決死隊員は逃げて行く青年たちには目もくれず、
各監房内の日本人救出に全力をあげた。
丁度その時、血まみれになった日本人数名が
監房内から転がるようになって飛び出して来た。
この人達は我々の身体に抱きつくなり,
「ありがとうございました」
と泣きながら礼を言っていた。
この中のひとりは、
中部陸輸総局の寺垣司政長官であったが、
寺垣氏は我々に礼を言った後、
それ以上は口を利く気力もなく、
所内の庭に崩れる様に倒れてしまった。
中部陸輸総局で特殊任務に携わっていた青木分隊長は、
これが寺垣俊雄司政長官閣下であることが一目でわかった。
青木は長官に傍に駆け寄り、
「救護班がすぐに来ますから、どうぞ頑張ってください」
と大声で告げ、携帯していた三角巾で、
出血の激しい腹部の応急手当てをして差し上げると、
幽かな声で、
「青木さん、ありがとうございました。
他の人達のこともよろしくおねがいします」
のみ、言い終わったが、
顔面は既に死相になっていた。
監房内の死体を搬出していた青木は、
薄暗い監房内の血痕の飛び散っているようなものに気付いた。
側によってよく見ると、
「インドネシアの独立を祈る、万歳」
と書かれた血書である。
機銃で射殺された日本人犠牲者が死を直前にして、
流れでる自らの血を指に採り書いたものである。
文字の大きさは、一文字十センチぐらいで、
最後の「万歳」の文字はもう精根尽き果てたという感じであった。
青木はすぐに、この文字のことを報告した。
隊長はこの文字の前に立って、
しばし茫然としていたが、ただ一言、
「遅かった」
と、腹の底から絞りだすような小声を残して壁から離れた。