今日は土曜日、9時からアリが勉強にやって来ます。
3時間の授業の内の一時間は「一般的な社会知識」です。
今日は「バリの歴史」を教える事にしています。
と言っても、ちょっとスペッシャルです。
今は、インターネットがあり図書館がありで直ぐにテキストが作れます。
でも、今日喋る「参考書」は、次を見て下さい。
昭和28年に作られたバリ會発行の「バリ島史要」なのです。
表紙がガリ版なら中身もこんなガリ版です。
巻末の年表を入れて52頁あります。
これを頂いたのは、稲川義郎さん(故人)からです。
その時の稲川さんの言葉です。
「吉井君、あんたにはこれを上げる」
「これを作るのは苦労したんですよ」
「会員のみんなが楽しみにしていて今か今かと出来上がりをせかすんですよ」
みんなが待ち望んでいた、そんな本を稲川さんから戴いたのです。
当時の「バリ會」の会員は300名ほどいたと思います。
会員は、戦前にバリ島に住んでいた人が殆どでした。
日本に戻り、戦後7年経って焼け野原だった東京も、
果敢に復興に挑戦し一歩一歩と前に進み始めた頃でした。
人々の生活も少し落ち着き、昔を懐かしむ余裕が出て、
みなさんバリ島のことを思い出したかったのでしょうね。
そんな気持ちが滲むガリ版刷りの同人誌です。
活字に飢えていた先人たちは隅から隅まで読んだに違いありません。
縦書きなのでアリにこのまま見せても理解できません。
巻末の年表だけを私が横書きして4ページにまとめました。
こんな風にです。
これを参考に勉強します。
この4ページの年表にも表紙をつけました。
昭和28年が1953年であることを言いたいからです。
表紙の絵柄はブレレン王のププタンを選びました。
ププタンは集団自害(玉砕)ですが、バリ島ではオランダと戦って、
ブレレン、バトゥン、クルンクン、タバナンと4か所でププタンがありました。
バリ人ならば皆ププタンを知っていますが4か所であったこと知られていません。
それとブレレンのジランテックの勇敢な戦いのことを殆どのバリ人は知りません。
私はジランテックの調査に彼の子孫の家には二度訪れています。
その時の話を含めジランテックの勇敢さを話そうと思っています。
まあ、それはそうで重要なのですが、
本日、アリに解って欲しいのはもっと別のところにあります。
アリに教材で与える上記の年表ですが...
私がタイピングしていますが中身の内容は変えていません。
昭和28年に書かれたそのままです。
一緒に勉強しながら次のようにアリに伝えたいのです。
アリ、これはね~、67年前の日本人の調査なんですよ....
インターネットなんか勿論にない時代です.....
図書館も今ほどはなかったと思います.....
神田の古本屋でも捜し歩いて資料を集めたのだと思うよ....
戦前にバリに居た日本人はバリのことを心から好きだったのだろうね....
そういう昔の日本人の思いを受け止めながら勉強しようね....
ということをアリに伝えたいと思っております。
私もそうした思いを持ちながら教えたいと思っています。