか」
「1500円だけど税金が10%かかるからだ」
と、応対したのは、昔に女性だったことだけはなんとかわかる、いかにも強欲婆。
「まあ、見せてもらおうか」
と、部屋に行くと、一年ほどは人が住んだ気配のない、“うす暗い囲い”。
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鍵も壊れてかからない。
いくらオレでも、ちょっと可哀想だぜ。
てんで、ひとランク上げて、VIP ルームとやらに変更。
案内されて、その部屋に入る。
冷房はある。
トイレ、シャワー…..思い出すのも嫌だし書きたくもない。

んん?突然にゴキブリが床を歩き出す。
「オイオイ」….部屋を案内してくれた中年の男にゴキブリを指さすと、
彼は、話を止めることなく、裸の足でぐいとゴキブリを踏みつける。
余りにも簡単すぎる….じゃありませんか。
彼の足の裏には、死骸から滲み出た液体がついている筈だ。
オレへの説明よりも、そっちの方を気にしてくれよ。

んんん、でもでも、まあいいかってんで説明を受け、鍵を受け取る。
彼が出て行って、荷物を置こうとすると….
なんだこれは! 
顔の周辺を飛びかう無数の蚊に気づく。
幸いにオレ、こんなこともあろうかと、
バリの家より、フマキラのOne Push Vape を携行してきていた。
One pushで良いのに、5~6回ほど、プッシュした。
と、1~2分もしないうちに、床がほこりっぽくなってきた。

なんということはない。
小さい蚊の死骸が床に積もり埃のように見えるのだ。
写真を撮ってみたが、小さすぎて、残念ながら「埃」にしか見えない。

ううん? トイレは……
戸を開けてみると、やはりやはり、細かな蚊がいっぱい。
目をつむって、スプレイをプッシュするオレ。
薄目を開くと、ゴキブリ二匹が床に….
ああ、オレって可哀想!
バリが恋しい。

が、よし、バリが良い、と再認識しただけでも、この旅は成功だ。
と、自分に言い聞かせて、住むことを決め、三日間の宿泊を了承する。
が、石鹸も置かれてないので、道路に出て石鹸を買い求める。
再度部屋に帰って来ると、足の裏に、蚊の死骸がつくのが気にかかる。
だめだ、だめだ、おれはやっぱり我慢できない。

もうひとつあるホテルを見て来よう。
住所は同じDiponegoro 通りだ。
歩いて行けるところにあるに違いない。
5分ほど歩いたろうか、誰に聞くでもなく、もうひとつのホテル、
Hotel Nusa Kenari Indahを見つけた。

受付には、やはり中年のおばあさんだいる。
が、受け答えに笑みがこぼれることがある。
昔、女性だったというのでなく、今も女性のおばあちゃんだ。

まあ、これなら良さそうだ。
部屋を見せてもらうと、なんとか住めそうに思える。
価格も2500円ポッキリで税金がつかないという。
よし、ここにしよう!!

と、決めてからがまた大変だった。
Hotel Pelangi Indah の強欲婆が、オレの引っ越しを拒むのだ。
引っ越しするなら、一日分の2750円を払えと言うのだ。
「一時間も部屋にいないではないか」
「ベッドもトイレも使っていないじゃないか」
「床の蚊を見てくれ、あれはオレが殺してあげたものだ」
が、強欲婆は一日でも泊まれば良いじゃないか、と言い張る。
「まあ、いい、罰金として200円は払う、それでOKしろ!」に、婆は、
「一度、宿帳に書いたのだから、ボスがそれではOKしない」という。
ボスがいるかどうかも、そんなの信用できない。
押し問答が続く。
で「わかった、1000円払う」
「本当か、見せてみろ」と、いう婆の手に、1000円を押し付けて、
相手の返答を聞かずに、Hotel Pelangi Indahを足早に去った。

さて、そんな経緯で、Hotel Nusa kenari Indah にチェックインしたオレ。
写真は、Hotel Nusa kenari Indah。
d0083068_16445195.jpg

先に見た部屋に入ろうとすると…..
「その部屋は見本にみせただけ、いま他人が使っているから他の部屋に」という。

またまた、変な予感…..
で、案内された部屋、ベッドはまあまあ、
が、シャワー室兼トイレに入って、床を見た途端、仰天……
なんと、ゴキブリが3匹ほど、慌てて動き回ってるじゃありませんか。
まあ、いい、まあ、いい、オレは、無駄な抵抗を諦めた。
なんとか、ここで三泊四日を過ごそう。

と決めて、荷物を部屋に置き、早速に街に出る。
気を取り直して、昼間、飲めなかったビールの飲みなおすことに。

が、みなさん、聞いてくれ。
ビールを飲みながら、食事をする処なんて見つからないのです。
何人にも聞いてみた。
誰もが「あそこに行けば飲んで食べられる」と教えてくれる。
が、教えられた全ての処にビールが置いてないのだ。
オレはだんだんと疲れて来た。
道路で遊んでいた若者達に、
「どこでもいいビールを飲めるところに連れて行け」
というと、若者は、ビールならば、店に売っているという。
判っている。 
ビールを買いたいのではない。
ビールを飲んで食べるところに連れて行けってんだ。
オレの口調もだんだんと荒っぽくなる。
見せた200円札が効いたのだろうか、ひとりの男が「オレが連れてく」と、
名乗り出てくれた。

が、この男、オートバイを持っていない。
傍にいた友人に「貸してくれ」と頼み、オレはそのバイクの後ろに乗った。
が、特殊なバイクなのか、なかなかエンジンがかからない。
んで、かかったと思ったら急発進して、オレは振り落とされた。
転んだのでない、かろうじて飛び降りて、手と膝をついて、ケガはしなかった。
往年の運動神経が、まだ、若干残っていたのだろうか。

「お前はだめだ、バイクの持ち主が運転しろ」と、命じた。
まあ、そんな訳で、どこか判らないけど……、
10分ほど走って、海辺のとあるレストランに着いた。
魚を炭火焼で食べられる、中国人経営のまあまあの店であった。
d0083068_16464081.jpg

が、ビール一本飲んで、
出て来た料理を食べようとすると、停電!!
真っ暗で、なにも見えない。
手探りで食べ、ほぼ食べ終わった頃に、電気が来た。

あああ、なんとも情けなや、今日のオレ、
ホテルに戻ったオレ、水シャワーを浴び、
冷房をガンガンかけて、午後9時、疲れて寝ることに…
が、目が覚めたら、びっくり….の話は、明日書きます。
by yosaku60 | 2014-11-10 16:33 | アロール島 | Comments(0)

アロール島に行ってみました(まえがき)

昨日、アロール島から帰りました。
まずは、なぜにアロール島に行ったのかの説明です。
次の図を見てください。
インドネシアの独立戦争の話に出てくる「Sunda Kecil」の範囲です。
最西端は「バリ島」です。
で、そうなんです。
最東端が「アロール島」なんです。
d0083068_9575472.jpg

Sunda Kecil の最西端に住んでいるので、
最東端も知っておきたかったのです。
それだけなんです。
オレってバカでしょう。
3泊4日の滞在は、なぁんにもなく苦しいだけでした。
でも、得たものも少しはありました。
まだ旅の疲れがとれません。
明日から、アロール島の話を書きます。
写真をいっぱい載せます。
ああ、そうそう、図で茶色に塗ったのが、今まで行った島です。
Sunda Kecil での大きい島は、17個あります。
そのうちのたった5島行っただけです。
次に行きたいのは、大きな「フローレス島」か、
南の小さな「サブ島」です。
by yosaku60 | 2014-11-09 10:06 | アロール島 | Comments(2)


常時ほろ酔い候
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