あけっぴろげてあらいざらいのあるがまま



ドミニカからの密航者(その19; ビラデコンデ港停泊)

(14) ビラデコンデ港 停泊

マナウス出港以降、
密航者にご飯を与えるのも風呂に入れるのも煙草を吸わせるのも、
全て私自身が携わることとした。
コ三ユ二ケーションを良くするためと、
これ以上失敗できないからである。 
二人とも従順になって来ており、
密航することよりもサントドミンゴに帰りたくなってきている。
一時期より安心してみておれる。

11月2日 08時25分 ビラデコンデ入港。
町も何もない。
代理店員もスピードボートに乗ってベレンから1時間かけて来るところ。
明朝7時の出港予定である。
あしかせつけ、それにツイストロックをぶらさげ、
ドアーには大きな錠前をつけ、
ダンパーは鉄板に変更していたので安心していた。

夜中の12時。  
甲板手、密航者のデッキからコトコト音がした様に思え、確かめに行く。
人夫がドアーの前にいる
近づくと逃げる。 
アッパーデッキに通ずるアイアンドアー開きぱなしであった。
鍵の蝶番をこじ開けようとした跡がある。
覗き穴から密航者を見る。
どうも様子が不審。
通報を受けた二航士ドアー前に見張りを立てさせる。

船長 2時に様子を見に降りて来て、この事実を知る。
直ぐに密航者を点検する。
部屋に入って電気を点けてみると
ツイストロックを繋いでいたチエーンが切られている。
部屋に煙草がある。
ライターがある。
危ないところであった。

ブラジルの下層階級は自分自身悪いことをしながら、
貧しい者を可哀想だと思ったりするところがある。
直ぐに他人に同情する
同病相憐れむの心境なのであろう。
生活苦から来た防衛本能が醸成するこのような性格、
ファミリー思想の豊かな国に多い。

本船フイリピンクルーもそうである。
自分も十分でないのに可哀想な人に涙を流してものを与える。
核家族化した日本人には、理解できない”思いやり精神”である。
いずれにしても外部から密航を助ける輩がいることに驚く。
今後各港共注意すべきである。
乗組員1名停泊中常時ワッチさせることとする。

............

(解説)


私自身が携わる;

航海中の3度の食事は、リオンとペドロと一緒に食べた。
食べる場所は、部屋ではなく、甲板上とした。
船橋で当直する乗組員は、我々3人が食べるのを監視していた。
青空の下、みんなが見ている中で、
3人が車座になって食事したということだ。

ツイストロック;

重りに使用した鉄の塊りの名前


人夫がドアーの前にいる;

ドアーの前にいたのは男だった。
が、煙草をくれたのは、リオン曰く、きれいな女性という。
女性は「可哀想!可哀想!」と涙を流したらしい。
何人か共同して、密航者を逃がそうとしたようだ。

他人に同情する;

極端に言えば、泥棒にまで同情する。
例えば、リオデジャネイロの貧民街は貧しくて危険。
事情知らずに近寄るのは危険とされる。
だが、人々の優しさが溢れる処でもある。
私がブラジルに住みたいと思った原点(多種多様)である。
海外移住をブラジルにしたかったが、
カミさんに反対され、結局はバリ島に来てしまった(笑)。

全体説明;

この時の二人、自分からすすんで逃げるのではなく、
逃がそうとしてくれる外部侵入者が居たので、
その誘いに呼応して行動を起こしたように思えた。
二人を責める気にはなれなかった。
なんと甘いのだろうと、自分を責めた。
# by yosaku60 | 2017-03-24 08:06 | 日本=船員・船長時代 | Comments(0)

ドミニカからの密航者(その18; マナウス出港)

(13)  足かせを。 マナウス出港。

朝、代理店が出勤する時間を狙ってすぐに密航者を捕まえた事実を知らせる。
出港手配を出来るだけ早く依頼する。
パイロットその他どれだけ早くても10時になるという。
....DIMMERRAGE 計算 17時間
9時 ポリスオフィス仕事開始。
9時30分密航者二名本船に来る。
朝早くから準備し作っていた足かせをポリスの見ている前で彼らにつけ溶接する。
もう泳がれる心配はない。
d0083068_0572323.jpg

写真は、重りの紐を持っている、左;ペドロ、右;リオン。

..........


(解説)

dimmerrage;

スケジュールの遅延による損金を言う。
船は経済活動をしており、時間が遅れるとそれだけ損失する。
密航者の処理のため、17時間スケジュールが狂った。
それすべて、船長責任である。

あしかせ;

早朝から、機関部に指示し、作らせておいた。
鉄の輪にチェーンをつけて、
そのチェーンの先に鉄の重りをつけて、
その重りに紐をつけた構造である。
その鉄の輪は、半分に切っておいて、
足にはめたあと、両端を溶接する。
d0083068_0575845.jpg

歩くときは、紐で重りを吊って歩く。
鉄の輪と足の皮膚の触れる処は痛いので、
間に布を押し込んでクッションにした。
# by yosaku60 | 2017-03-23 09:49 | 日本=船員・船長時代 | Comments(0)

ドミニカからの密航者(その17; 逃亡Bの8)

12-5  リオン逃亡経路

左舷側より川に飛び込んだ。
少し泳ぎ、息を整え一気に潜る。
桟橋の下まで約25メートル。
前に隠れたことがあるので構造は分かっている。
入れば見つからない。
それほど疲れず船の船首に近い桟橋下に行き着く。
そのまますぐに上に這い上がり、桟橋デッキのビーム裏の真っ黒な所に入る。
身を屈め捜索員が近くを通っても動かず。
6時間待つ。
人の声が上で聞こえたり捜索員も通るので退屈しない。
19時00分陽も沈み辺りがすっかり暗くなる。行動を開始する。
仰向けになり鼻と口のみ水面に出し、
足は動かさず手のみゆっくり動かし、波を立てぬようゆっくり泳ぐ。
桟橋の上から見張り員がこちらを見ている。
見ていても見えていない筈だ。
川の色は自分の肌と同じ色だ。
おまけに真っ暗闇だ。
船の右舷側から左舷側と泳ぐ。
さらに泳いで沖のブイに着く。
少し休む。
上に登ろうとするが足を掛ける場所がなく諦める。
付近をボートが通る。
前はボートの乗組員に見つかった。
いやな予感がする。
すぐに川に身を沈める。
夜だというのに案外小舟が通る。
その度に潜る。
アマゾン河には人を食べるピラニアがいることを知っていたが、
この時はそれを忘れて泳ぐ。
桟橋付近に人影がなくなるのを待つ。
d0083068_6523946.jpg

その後、彼は300m~500mの行動範囲を行ったり来たり5時間30分泳ぎ続ける。
桟橋の近くは乗組員が見張っているので近づけなかった。
乗組員がいなくなるのを待つもその傾向がなかった。

川をわたりきり対岸に逃げれば良かったのにと聞くと。
「灯りがついてなかったから」と言う。
少し泳げば上陸して逃げおおせる暗い場所がいくらでもあったのに、
と現場を知るものには疑問が残る。
結局 桟橋の近くの「薄暗い所」を選んで上陸し見つけられた訳であるが、
まだ16才一人で5時間も暗夜に泳いだ彼の心細さの心理状態を垣間見る。

疲れて泳ぎ着いた岸辺にポリスがいて捕まった。
10月29日 00時40分であった。
捕捉したリオンをその夜は港内のポリスの詰め所に預かってもらう。
ポリス詰め所での彼は結構おとなしい。
すぐに食事とジュースを与えられたからである。
厳しさと優しさを交互に出しいれするポリスに、その道のプロを感じる。
2人共ポリスに預けた。
安心だ。 
後は今朝の出港手配を出来るだけ早くすることのみである。
その時の時間、02時30分。
# by yosaku60 | 2017-03-22 06:54 | 日本=船員・船長時代 | Comments(0)

可哀想に!年寄りラクダ

無理して食べさせているのは獣医さん。
腹の後ろがペコっと凹んでいるのが解るだろうか。
食べ物や水が腹に入ると、ここが膨らむ。
食べても、ここに入っていかない。
それよりも食べなくなった....老衰かも、可哀想だ。
d0083068_9511898.jpg

# by yosaku60 | 2017-03-20 09:51 | バリ島=その日のできごと | Comments(0)

ドミニカからの密航者(その16 逃亡Bの7)

12-4   リオン捕捉

日が変わり、10月29日 00時45分、
乗組員Aグループが桟橋の各所定位置で動くものを見張っていたとき、
だれかが歓声を挙げる。
桟橋と陸上にかけられた橋の上を5人のポリスに囲まれて、
服を濡らしたリオンが連行されて来る。 

前日の夕方はポリスなんら動かず。
深夜になって乗組員がまだ捜索を続けているので、
その熱心さにほだされて動き出す。
たまたま前日の捜査で仲よくなっていたポリスがいた。
そのことも幸いし協力的であった。

00時頃より2名のポリス桟橋下に入り、
3~4名のポリス、ここはと思われる上陸地点で待ち構える作戦をとった。

桟橋近くは乗り組員10名の目がみている。
こういう監視下の中、ポリスが張っている岸辺に、
泳ぎ疲れたリオンが上がって来て捕まったのである。
.........(経費としてポリスへの感謝品贈答費用発生)

.........

(解説)

リオンを捕まえた時、ホッとした。
同時に、もう逃がさない....と自分に誓った。
# by yosaku60 | 2017-03-20 09:32 | 日本=船員・船長時代 | Comments(0)

ドミニカからの密航者(その15; 逃亡Bの6)

12-3  ペドロ再度拘置所へ

話溯る。
14時00分いったん拘置所に入れられていたペドロ本船にやって来る。
事務室前の小トイレの中に入れる。
水があり、トイレができ、事務室に近くいつも見張れるからあである。
ペドロ暴れる。
ポリス手錠をすることをアドバイスする。
ブラジルでは20歳未満の者には手錠をかけれない。
が彼の17歳は嘘、25歳であった。
まして本船はパナマである。
やるのは日本人、やられるのはドミニカン。
緊急の拘束安全面重視で許される筈。
ポリスより手錠100USDで買う。.........(経費手錠購入代発生)

18時00分。
ペドロ暴れ出し手錠いとも簡単に切る
このとき手錠が食い込み手首を傷つける。
再度ドアーのダンパーを壊そうと試みる。  
船長 一航士 ドアーの前で見張ることにする。
中で時々暴れる。
途中で代理店が来る。
この様子を見て再度ポリスに預けたらどうかとアドバイスしてくれる。
リオンの捜索に加わりたいので、できるものならそう願いたいと返答する。
このポリスが来るまで3時間あった。
その間ペドロと最初は互いに文句の言い合いをしていたが、
ある時点、ペドロが自分のこの先がどうなるか尋ね、
それに優しく返答してやった時点からペドロの態度、急に従順になる。

父がどれだけ心配しているか話すと涙ぐむようである。
お金があることのみが幸せでないこと、
世界にはまだ貧しい国があること、
の話にも心から納得するように頷く。

この経験で密航者にも、ある程度情をもって見てやる必要のあること。
わたし自身勉強する。
吉村昭の「破獄」に書かれているとおりである。

以後密航者には決められたルールの中での自由を許した。
22時30分ポリスの銃下の元、ペドロ拘置所に向かう。
脅えるペドロに明日迎えに行くから心配するなと声かける。
.........(経費としてポリス手配、拘置所拘留費用発生)


........

手錠いとも簡単に切る;

どんな風にして、切ったのかとやらせてみると、
両手首を捩じって(交差させて)それを戻すだけ。
痛いとか、手首がちぎれる、とかの感覚を通りこせば、
こんなに力がでるのかと、びっくり。
ただ、ペドロの手首の皮が剥けて、肉がはみでていた。
写真は、私(髭も真っ黒、まだ若い)。
d0083068_7505312.jpg

# by yosaku60 | 2017-03-19 07:51 | 日本=船員・船長時代 | Comments(1)

めっちゃ足が長い娘さん発見

今朝のビーチ。
とんでもなく足の長い娘さんに出逢った。
d0083068_11224641.jpg

インドの南部出身だという。
これだけ足が長いと、人間に見えない。
10センチでいいから、分けてくれ。
あんたも人間になれるし、オレも人間になれる。
d0083068_11255335.jpg

# by yosaku60 | 2017-03-18 11:25 | バリ島=その日のできごと | Comments(0)

ドミニカからの密航者(その14; 逃亡Bの5)

17時50分 日没。  
辺りが薄暗くなり、積極的捜索は諦め、出てくるのを待つ捜索に切り替える。
全員での捜索から乗組員をAグループとBグループに分け、
交替で捜索を続ける長期戦法に切り替える。 
出港は明朝とした。
代理店に明朝(月曜日)FEDERAL POLICEに出頭して書類を整えて、出港したい旨伝える。
指紋も写真も彼の密航事実のサインも取りつけてある。
あと乗組員の捜索努力を認めて貰えば何とかなるだろう。
代理店は、密航者以外にもやっかいな乗組員の解雇送還者を船長から依頼されていることもあって、早く本船の様なトラブル続きの船追い出したいらしく、クリアランスが出ているから出港していいのではないかという。
そうはいかない。
国と国の問題であり、しかるべき所に正式に届け出て、後のもめごとなくして出港したい。

........

(解説)

全体説明;

船は、経済活動をしており、一日遅れると損金がかさむ。
それも、小さな額ではない。
代理店の出港依頼は、本社からの出港依頼でもある。
その時の私は商船三井の社員ではなく、
期間雇用の雇われ船長だった。
そんな身分であったにもかかわらず、
雇い主の(会社)の指示をはねつけ、出港を延期したのは、
船長として苦渋の判断であり、帰国後の「解雇」を覚悟した。


FEDERAL POLICE; 港湾警備警察隊

クリアランス;  出港許可証。 これがないと出港できない。
          逆にこれが出れば、すぐに出港しなければならない。


国と国の問題;

違う国の犯罪者をその国に解きはなしたという不作為犯罪行為。
本船は、パナマ籍であった。
私もパナマ国の船長免状を受有しており、
乗組員もパナマ国の「船員法」の中で雇い入れをしていた。
で、法的には、パナマ国とブラジル国の問題である.....が、
個人の犯罪となれば、私が日本国籍であることから、日本とブラジルの問題。
# by yosaku60 | 2017-03-18 07:53 | 日本=船員・船長時代 | Comments(0)

ドミニカからの密航者(その13; 逃亡Bの4)

この考え方に沿い、
一航士と共にゲートの前のマーケットに行き人集めをする。
100人も集まれば捜索効果あるだろう。
一人$5合計$500.....
大声をだすが物珍し気に人が集まるのみで、
とても捜索集団を作れる状態にはならない。
まあよい。
捜索努力を見せつけたことになる。
次に警察の派出所を回りながら「ポリスは私の船に来い」と現状を訴える。
拒否される。
まあよい。
次いで港湾ポリスの本部に行く。
ポリス増員を依頼する。....(経費としてポリス増員費用発生)
これはいとも簡単に了解される。
最後この増員ポリスが水際でリオンを捕まえたのだから、
この依頼は結果的に成功であった。
この依頼を終え、船に帰る際代理店員に会う。
ペドロの身柄、今晩船に泊めること依頼される。
彼はまだおとなしい、了解する。
船に帰り、捜索の指揮をとる。
日本人が桟橋の下に入り追い出し、
フイリピンが桟橋上の重要地点に散らばり見張ることとする。
ある部分は泳いで探す事とする。
代理店に言ってボートも手配した。
...(経費としてボート手配代発生 代理店払い)

.......

(解説)

この考え方に沿い;

騒々しくすることで努力をしているごとく見せつける.....
という考え方。
ポルトガル語でわあわあ騒いだが、
私のポルトガル語は、片言語。
町を歩く人にどれだけ伝わったか疑問。

一人$5合計$500;

もしも本当に人が集まったらと思い。
お金はポケットに準備して行った。
# by yosaku60 | 2017-03-17 01:53 | 日本=船員・船長時代 | Comments(0)

ドミニカからの密航者(その12; 逃亡Bの3)

12-2 捜索手段の決定

食事から帰ると、一航士「たった今密航者逃げた」という。
ペドロは捕まえたがリオンは、桟橋の下にいると言う。
10月28日12時50分。
乗組員を全員集めて、捜索を指揮する。
日本人4人と二航士,NO.1 OILERの6人で桟橋の下に入る
約一時間かけて見て回るも見つけれぬ。
しかし、このときミスがあった。
私が暗闇に向けて目を凝らしているのを
リオンはその暗闇の中で正面から見ていたのであった。
懐中電灯を持って入らなかったのが失敗。
暴れ出したとき「船長に会わせろ」と叫んだとのこと。
だから私が行けばリオンは私に飛びかかって来るだろう。
私の顔さえリオンに見せればよい、と考えトーチランプ携行せず。
いつでも戦える足の運びで捜索した。

この一回目の捜索経験で次を思い知らされる

1、捜索人数が足りない。
2、捜索者の二次災害防止要(マンホールに転落、酸欠殺傷..リオンはナイフ携行の噂)
3、フイリピンクルーの捜索に真剣さは期待できない。
4、桟橋の下は密航者とって我々が丸見え、
  なのに我々にとっては密航者が見えない場所が多すぎる。
  発見が困難。
5、見つけれない公算大、その先の対策必要。

従って捜索手段を次のとおりに切り替える。

1、捜査員を増やす。
2、日没までは桟橋の下から動かないと確信した捜索にする。
3、探せない場合、後に問題なく出港すべく乗組員の捜索の努力を外部に見せつける。
4、そのため出港を半日延ばし、明朝出港を覚悟し、それまで捜索続ける。
5、探すのではなく彼が出てくるのを待つ捜索とする。

..........

(解説)

二航士;   二等航海士
NO.1oiler;   操機長

桟橋の下に入る;

理組員全員を、桟橋の上に配置させた。
機関長(日本人)と二航士(フイリッピン人)を桟橋の東端の水面に、
一等機関士(日本人)と操機長(フイリッピン人)を桟橋の西端の水面に配置し、
私(船長)と一等航海士(日本人)の二人はアマゾン川を泳ぎ、
桟橋の下に入りパイプの上に登り、以後、パイプの上を渡りながらリオンを探す。
こちらのパイプから次のパイプに移る時は、私は足が短く届かず。
肩の辺にあったアングルの角を手でつかみながら、
少しぶら下がり気味で、次のパイプに移動した。
d0083068_11294774.jpg

230m、このような移動だったので、移動そのものが大変だった。
で、暗がりのリオンを見つける行為がおろそかになった。

見ていた;

リオンを掴めたあとで、このように告白された。
# by yosaku60 | 2017-03-16 09:49 | 日本=船員・船長時代 | Comments(1)

ドミニカからの密航者(その11; 逃亡Bの2)

(12) 捜索

12.1 浮き桟橋

d0083068_7584568.jpg


1、直径1.2m の大きなパイプを組んだ筏、
  その上にコンクリートのデッキを乗せたフローテイングバース。

2、全長230m

3、バースにたいして横置きに83個のパイプ。

4、周囲の一部を除き、内部は光が届かず暗い。
  特に密航者が隠れた場所は真っ暗で見えにくいところだった。

5、横置きパイプ縦置きパイプともところどころに、
  人間の十分入れる穴が開いている。
  この中に入られると見つけると不可能。
  ただし内部酸欠の恐れ有り。

6、パイプを次々にわたって歩くこと不可能ではないが困難。
  そのため捜索にも時間が掛かる。

7、浮き桟橋が出来て以来、桟橋の下には、
  人間を食べる大きな魚がいるという伝説あり。

8、桟橋の下には電線が右に左に入っており、
  潜ると足が絡まって上がってこれないと言う。


........

(解説)

この中に入って捜索したので、
その捜索が解りやすいように、あらかじめ図を描いて説明した。
# by yosaku60 | 2017-03-15 07:46 | 日本=船員・船長時代 | Comments(0)

ドミニカからの密航者(その10; 逃亡Bの1)

(10) マナウス港 出港準備

10月28日(日曜日)16時頃荷役終了が見込まれたため、
パイロット乗船17時00分として出港準備をアレンジした。
事実15時20分に荷役終了し、16時30分にカーゴのラッシングも終了した。
本来ならば予定通り17時に出港できた筈であるが、
密航者の2回目の逃亡があったため出港が遅れることとなった。
.........(17時間のDEMURRAGEの経費発生)
.........(岸壁使用代などの港費1日分発生)


(11)  マナウス港 2回目の逃亡

10月28日 船長は昼食を食べに上陸した間であった。
密航者が逃げてから15分後に船長帰ってくる。 
12時30分 密航者の部屋から音が聞こえる。
ドアーを壊している音である。
乗組員約10名ドアーの前に集まる
一航士、ポリスを呼びに行かせる。
なかなかポリスが来ない。
内側からドアーの破壊が続く。
ドアーが破壊される。
ワッチマンの持っているナイフは刃渡り10センチ、短くてか細い。
ロッカーを壊した木材を振り回し暴れる。
フイリピンクルー怖くて一瞬逃げる。
リオンその隙を狙ってペドロに”走れ”と怒鳴りながら逃げる。
そのままデッキに出る。
.........(経費として居住区内備品 ドアー破損修理費発生)

なぜこの時アッパーデッキの通路が開いていたか疑問である。
しかし後程ブィラデコンデ港で逆に人夫に侵入され分かった。
本船は居住区回りの施錠を全くやっていないのである。
今回は日本で私と2/MATEのみの交替で、他は全員南米航路を経験している。
前船プリメラピーク同様全ての施錠が当たり前に実施されているものと思い込んでいた。
これは私のミスであった。
デッキに出ると乗組員が追っかけて来る。
棒を振り回すと乗組員また逃げる
その隙を見てNO.1艙の横から川に飛び込む。
川に飛び込むもペドロ逃げる気なし。
泳いでいるところを上から物を投げられると、手を挙げ降参。
桟橋の待つポリスのところに自分で泳ぎ着く。
一方のリオン、少し泳いで潜ったと思ったらもう浮いてこない。
この後約12時間、リオンの捜索が続くこととなる。

...........

(解説)

船長帰って来る;

逃げた後、15分して私が帰って来た。
私は彼らが逃げた時、船にいなかった。

ドアーの前に集まる;

なぜにドアーが壊されるのを見ていて、それを止めれなかったのか。
乗組員を怒りつけたかったが、あとで言ってもしようがない。
それほど怖かったのだろう。
私は、黙って我慢した。

一航士;

一等航海士のこと。
船長がいない場合、一等航海士が船長の代わりを務める。
この時の一等航海士は日本人だった。
やわな男ではなかった。
気の強い、統率力のある男だった。
信頼をおいていた。
彼にしても、この場を抑えきれなかったということだった。

2/MATE;

二等航海士。

プリメラピーク;

その頃、商船三井には、
プリメラピーク、アストラピーク、グロリアピークと「ピーク型」が3隻いた。
ピーク型の構造は、3隻とも同じである。
私は、前年にプリメラピークの船長を経験していた。
# by yosaku60 | 2017-03-14 08:00 | 日本=船員・船長時代 | Comments(0)

ドミニカからの密航者(その9; 逃亡Aの5)

(9) 密航者  真実を白状する。

10月27日(土曜日)代理店の発案で、
密航者とサントドミンゴ代理店と話をさせることとする。
私はこのこと思いつかず、代理店の発案有難かった。
この時点でサントドミンゴは、兄ペドロについては、
問題なく書類を作れることを知っていた模様である。
住所は違うものの名前の一部(呼称)は合っており、
なんらかの方法で探し得たのであろう。
弟リオンが自分の出生をいろいろ白状するのが鍵であった。 
  
兄弟は別の地で生れる。
今もすぐ近くではあるが別々に住んでおり、
それぞれ家賃7$/月を払っている。
異母兄弟であるが、どちらの母も既にいない。
父は遠くに住んでおり、電話で連絡を取るのみ、と言う。

兄ペドロをまず連れだし、サントドミンゴと話をさせる。
逃がさぬように私の手とペドロの手をくくって行ったので、
電話の際も彼のすぐ側で顔をまともに長時間の睨むこととなる。
嘘をついてないこと直感できた。
いったん電話を切り船に帰り、リオンを連れ出す。
リオンにペドロが白状したことを話す。
今回はリオンも観念する。
ペドロ同様、電話の彼を見続けたが、すっかり本当を喋っていると思えた。
彼の電話の後、サントドミンゴと話す。
「船長 大丈夫 書類つくれる」の返事あり、一安心。 

..........

(解説)

連れだし;

当時、船からは電話がかけれなかった。
岸壁にあるポストオフィスに電話機があるので、
電話をかける時は、そこまで連行しなければならなかった。


一安心;

一安心したものの、次の問題が出た。
ただ、それは、このあと、ドミニカから知らされた話。
この時点では、まだ、それを知らない。
どういう問題かというと.....
父親が、リオンなんて知らない、というのである。
そういう子供は、自分に居ないというのだ。
リオンは、本当のことを喋った。
が、その裏付けのための証拠が作れないのだ。
ということは、送還書類をも作れない。
父親を説得しなければならない。
どうしたら良いのだろうか。
方法がみつからない。
ドミニカの実力者に近づき、説得させるか。
お金を提供して、喋らすかであろうが。
会社にそういうことを頼むわけにはいかない。
結局は、自分だけでそういうことをしなければならない。
でも、そう言う顔もなければ、財力もない、などと悩んだ。
ほんとうにいろいろあった(笑)。
# by yosaku60 | 2017-03-13 07:56 | 日本=船員・船長時代 | Comments(0)

ドミニカからの密航者(その8; 逃亡Aの4)

弟のリオン、川に潜っているに違いない。
乗組員とそのうち見物者も加わって桟橋周囲の海面を睨み続ける。
 「もう逃げ切ったかもしれない」誰かが言い出した頃、
桟橋に接舷した機帆船の横で歓声が上がる。
疲れて浮いて来たリオンを見つけ、引き上げる。
この逃亡劇でリオン、夜泳いでも見つからないことに自信もつ。
逃亡後約1時間。
.........(経費としてボート乗組員への捜索礼金発生)  
.........(同じくポリスへの謝礼贈り物の経費発生)
.........(代理店も捜索に加わるがこの経費不明)


(8)ドアーダンパーの補修後 再保護

打ち破られたダンパー部分に鉄板を嵌めボルト締め補修後、再度保護する。
シャワーを浴びること要求されるも、出港後迄待てと断る。
この断りが次の逃亡につながった点あり、私のミスであった。
二回目の逃亡での捜索で私自身泳いだが、
ここはアマゾン河でもリオネグロと呼ばれる黒い水。
泳いだ後、頭洗うと洗面器が真っ黒になる。
彼らとて、ドップリと水に浸り気持ちが悪かったはずである。
さらにダンパーを鉄板にしたため、空気の換気が悪く、
室内の衛生条件良くなかった筈である。
この不満が爆発して二回目の逃亡になった部分あり。
10月26日の夜より出港までワッチマンを手配し、ドアーの前で見張らせる。
夜中に見てみるとワッチマンは隣の部屋で寝ている。
代わりにに朝まで船長が見張る。
.........(経費としてワッチマン手配代金発生)

...............

(解説)

リオンを見つけた;

浮き桟橋の沖側には、本船が着いていた。
内側(浮き桟橋の港の陸岸側)には、小さな機帆船が何隻も着いていた。
機帆船の中では人が生活しているため、電気がついていた。
その機帆船の横にリオンが浮いて出てきた。
浮き桟橋の上には、本船乗組員が総出で見張っていた。
機帆船で生活している人々もその騒ぎを聞きつけて知っていた。
それで、浮いて来たリオンをすぐに見つけられた。
ただ、浮き桟橋を離れ、少し遠くに泳ぐと真っ暗で上陸できそうな処がいっぱいあった。
何故、そこまで泳がなかったのだろうか。
後日、リオンに聞いた時のリオンが答えが、
「真っ暗なところは怖かった」であった。
やはりまだ子供だ....と思ったことを想い出す。

リオネグロ;

リオネグロは、ポルトガル語で「黒い川」の意味。
マナウス港は、アマゾン川でも二つの大きな川が合体する処にある。
その二つの川の一方をリオネグロと言う。
上流の木の葉の溶けるのが多く、黒色に変色しているのだそうな。
マナウス港は、リオネグロの方に位置する。
ということは、沖の方向に、もう一本の川があることになる。
川の色が違うので、その境が完全に解る。
そんな、アマゾンの大河ぶりが感ぜられる処がマナウス港だ。

二回目の逃亡;

思い出しても嫌になる。
あの時の悔しさがよみがえる。
最悪だった。
# by yosaku60 | 2017-03-12 07:25 | 日本=船員・船長時代 | Comments(0)

ドミニカからの密航者(その7; 逃亡Aの3)

見つけられた密航者、泳いで逃げ出す。
ボート、それを追いかけながら本船に知らす。
船尾を回り浮き桟橋のほうに逃げる。
海面が暗いのとほとんど潜っているので、本船からは泳いでいるのが見えない。
本船乗組員とポリスは、タラップを降り、浮き桟橋に移動。
船長とポリス1名 ボートに乗る。
浮き桟橋の下の海面に顔を出したペドロの顔をトーチランプの光のもとで見つける。
ボートは中に入って行けない
「こちらに来いペドロ」と呼んでも来ない。
ポリス脅かしの拳銃を発砲する
ペドロ観念してボートに上がって来る。
「リオンは何処にいる、言わないと殺す」
それを聞き、暗闇に向ってペドロはリオンを呼ぶも返答無し。
そのうちペドロ「リオンは殺しても良い」と言い出す。
逃亡後約30分


..........

(解説)

ボートは中に入って行けない;

奥が行きどまりの横穴のようになっていた。
天井が低くボートに乗ったままでは上が閊えて入れない。

拳銃を発砲する;

私が呼んでもペドロは動かない。
と、横のポリスが突然に発砲した。
面倒だ、と思ったようだ。
パン!拳銃の音を初めて聞いた。
乾いた小さな音だったので、本当に発砲したか、
瞬間は信じられなかった。
が、ペドロの前の水面に撃たれたのを多分ペドロは解ったのだろう。
私からは、どこに撃ったのか見えなかった。
ペドロは、両手を挙げ、ボートの方に来た。
d0083068_1051938.jpg



リオンは殺しても良い;

この発言、その時はびっくりしたが、あとで思ってみると、
リオンに振り回されているのが嫌になったのだろうと解る。
# by yosaku60 | 2017-03-11 09:27 | 日本=船員・船長時代 | Comments(0)

ドミニカからの密航者(その6; 逃亡Aの2)

一方、乗組員。
出入港作業に関係されない2ND COOKは上陸しようとバスルームでシャワーを浴びる。
終わってバスルームから出ると密航者のいる部屋の通路の前にダンパーが外して置いてあることに気付く。
中を覗くと誰もいない。
すぐに大声で騒ぐ。
逃げてから1~2分後のことであった。
乗組員全員に緊急捜索を指示する。
同時に岸壁にいるポリスに通報する。
ワッチマンに代理店に知らすこと依頼する。
この間乗組員すぐに舷側に下げられたロープを見つける。  
乗組員のほとんどが出て、デッキでウロウロ、あるいは川面をトーチで照らす
その時の密航者。
川に入った途端、デッキで乗組員が騒ぎ出しトーチで照らされた。
舷側にへばり付いたまま動けず。
舷側はカウンターとなっていて上からは死角で見えない。
運よく現地人の乗った3隻の遊休ボートが通る。
本船の騒ぎを気付き、舷側に近寄り、へばりついている二名を発見する。
本船にここにいると合図する。
逃亡後約15分だった。

..........

(解説)

2nd cook;

乗組員の持ち場は、甲板部、機関部、司厨部に分けられる。
司厨部は、賄部ともいい、食事を作る処で、たいがいは3名いる。
3名の中のトップが、chief cook 、
次が second cook ( 略して2nd cook )、
3番めをメスボーイという。

ポリス;

海外との貿易港の港内は、外国と同じである。
港内から町に出る時は、ゲートを通らなければならない。
ゲートには、看視のポリスが駐在する。
同時にポリスは、港内のあちこちで看視もする。
社会主義国では、ポリスでなく軍隊の場合もある。
マナウス港では、港内のあちこちにポリスがいた。
フローテイングバースの近くには、ポリスステーションもあった。

ワッチマン;

変な現地人が船に乗りこんで来ないか、
監視するために本船が雇っている現地人。
現地人と乗組員との間に立つ仲介者でもある。

トーチで照らす;

船の甲板上は、荷役作業をしているため、灯りがつき煌々としている。
が、その時、船上から見るアマゾン川は暗かった。

二名を発見;

報告書に書いたイラストをそのまま転載する。
「ボート乗組員が見つける!」のイラスト説明あり。
d0083068_871327.jpg

# by yosaku60 | 2017-03-10 08:08 | 日本=船員・船長時代 | Comments(0)

ドミニカからの密航者(その5; 逃亡Aの1)

7、マナウス港 一回目の逃亡 

10月26日 18時20分 マナウス港 フローテイングバースに着桟。
入港で乗組員がザワザワしているチャンスを狙い、ドアー下方のダンバーのビスを外し始める。 
道具を使わず指先で回しているうちにビスが緩む
内側のダンパーを完全に外し、抜いたビスをこれ見よがしに机の上に並べる
外側のダンパーは足で蹴れば開けれる。 
この状態で通路の物音に耳をすませ待機。
21時30分、外側のダンパーを蹴破り脱走。
アッパーデッキのアイアンドアーは、ロックが壊れていた。
外から入れないが、内からは出れる状態であった。
で、容易にデッキに出る。
左舷側(川側)のデッキからロープを降ろし、それを伝ってアマゾン川に逃げる。
リオンは途中からすぐに川に飛び込んだ。
ペドロはロープをしっかり掴んでいたため、途中で手が滑り、手の皮をすっかり擦りむく。

..........

(解説)

マナウス港;

アマゾン川の河口から上流の丁度中間点にある大きな都市。

フローティングバース;

アマゾン川は、雨季と乾季とでは、水量が極端に変わる。
水量が違うということは水位が違うということで、その最大高低差は10mになる。
こう言う場所では、固定式の岸壁は作れない。
水位と一緒に上がり下がりする、浮き桟橋でなければならない。
浮き桟橋のことをフローティングバースという。

ダンパー;

ドアーは木製だが頑丈にできている。 
そのドアーの下部に30センチ四方ほどの穴を空け、
アルミ製の蓋をしている。
その蓋には、スライドできる格子がついていて、
室内と室外との空気の取入れができるようになっている。
その構造をダンパーと言う。
このアルミ製の蓋の枠が、ドアーにビス止め(10個ほど)されていた。

ビスが緩む;

あとでのことだが、「どうしてビスを開けれたのか」と聞いたら、
「指で押しながらまわしたら緩んできた」
「一個外したら、その一個を利用して、次々に外せた」
「簡単だった」とうそぶく。
吉村昭が実話の小説{破獄}の中で、主人公の脱獄者が
「どんな釘であろうと長期間指で押して回しているうちに動いて来て抜ける」
と告白していることを思い起こされる。

これ見よがしに机の上に並べる;

これを見た時、まさにそう思った。
密航者は、私(船長)を馬鹿にしているのだ。
こんなドアー、簡単に抜け出れるよ、という私への嫌がらせだ。
ビスが床に散っていたのならまだ許せる。
机の上に、きとんと並べておいてあった。
私への挑戦だ。
これを見た時、畜生目と、ムラムラ腹が立った。
絶対、捕まえてやる!
まだまだ若かった船長のオレ、
逃がすものか待ってろ、と闘志をメラメラ燃やした。
# by yosaku60 | 2017-03-09 07:41 | 日本=船員・船長時代 | Comments(3)

ドミニカからの密航者(その4; 密航者保護場所の選定)

5、サンタナ港入港手続き

サンタナ入港前日風呂に入れ、衣類の裏表に不審物ないか点検する。 
最下層の空き部屋に密航者を移す。窓にはチェーンを巻き、入り口のドアーは南京錠で施錠する。
この時ドアー下部の空気抜きダンパーの存在を失念していた。
失敗であった。
ブラジルへの密航者少ないと言いながらも、東京(MO SHIP MANAGEMENT)及び商船三井サンパウロ支店からの事前連絡が行き届いたと見えて、移民官手続きスムーズであった。
同港にて、以後リオデジャネイロ迄密航者を持ちながら各港寄港できる書類を整える。(サンタナ及びベレン代理店に密航者に関する諸経費発生)


6、密航者保護場所の選定  

各港寄港を含め、長期間逃亡の可能性ある者を留め置く場所の選定に、次を考え結局、乗組員居住区の空き部屋の窓にブラインドを降ろしチェーンで締め付け、ドアーに覗き穴を設け、そこに保護する。

1 ボースンストアー.マストハウスなど第一候補なるも、クルー及び外部の侵入者の可能性多く、密航者,乗組員の事故を含めた失敗懸念。
2 ボースンストアー内大工ストアーは全体が鉄作りなるも金網部分多く不適。
3 場所内に壊されて困る機械器物、特に荷役、航海機器のないこと。
4 乗組員の密航者管理が煩雑でないこと。
5 密航者より外の景色が見えないこと。
6 乗組員は密航者を常時見えること。
7 できるだけ乗組員の居住区に近い方が目が届くこと。
8 国際ルールとして、保管場所の環境、衛生状況 苛酷過ぎてはならない。

...................

(解説)

サンタナ港;  

アマゾン川は、大きい。 
河口は対岸が見えないほどに広い。
で、入港手続きは、少し上流の川幅が狭くなった処で行う。
そこがサンタナである。

留め置く場所;

いわゆる、牢屋である。
船には、牢屋なんてない。
逃げられず、容易に監視できる場所を探すのは難しい。

金網部分多く;

金網なんて、破られる。
木製の壁は、破られる。
必死で逃げることを考える者は、なんでもする。

景色が見えない;

外が見えると、よからぬことを想うので、危険だ。
部屋には外枠が鉄の丸窓があるが、
それに鉄カバーをかけて、ワイヤーで固縛した。

覗き穴;

密航者が部屋で何をしているか、監視する必要がある。
そのための監視穴を特別にドリルで開けた。
が、これは役がたたなかった。
乗組員が覗き穴から覗くと、部屋の中から、その目をつつくのだ。
それ以降、乗組員は、穴から覗かなくなった。
# by yosaku60 | 2017-03-08 07:48 | 日本=船員・船長時代 | Comments(0)

ドミニカからの密航者(その3; 密航者身元調査)

4 密航者身元調査・待遇

発見直後、身元調査する。 
CASAをKASAと書いたり、自分の名前もスピードをもって書けなかったりする。
書くことの信憑性は薄いと見られた。
「嘘をついたら殺す」 と脅かしながら書かせたが、この時点での名前と年齢の半分、住所に至ってはすべてに嘘をつかれていた
写真を撮り、手指全部の指紋を取り、密航事実の書類を作成する。
ブラジルの最初の港であるサンタナ港の前で、どこかに隔離することを決め、それまでタリールームを 塒とさせる。密航者健康状態良好。
乗組員の食料に準じた食事(IDAY 4.2USD)与える。(経費として食糧費発生)

.........

(解説)

嘘をついたら殺す; 

密航者には、船長は厳しく当たらなければならない(鉄則)。
この理由、責任をもって処理をしたものでないと解らない。
一方、乗組員(日本人以外)は、面白がって密航者に優しく接したがる。 
それを戒めながら、乗組員に密航者の世話をさせねばならない。 
乗組員というのは、海上にあって、船の中に閉じ込められているのと同じだ。
長い航海になるとストレスが溜まる。
そういう時、密航者と言う新参者が加わると、彼らをかわいがりたくなるのだ。
わからないでもないが、船長にとっては迷惑だ。
責任ある船長と無責任な乗組員との間の意識を埋めるのも結構な作業となる。

嘘をつかれていた; 

殺すとおどかしていながら、嘘をつかれた。
自分の本当の名前も住所も白状しないのだ。
ドミニカ共和国は、自分の国の国民と証明できない者の送還を受け入れない。 
当たり前だ。 
密航者もそれを知っている。 
本当の自分を白状すると、本国に送り返されることを知っている。
だから、嘘をつく。
密航者に本当の名前と住所を白状させるのは難しい。
彼らに何回、嘘をつかれたろうか。 
嘘をつかれるたびに、ドミニカに問い合わせる。
「そういう人物は我が国に居ない」との返答が返って来る。 
それを繰り返しながら、彼らは、船の中でメシを食って生きてゆける。
ニヤニヤしながら本国以上の生活が送れるのだ。
なんともいまいましい。

タリールーム;

港で荷役をする時、
貨物の状態や個数をチェックする役目の人が乗りこんでくる。
検数人(タリーマン)という。
そういう人達に事務所を提供する。
その事務所をタリー室という。
大概が、乗り組み員の居住区からは、少し外れた処に設けられる。

乗組員の食料に準じた食事;

彼らに食料を与えず、苦しまさせた上で、食料を餌に口を割らす....
という方法があったかも知れない。
事実、そうした扱いが頭をよぎったが、さすがにそれはできなかった。
私の船の乗組員は、全員がフイリッピン人だった。
フイリッピン人は、多く食べないが、食べる回数が多い。
3度の食事におやつと夜食を準備する。
それも船長の仕事だ。
「準じた食事」と書いたのは、おやつと夜食がないという意味だ。
# by yosaku60 | 2017-03-07 08:15 | 日本=船員・船長時代 | Comments(0)

ドミニカからの密航者(その2; 密航者発見)

2、密航者点検・出港

10月19日 16時00分 荷役終了。 16時20分、ラッシング終了しないも人夫を下船させ、密航者サーチを行う。サーチにはポリスも参加させる。NO.1艙、ツインデッキはロンジ間やコンテナ間を主にサーチする。まさか密航者がその上に隠れているとは気付かない。通りすぎる。同日、17時10分、リオハイナ港を出港する。

3、密航者発見・処置

10月21日 09時30分 密航者腹を空かせて、ギャレーに食べ物を求めて現れる。本船位置 13-20N 60-51W 引き返すと航海3.5日、実質4日の遅れの位置。同時間は日本時間 日曜朝11時。 ブラジルにも日本にも問い合わせにくい時間である。問題はブラジルからの送還の困難性の確認である。 その事ベレン代理店に緊急で問い合わせ、しばらく返事を待つ。 この返事なく、やむなく独断で「本船は定期船であり、スケジュールの遅れのマイナス面が大きい」と、次の港に直航することを決め、その旨各所に打電する。.....(経費として通信費発生、以後通信費発生続く)

.................

(解説)
ラッシング; コンテナの固縛
ギャレー;  厨房
13-20N 60-51w; 北緯13度20分 西経60度51分
# by yosaku60 | 2017-03-06 07:52 | 日本=船員・船長時代 | Comments(0)

ドミニカからの密航者(その1;密航者侵入)

                                平成2年11月10日
関係先各位
                                グロリアピーク
                                船長 吉井洋司

          Voy.44A 密航者の件(報告)

平成2年10月19日、リオハイナ港(ドミニカ共和国)にて、2名の密航者を乗せ、11月10日サントス港において、送還させるまでの顛末とその間に要した費用につき、ご報告申し上げます。
 なお、この費用(費目)については、現時点の本船サイドに於いて思いつくままに記述するのであって、他所においてのこれ以上の費用の発生、当然にあること念のため申し添えます。

                   記

(密航者送還までの顛末)

1、密航者侵入

密航者はペドロ(25歳)、リオン(16歳)の腹違いの兄弟である。 密航計画は全て弟のリオンがたてた。兄ぺドロは、リオンに唆されなんとなく決行に加わる。
10月17日、本船がリオハイナ港に入港する一日前、リオンは兄を誘い、さらにその密航計画を農夫である父、3歳年上の恋人及び数人の友人に電話で話す。全員に反対されるも彼の決行の意志は変わることはなかった。 密航理由は「お金がない」からであった。密航先はブラジルではなく、アメリカに行きたかった。しかし、どの船がどこの港に行く等の情報を得る手段は知らず、彼にとっては、とにかく港に来た船に乗ることだけだった。10月18日、18時47分、グロリアピークは、リオハイナ港のコンテナ岸壁NO.1に近づき、左舷錨を入れ、ドレッジングさせながら接岸、18時55分最初のラインを送り着岸。19時15分着岸作業終了する。
密航者はこの時点で本船に狙いを定める。20時00分、人影が途絶えた時を狙い海に入る。 錨鎖を伝いフォックスㇽに出る。 そこからデッキに降りる。 人影が見えるので最も近いストアーに入る。ボースンストアーである。鍵がかかっていない。 ストアーの中をウロウロする。 NO.1艙に入るアクセスハッチを見つける。 そこから艙内に入る。 ハッチカバーとコンテナーの空間に身を入れ隠れる。

..............


(解説)
Voy.44A ;  Voyageの略で、航海次数のこと、
         本船が処女航海から数えて44回目の航海。 A は往航、 Bは復航。
錨鎖を伝い; 絵のとおりが、これはイメージだけ。
         実際には船がもっと大きく人間はもっと小さい。
         人間は絵の4分の1ほど....
d0083068_10415862.jpg

ボースンストアー; 船の船首に近いところにある倉庫
アクセスハッチ; 上下に通ずる出入り口、重い鉄蓋がついている。
# by yosaku60 | 2017-03-05 10:42 | 日本=船員・船長時代 | Comments(0)

ドミニカからの密航者(まえがき)

私の昔の職業は、「船乗り」。
航海士、船長、パイロット(水先案内人)と歩んだ。
その中で、思い出深いのは、やはり船長時代。
中でも、記憶に残るのは、「密航者」。

7年の船長時代に、3回も密航者に踏み込まれた。
自慢にならない、恥ずかしいことだ。
というのは、港を出る前に、密航者サーチをする。
その時に発見できなかったということだから....
船長の職務怠慢である。

が、ちょっと、言い訳しておきたい。
一万トン級以上の船は、相当に大きい。
隠れるところはいっぱいある。
向こう(密航者)は、見つからないように真剣だ。
真剣に隠れているものを探すのは、難しいのが実体だ。

密航者防止に成功した経験だが....
エクアドル、アメリカ、日本を往復するバナナ船に乗っていた時だ。
エクアドルから、アメリカへの密航者は多い。
それにバナナ船は、換気を良くするため、少々隙間を空けてパレットを積む。
隙間があるので、隠れるところがいっぱいある。
で、私の船は、わざと噂を流していた。
「日本人船長は、出港後必ず消火訓練をする」
「消化訓練の際は、船倉内にガスを充満させる」
「船倉内に隠れていたら死んでしまう」
定期船だったので、3か月に一度はエクアドルに行った。
が、噂が広まっていたのだろう。
エクアドルからの密航者は、私の船に乗って来なかった。

まあ、こんな風にして、
密航者に踏み込まれないように努力するのだが、
それでもやられてしまう。

最初の経験は、アフリカのコートジボアールからだった。
威嚇すると震える、気の弱い、黒人青年だった。
次の寄港地がキューバだった。
私は、経験がない国だ。
社会主義国に面倒を持ち込むのは面倒だ。
と、悩んでいたところ、寄港地がオランダに変更された。
冷凍船は世界の市価の都合でこうした変更はよくある。
ほっとした。
本人がパスポートを持っていたので、
割と簡単に送還手続きができた。

2回目は、ドミニカ共和国からの青年二人だった。
次の寄港地は、ブラジル諸港だった。
この二人の処理が大変だった。

3回目は、ベルギーからの密航者で、中年の二人だった。
ひとりがルーマニア人、もうひとりがハンガリー人だった。
ルーマニア人の方、貧乏で食べれないといいながら、ぶくぶく太っていた。
タバコを欲しいとほざいてきた。
贅沢言うな、と怒って拒否した。
今、思っても、甘えたルーマニア人だった。
ハンガリー人は、まあまあ、真面目だった。
二人は「難民収容所」で知りあったとのこと。
難民収容所を「そーと」抜け出し、
私の船に「そーと」忍び込んできた。
そーと....が好きな男どもだ(腹が立つ)。
二人は、カナダに行きたいと思っていた。
私の船が、ハリファックス港行きと知って、忍び込んできたのだ。
二人とも、パスポートを持っていた。
カナダは、難民調査に慣れている。
カナダの官憲に処理を任せ、まあ、なんとかなった。
が、手続き費用、30万円....会社に迷惑をかけてしまった。

上に書いたように、2回目のドミニカからの密航者には、悩まされた。
当時、私は、「商船三井」に期間雇用で雇われた船長であった。
立場的責任上、丁寧に報告書を書いた覚えがある。

その報告書を「船長時代の思い出」として、明日から連載する。
報告書は、プロ(現場船長)からプロ(社内船長)に充てたものなので、
解りにくいことがあるかも知れない。
そういうところがあれば、「解説」を加えることにする。
# by yosaku60 | 2017-03-04 10:12 | 日本=船員・船長時代 | Comments(2)

可哀想なバリの女性....

5日間、食事が咽を通らない...
髪が抜けだした....という。
すごいストレスだ。

結婚して5年目の若い夫婦。
山ン中に、小さい住まいを建てていた。
そのために夫婦は別々に働いていた。
住まいがほぼ出来上がった頃、夫がそれを見に来た。
女の子を連れていた。
たまたま、奥さんも新しい住まいを見に来た。
3人がかちあった。
旦那が言う。
「おお、あんたも来たか、オレは、この子とここに住む」
「オマエは、別に住め」
奥さん、びっくりして、さめざめと泣く....

で、食事が咽を通らない、髪が抜けだしたのだ。
それを聞いた私。

男はいっぱいる、あきらめて他の男を探せ....
と言ってみたものの、どうもしっくりこない。
奥さんの方、夫にまだまだ未練があるのだ。
私の言葉をうわのそらで聞く風なのだ。
で、出した、私の結論。
時間来るまで待て、相手も変わる、自分も変わる...
そのあとで、結論を出そう....

とは言ってみたものの、こんどは私がしっくりしない。
バリは重婚が許されている。
金持ちが奥さんを二人持つのは、救済の意味もあって、少々解る。
が、明日の仕事がない無一文の男がする重婚...
浮気じゃないよ、結婚だよ!ひどくないかい!
と、怒ってみても、バリの女性は、うなだれるだけ...
どうにもなりません。
# by yosaku60 | 2017-03-03 09:30 | バリ島=人生のかかわり方 | Comments(0)

自撮りに挑戦

今朝の散歩...
ラクダ公園にて、自撮りに挑戦。
が、セルフタイマーの方法を知らない。
んで、腕を伸ばして、指でポチリ。
d0083068_953715.jpg

# by yosaku60 | 2017-02-27 09:53 | バリ島=その日のできごと | Comments(0)

わからぬままに写真掲載

一か月ほど前に撮った知り合いの姉妹の写真。
左は長女で3人の子持ち、右は3女でまだ17歳。
間に、もう一人いるが、この日は不在。
てな、話はどうでもいいのだ。

実は写真を整理していて.....
あることに気付き、この写真捨てれなくなった....
てな、バカな理由を書きたい。

右の妹が一本の棒を持っている。
左の姉が二股に分かれた棒を持っている。

何のために使う棒なのだろう????

その疑問を解きたくて、
姉妹を探すが、なかなか会えないでいる。

春日三球、照代の漫才に、こんなのがあった。
「地下鉄の電車、どこから地下に入れたのでしょうか?」
「それを考えてたら、夜も眠れない」

てなほどではないが、気になる。
オレ、まだまだ、好奇心旺盛!
もう少し生きておれそう。
d0083068_9401780.jpg

# by yosaku60 | 2017-02-26 09:40 | バリ島=その日のできごと | Comments(0)

雨季.....あと少しで終わりそう。

あれだけ激しく降ってたのが、
ここ三日、雨がありません。
空気が澄んで、アグン山も稜線がきれいに見えます。
d0083068_873237.jpg

雨季は、ニュピまで、と言われます。
今年のニュピは、3月28日。
その前に、雨季が終わりそうです。

乾季から雨季へ移る時、
雨季から乾季に移る時、
年に2回のこの時、バリ島には風が吹きません。
風がないので、2週間ほど「暑い日」が続きます。
この時期、風邪をひく人が多くいます。
バリ人の多くが、ゴホンゴホンやりだします。
カミさんも咳をし出しました。
私は、いつもと変わりません。

カミさん、バリ人らしく、オレ、日本人のまま....
なんて、実態と真逆。 そんなこと絶対にありません。
# by yosaku60 | 2017-02-25 08:15 | バリ島=社会・生活 | Comments(0)

「ニュース女子」について

バリでのテレビ.....は、NHKの海外版しか見れない。
NHKでも「ニュース」と「鶴瓶の家族に乾杯」しか見ない。
どうしても観る娯楽は.....
インターネットを通じての 「you tube」が多くなる。

そのyou tube で、最近、好んで観るのが「ニュース女子」。
若くてきれいな娘さんに、中年の男性論客がわかりやすく語るという番組だ。

論客連が、若いきれいな娘さん達に語るとどうなるか.....
ニヤニヤしながら、解りやすく、やさしく語る。
魯鈍な私にも、これなら解るのだ。

番組出演の論客連は、その道の玄人筋が多い。
国際政治学者の藤井厳喜、
経済学の上念司、
政策工房の原英史
軍事ジャーナリストの井上和彦、
ジャーナリストの末延吉正
などが特に、私の個人的な好み(笑)である。

「ニュース女子」...
最近は、アメリカ大統領、トランプの話が多い。
先日、新しいことを知った。
トランプが、言った....
ひとつの中国を認めるとか認めない、との展開についてだ。
なんのことはない。
英語の文面を日本のマスコミが間違えて解釈していた。
直訳しただけで、本当の意味を知らなかったのだ。
その間違いが解ってもマスコミは修正しない。

マスコミって、こんなもんだ....
と、私はいいかげんにつき合っている。
自慢じゃないが、トランプの当選、私は事前に予測して周囲に話していた。
馬鹿にされたが、そのとおりになった。
何故、予測したかというと、自分がアメリカ人になったつもりで考えてみただけだ。
だって、私は平均的な凡人だから(笑)。

トランプは、7か国の一時的な入国を制限した。
一時的なもので、将来とも続くというものではなかった。
であれば、私がアメリカ人だったら、賛成すると思う。
だって、私は自分にわがままだから(笑)。

まあ、きれいな女性を前にすると、おじさんどもは張り切る。
ちょっと無理をして、でも簡単な言葉で、本音を語る。
「ニュース女子」に女性陣がいなかったら、こうはならない。
男を変わらせる女性の力はすごい!

んで、んで、その女性の力.....
最近の私は、特に感じている。
(写真は、昨年12月のエヴィの誕生日祝い)
d0083068_9581139.jpg

写真のエヴィの存在が大きい。
週に2回、私を見舞いに来てくれる。
「明るく長く生きなさい」と、私の弱点をつついてくる。
「バカにすんな」とほざきつつ干渉されることがうれしい。

先日のバレンタインデーには、エヴィからチョコレートをもらった。
お返しは、3月14日のホワイトデーらしいが、当日彼女は居ない。
で、昨晩は2週早めのホワイトデーをした。
間もなく日本に帰る、共通の友人の送別会も兼ねた。

ちょっぴり怖いカミさん、上品なご婦人Fさん、可愛いエヴィ....
いろいろいて、いわゆる女子会、であれば、ケーキ屋さん....
てんで、クタの「THE HARVEST」 に繰り出した。
d0083068_10202910.jpg

先ずは、お食事...
d0083068_1021254.jpg

終わったあとは、別腹のケーキ....
私は、別腹を持ち合わせず、持ってるのはビール腹....
が、女の園にはビールがないそうで...ガマン。
d0083068_10251070.jpg

エヴィは、自分でデザインした服を着て来た。
d0083068_10235140.jpg

自分が楽しむためか、お爺ちゃんの目を楽しませてくれるためか?
いずれにしても、いろいろありがとう。
今後も、面倒見てください。
# by yosaku60 | 2017-02-24 10:16 | バリ島=社会・生活 | Comments(0)

ブレレン王の家に行ってきました。

みなさん、「バリ戦争」って知っていますか。
今から、170年前のバリの王様達とオランダの戦争です。

オランダがインドネシアを植民地化したのは450年前、、
それから350年続いたと言われますが、バリは含まれておりません。
バリ島がオランダに支配されたのは、このバリ戦争の後からです。

私のブログ、2015年8月8日の
プサギの戦い(親蘭派...先ずは歴史から)
の「バリ戦争」の部分のみ切りとり、転載します。

1846年;第一回オランダ遠征軍、ブレレン上陸。
1848年;第二回オランダ遠征軍、再度ブレレン上陸、
      ジランティク王奮戦し、オランダ軍を敗る。
1849年;第三回オランダ遠征軍、再々度、ブレレン上陸、
      ブレレン国降伏、ジランティク王、殺害される。
      続いて、カランガッサム国、クルンクン国がオランダに降伏。
1854年;ブレレンの郡長、ニョマングンポル、
      オランダに反乱するも、第四回オランダ遠征軍に鎮圧される。
1866年;ジェンブラナ国降伏。
1868年;ブレレンのバンジャール郡長、イダマデライ、
      オランダに反乱するも、第五四回オランダ遠征軍に鎮圧される。
1882年;ブレレンとジェンブラナは、オランダの直轄領となる。
1891年;カランガッサムとクルンクンが衝突する。
      この時、ロンボックはカランガッサムを応援するが、
      これはオランダによる策略であった。
1894年;それを理由に、第六回オランダ遠征軍がロンボックを侵略する。
1900年;ギャニアール、オランダの政権を承認する。
1906年;第七回オランダ遠征軍、バドンを攻撃、デンパサール陥落。
      バドン王、ププタンにて自害。
1907年;タバナン、オランダの攻撃を受けて陥落。王自刃。
1908年;クルンクン、オランダの攻撃を受けて陥落。
      クルンクン王、ププタンにて自害。
1908年;バンリ王、オランダの政権を承認する。


この記述に見るよう、戦争の口火を切ったのは、
ブレレン王のジランテックです。

先日、このジランテック王のお城に行って来ました。
シンガラジャの大通りに面した処にあります。
d0083068_9371259.jpg

左の方が王の末裔です。
d0083068_9384211.jpg

私が、ジランテック王の歴史をいろいろ語ると、
「あなたは日本人なのになんで知ってるんですか」と喜ばれ、
門の鍵を開けて、ジランテックの住居を案内してくれました。
これが、王の寝室です。
d0083068_9412359.jpg

ここが王の執務室です。
d0083068_9415817.jpg

王の戦いの記録は、他の場所にあるとのこと。
是非にそちらも来て欲しいと頼まれましたが、
言葉が難しく、コミュニケーションがやっとやっとの状態。
次回またくる、と約束して、おいとましました。
# by yosaku60 | 2017-02-23 09:44 | バリ島=慣習・伝統 | Comments(0)

オゴ・オゴ人形

今年のバリの新年「ニュピ」は、3月28日。
その前日の夜は、オゴオゴ人形が町を練り歩く。
各所で、その人形作りが始められている。
d0083068_844842.jpg

材料は発砲スチロール。
当たり前だけど、びっくりするほど軽い。
それにしても巧いものだ。
d0083068_86870.jpg

ところで、オゴオゴの発音、とても難しい。
ogoh ogoh と書く。
日本人は、単語の途中にある「ご」は、鼻濁音で喋る。
が、この場合の「ご」は、濁音の「ご」である。
そのあとに「h」がつく。
この「h」はやはり小さく発音しないと通じない。
咳をする時の擬音語で「ゴホッゴホッ」というのがある。
その先に「オ」をつけて、「オゴホッ」という感じであるが、正確な発音は難しい。

ところで、ところで、
最近の日本の若者は、鼻濁音を使わないらしい。
私にとって、「オゴ・オゴ」を正確に言うのは難しい。
ってことは、私が年寄りってことになる。
まあ、それは、そうだけど.....
# by yosaku60 | 2017-02-21 08:06 | バリ島=慣習・伝統 | Comments(0)

改装なる村の診療所に行ってみた

d0083068_1565472.jpg私は勝手に「村の診療所」....
と訳しているが、
インドネシア語では、プスケスマス。
料金が安く、一般の庶民が行ける、
唯一の医療機関でもある。
私の家から徒歩一分....
便利なので、ちょくちょく利用している。
というより、料金の安さが理由で...
てふ、私も庶民のひとり。
お医者さんの全員が女医さん....
で、優しくしてくれるのも嬉しい。
さて、そんなプスケスマスに、
今朝は、改装後、初めて訪れた。
待合室が少々広く、明るくなっている。
d0083068_15194127.jpg

来院目的は、虫歯の治療。
穴が開いたところに詰め物をしてもらうため。
開院後10分の8時10分に着いたのに、受付番号39番。
まあ、月曜日は、こんなもんかな。
オレ、バリに来てから、ながーく待てるようになった。
気が長くなったのではない、単に慣れっこになっただけ。
2時間待って、受付の順番がきた。
初診料150円払って、歯医者さんの診療室に入る。
やっぱりだ....中年だけど、上品な女医さん!
「今日は、仮の治療をしておきます」
「本格治療は土曜日です」と言われる。
なんでかわからんが、どうでもいい。
今日の仮治療代は、300円、多分、土曜日もそんなもんだろう。
日本流に言えば、500円コインでまだ釣りが来る。
プスケスマス....って、ありがたい。
# by yosaku60 | 2017-02-20 15:24 | バリ島=社会・生活 | Comments(0)


常時ほろ酔い候
カテゴリ
画像一覧
以前の記事
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月